第3章(17) キーティングとドミニクの離婚の波紋

翌朝の早朝に、ドミニクはネバダ州リノに発った。キーティングがまだ眠っているときだった。別れを告げようとキーティングを起こすことも、ドミニクはしなかった。

キーティングが目覚めたとき、ドミニクはもう行ってしまったということがわかった。時計を見なくても、家の中を支配している沈黙の質で、それとわかる。

キーティングは、今「いい厄介払いだ!」と言うべきだと思う。しかし、言えなかったし、そう感じることもなかった。キーティングは、ひとりぼっちだった。他の何かであることのふりをする必要などなかった。ベッドの上で、仰向けに寝ている。両腕を、どうしようもなく放り投げるように広げている。彼の顔は打ちのめされて、へこんでいるかのようだ。眼は困惑したままだ。

これは最後だな、死みたいなものだなと、キーティングは思う。しかし、彼はドミニクを失ったことをさして、そう思うのではなかった。

キーティングは起きて着替える。バス・ルームに行き、ドミニクが使い置き捨てていったハンドタオルを見つける。それを取り上げて、顔を押しつける。長い間そのタオルをつかんでいる。悲しみの気持ちからではなかった。名づけられない感情からだ。今の自分の状況を理解してのことではない。

ただ、彼には自分がドミニクを二回だけ愛したということがわかるだけだ・・・あの晩のトゥーイーが電話が来る前のふたりきりでいた時間と、今。それから彼は指を広げる。ドミニクのタオルが床にすべり落ちる。

キーティングは出勤する。いつものように仕事をする。誰も彼の離婚については知らない。彼も誰かに知らせる気はない。ニール・デュモンが彼にウインクして気取って言う。

「う~ん、ピート、まさに人生絶頂のときって顔ですよ」

キーティングは肩をすくめ、デュモンに背を向ける。今日は、デュモンの顔を見ると気分が悪くなる。

キーティングは、勤務時間が過ぎたら、さっさと仕事場を出る。ある獏(ばく)とした本能的な感情に引かれている。最初は空腹のような飢えのような感情だったが、だんだん形をなしてくる。

そうだ、僕はエルスワース・トゥーイーに会わなくてはいけない。キーティングは、自分が難破船の生き残りのような気がする。遠くに見える灯りをめざして暗い海を泳いでいるような気がする。

その晩、キーティングは体を引きずるようにして、トゥーイーのアパートメントに行った。そこに入ったとき、自分がきちんと自分の感情が表に出ないようにしていたことに、薄い喜びを感じた。なぜならば、トゥーイーは彼の顔に何も特別なことは認めなかったようだったから。

トゥーイーは軽やかに言う。

「やあ、こんばんは、ピーター。君のタイミングは悪いですねえ。一番都合の悪いときにご訪問ですか。今、非常に忙しいのです。しかし、そんなことどうでもいいですよ。困ったときに会わない友人なんて友ではありませんからね。座って、座って下さい。すぐ終わりますからね」

「すみません、エルスワース、でも・・・どうしても僕は」

「気楽にしていて下さい。少しのあいだ、私のこと無視して下さい」

キーティングは腰をおろして待つ。タイプされた原稿にいろいろメモをしながら、トゥーイーは仕事をしている。トゥーイーは鉛筆をけずる。その音は、のこぎりのように、キーティングの神経をかきむしる。トゥーイーは、また原稿にとりかかる。しばらくのあいだ、原稿のページを繰(く)る音だけが聞こえる。

三十分ほどしてから、トゥーイーは、原稿や書類を脇に置き、キーティングに微笑みかける。「終わりました」と言う。キーティングは小さく体を前に乗り出す。「ちょっと、待って。まだすませなければならない電話があるのです」と、トゥーイーは言う。

トゥーイーはガス・ウエッブの電話番号を回す。そして陽気に言う。「やあ、ガス、元気?避妊薬の歩く広告塔さんは今日も絶好調かい?」と。

キーティングは、トゥーイーの口から、こんな緩みきった親密な調子を聞いたことがない。互いのだらしなさを認め合うような身内だけに通用する特別な調子だ。ウエッブが何か言って、大声で笑っているのが、受話器を通して、キーティングにも聞こえてくる。何を言っているのかはわからなかったが、話の内容の質はわかる。やけっぱちで横柄な質。ときどき浮かれ騒ぐような高い金切り声が混じる。

トゥーイーは椅子にもたれ、耳をすませながら半ば微笑んでいる。さらに椅子の背に体をもたれさせて、よく光った先端の尖った靴をはいた足の片方を机の端に乗せる。そしてときどき答えている。

「そう・・・なるほど・・・そう言ったの、君は・・・全くねえ・・・いいかい、しばらくはあの老いぼれバセットとは適当にやっておきなよ。確かに、あいつは君の仕事が気に入っているからね。しばらくのあいだは、あの老人をびっくりさせないことさ。荒っぽいことは駄目だよ、わかった?君の大きな口をちゃんと閉じておくこと・・・君にこう言っている私を誰だと思っているの?そう・・・それでいい・・・そう、彼が?いいねえ、色男君・・・そう、じゃあこれで・・・あ、ガス、君、聞いたことがある?イギリスの貴婦人と配管工の話なんだけど」

そして、また長々と話が続く。受話器が最後に耳障りな大きな音を発する。

「わかった、わかった、じゃあね、色男君。おやすみ」

キーティングを散々待たせてから、トゥーイーはやっと受話器を置いた。背を伸ばし、椅子から立ち上がり、キーティングのところまでやって来て、彼の前に立った。小さな足で体を支えているので、トゥーイーは少し揺れている。彼の目は明るく優しげである。

「さて、ピーター、どうかしましたか?世界が君の鼻先で壊れましたか?」

キーティングはポケットの中をさぐり、そこから黄色い小切手を取り出す。しわくちゃになって、何度も手にされたような紙片だ。そこには、キーティングの署名があり、一万ドルの金額が書かれてある。支払い先はエルスワース・M・トゥーイーとなっている。その小切手をトゥーイーに手渡すキーティングの態度は、与える者のそれではなくて、物乞いする者のそれだった。

「受け取って下さい、エルスワース・・・これ・・・どうぞ・・・何かの役に立てて下さい・・・社会問題研究所のためにでも・・・あなたが望むものなら何にでもいいですから・・・あなたは一番わかっているから・・・良き大義のために・・・」

トゥーイーは指先で小切手をつまむ。まるで汚れた硬貨をつまむようなしぐさだ。そして机の上にその小切手を軽く投げるように置く。

「ピーター、実に気前がいい、ありがたいですよ。実にまことに気前がいい。どうして、またこのような?」

「エルスワース、覚えていらっしゃいますか。前に一度、あなたは僕に言いました。人を助けるのならば、我々がどうであろうと、何をしようとどうでもいいことだって・・・それって信じていいことですよね?それは、いいことですよね?清潔なことですよね?」

「私は一度言ったのではありません。何百万回となく、そう言ってきました」

「それは、ほんとうにほんとうのことですね?」

「もちろん、ほんとうのことです。それを受け入れる勇気さえ、君にあるのならばね」

「あなたは僕の友人ですよね?あなたは僕にとって唯一の友だちだ。僕は、僕自身に対してでさえも友人でいられない。しかし、あなたは違う。エルスワース、あなたは僕の友だちですよねえ?」

「もちろんです。君にとっては君自身よりも私の方が親しい友ということは、十分にありえます」

「あなたはわかってくれている。他の誰もわかってくれないのです。あなたは僕を好いてくれている」

「非常に君が好きですよ。時間があればいつでもね」

「え?」

「ユーモアのセンスですよ、ピーター。君のユーモアのセンスはどこに行きましたか?いったい何があったのです?腹痛かな?魂の消化不良かな?」

「エルスワース、僕は・・・ああ、僕には言えません。あなたにさえも」

「ピーター、君は臆病ですね」

キーティングはなすすべもなくトゥーイーを凝視する。トゥーイーの声は厳しくも優しい。キーティングには、わからない。今、自分は痛みを感じるべきなのか。それとも自分自身を軽蔑すべきなのか。もしくは自分への信頼を感じるべきなのか。トゥーイーの態度からは、何もわからない。

「君は私に、君がしていることはどうでもいいことなのだと言うためにここに来たのでしょう・・・君は君がしてしまったことのあれこれに自制心を失くしている。いいですか、男らしく、そんなことどうでもいいと言いなさい。自分など重要でないと言いなさい。本気でね。頑張るのです。あなたの小さな自我など忘れるのです」

「僕なんて重要ではないですよ、エルスワース。僕のことなど重要でも何でもない。ああ、他の連中もあなたみたいに言ってくれるのならば!僕なんか重要ではないです。僕は重要な人間になんかなりたくない」

「この金はどこから得たのですか?」

「ドミニクを売りました」

「君は何を言っているのですか?ヨット航海のことですか?」

「ただ、僕が売ったのはドミニクではないような気がする」

「そうだとしても、いったい何を君は気にして・・・」

「ドミニクは、離婚手続きのためにリノに行きました」

「何だって?」

キーティングには、トゥーイーの反応が暴力的にさえなった理由がわからない。しかし、それについてどうこう考えるにはキーティングは疲れすぎていた。彼は事の次第の全てを話した。

「君はなんて馬鹿なことを!そんなこと決して許すべきではなかったのに!」

「僕に何ができましたか?相手は、ゲイル・ワイナンドですよ」

「しかし、彼とドミニクを結婚させるなんて!」

「なぜいけませんか、エルスワース?その方が、ずっと・・・」

「思ってもみなかった、ワイナンドが・・・しかし・・・ああ、ちくしょう、私は君よりももっと馬鹿だ!」

「しかし、ドミニクにとっては、ずっとその方がいいですよ、もし・・・」

「ドミニクのことなどどうでもいい!私が考えているのはワイナンドだ!」

「エルスワース、どうしたっていうんですか?・・・あなたが気にしなければならないことなどないじゃありませんか?」

「ちょっと黙っていてくれませんか?」

少し経ってから、トゥーイーは肩をすくめ、キーティングのそばの椅子に座り込んだ。そして、自分の腕をキーティングの肩に回して言った。

「ピーター、申し訳ない。謝罪します。私は全くひどく無作法でしたね。それだけショックが大きくて。君の気持ちはよく理解できます。ただ、このことをあまりに深刻に考えてはいけませんよ。どうってことないのですから」

トゥーイーは機械的にしゃべっている。彼の心はそこにはない。しかし、キーティングはそれに気がついていない。キーティングは、トゥーイーの言葉に耳をすませている。彼の言葉は、砂漠の泉のようだ。

「そんなこと、どうでもいいことです。君は、ただ人間的であるだけなのです。それだけが、君が望むことでしょう。誰がそれ以上のものでありえますか?石を投げつける権利など、誰にありますか?我々はみな人間なのです。どうってことありませんよ、妻を売るなんて程度のことは、そんなことは」

翌日の『バナー』紙の社屋の近くのレストランでのこと。

「まさか!まさか、ワイナンドが!ドミニク・フランコンは駄目だ!」と、アルヴァ・スカーレットが言う。

「結婚しますよ、ドミニクがリノからもどったら、すぐに」と、トゥーイー。

スカーレットはトゥーイーと昼食をともにして、事情を聞いたとき仰天した。スカーレットの食欲は消えてしまった。

「僕はドミニクが好きだ。しかしねえ、ドミニクをゲイル・ワイナンド夫人として奉ることになるとはねえ!」

「まさに同感です」

「そりゃ、僕はワイナンドにいつだって結婚を薦めてきたよ。結婚は役に立つ。雰囲気が違ってくるから。結婚の一回ぐらいは我慢できるだろう、ゲイルだって。彼は、いつだって薄氷(はくひょう)の上をすべっているみたいに危なっかしい。まあ、何とかやってきたけどさ、今までのところはね。しかし、まいったなあ、よりもよってドミニクとはなあ!」

「あなたは、どうしてこの結婚がまずいと思うのですか?」

「それは、その・・・その、わかるでしょうが、まずいでしょう!」

「わかりますよ、私には。あなたも、そう思うわけですね?」

「ありゃあ、危険な女でしょうが、ええ?」

「確かに。しかし、それはあなたの持っている前提の小さい方ですね。大きな方の前提は、ワイナンド氏もまた危険な類の男だということでしょう」

「まあ・・・いくつかの点では・・・そうかな」

「我が尊敬する編集主幹殿、あなたと私には、共通点が大いにあります・・・あなたとしては、幾分認めたくはないかもしれませんがね。我々は、そう同じテーマのふたつの変奏曲といったところです。もしくは、あなたのお好みの文学的スタイルによれば、同じ中心を持つふたつの先端とでも言いましょうか。しかし、我らが愛するボスはですねえ、全く別の旋律をかなでています。全く違うライトモチーフをね・・・そう思いませんか、アルヴァ?あなたは、長年の間、ゲイル・ワイナンド氏をじっと見守ってきたでしょう。だから、私が何を話しているか、あなたにははっきりわかるはずだ。ドミニク・フランコン嬢も、また我らと同じ歌は歌わないと。あなたは、我々のボスの人生に、ある特殊な影響が行使され、それが表出されるところを見たくはないでしょう。問題を、もっとはっきりと申し上げましょうか?」

「エルスワース、君は抜け目のない男だ」

「そんなことは、もう何年も前から、わかりきったことでしょう」

「ワイナンドに話してみる。君は言わない方がいい・・・こう言っちゃあ悪いが、彼は君の気質は嫌いだからな。しかし、俺が言っても、うまく行くとは思えないがね。ワイナンドが心に決めていたのならば、もう駄目だな」

「あなたに、そんなことをしてもらいたいわけではありません。お望みならば、おやりになればいいですが、まあ無駄なことです。ふたりの結婚を止めることはできません。私の長所のひとつは、認めなければならないときには、ちゃんと負けを認める、ということでしてね」

「しかし、それならば、なぜ君は・・・」

「スクープの性質上ですねえ、前もってお知らせしておいた方がいいと思いましてね、アルヴァ」

「エルスワース、恩にきるよ。ほんと、ありがたいよ」

「アルヴァ、ありがたいと思い続けてくださる方が、好都合です。ワイナンド系列の新聞は容易に捨てていいものではありませんからねえ。一致協力すれば、力が出てきますよ。あなたのスタイルです、まさに」

「どういう意味だい?」

「我が友よ、難しい時代に我々はいるということです、単に。だから、ともに協力した方がいいのです」

「そうさ、僕はいつも君といっしょだ、エルスワース。いつだってそうだったじゃないか」

「相互理解のしるしに、まずは最初の協力の機会として、あのジミー・カーンズを追い出すというのはいかがです?」

「何ヶ月も、それがねらいで、君が画策(かくさく)しているなあと僕は思ってたよ!ジミー・カーンズがどうしたっていうんだ?あれは才能のある若者だよ。ニューヨークで一番の劇評家だ。気骨があるしね。頭も非常によく切れる。実に前途有望だ」

「彼は、確かに気骨があります・・・しかし、この新聞社では、気骨があって頭の切れる人間など不用ではありませんか?・・・その前途有望な社員が約束する未来ってものについて、あなたは用心なさりたいのでは?」

「彼の後釜(あとがま)に誰をすえる?」

「ジュールズ・フォウグラー」

「ええっ?まさか、それはエルスワース!」

「なぜ、いけませんか?」

「あの御曹司(おんぞうし)では・・・あれを雇う余裕なんかないよ、うちの社では」

「あなたが望むならば、できます。彼の名前を使わない手はありません」

「しかし、ありゃ一番手ごわい・・・」

「いいですか、あなたが彼を捕まえる必要はないのです。またいつかこの件については話し合いましょう。ともかく、ジミー・カーンズは追い出して下さい」

「いいかい、エルスワース。俺は自分の好みを云々(うんぬん)して遊ぶ気はないよ。誰だろうが同じことだからね、俺には。君がそう言うならば、ジミーは追い出そう。ただ、それで何の違いが出てくるのか俺にはわからない」

「はい、あなたにはわからないです」

アルヴァ・スカーレットは、トゥーイーと話したその日の晩、ワイナンドの自宅を訪問した。今は、ペントハウスの書斎のすわり心地のよい肘掛け椅子に座っている。

「社主、私はあなたには幸せでいていただきたいと思っています。あなたは、おわかりのはずだ。私には他に何もふくむところなどありません。おわかりですよね?」

ワイナンドは寝椅子に長々と寝そべっている。片方の脚を曲げ、その足をもう片方の脚の膝の上に置いている。タバコを吸いながら、スカーレットの話を黙って聴いている。

「私は、ドミニクのことは長年よく知っています。社主が彼女のことを耳にするずっと前から知っています。私はドミニクを愛しています。愛しているというのは、つまりその、父親みたいな気持ちでね。しかしですねえ、あの子は、あなたの読者である大衆がゲイル・ワイナンド夫人として期待するような類の女性じゃありません」

ワイナンドは何も言わない。

「あなたの妻になるってことは、公的な人物になるってことです。大衆の財産になるってことです。あなたの読者は、あなたの妻に対して何がしかのことは要求するし期待もするんですよ。私が言わんとするところをわかって下さるのならば、つまり象徴的価値っていうのかな。英国の女王みたいなもんです。そんな生き方を、ドミニクに、どうやって期待できますか?ありゃねえ、私が知っている限り、一番手に負えない人間ですよ。しかも、一番まずいことには・・・考えてごらんなさい、社主・・・離婚した女ですよ!この街で、我々は、家庭の神聖さと女性性の純潔を唱って、大変な部数の新聞を発行しているんですよ!あなたの新聞の読者に、どうやってこのことを飲み込ませられますか?読者に、どうやってあなたの奥さんを売りつけたらいいのですかねえ?」

「アルヴァ、この会話はもう終わらせたほうがいい気がしないか?」

「そうですね、社主・・・」

スカーレットはすごすごと引き下がる。スカーレットは待つ。自分の差し出口の結果がどう出るかを待っている。まるで、ひどい喧嘩をして、その補修をするのにやきもきしているかのようだ。

唐突に、スカーレットは陽気に大きな声を立てる。

「そうだ、社主!いい手が見つかりました!ドミニクを新聞に戻しましょう。それでコラムを書いてもらうのです・・・前のとはガラリと違ったコラムです。うちの系列の新聞に家庭に関するコラムを配信するんです。ほら、たとえば家計のやりくりの秘訣とか、台所に、赤ん坊に、そういうことを書いてもらうんです。そうすれば、汚名もそそげるってものです。ドミニクが、いかに善良でささやかな主婦かってことを読者に知らしめるのです。若き日の過ちは置いといて。そうすれば女性読者もドミニクを赦します。『ゲイル・ワイナンド夫人のお料理ノート』なんて、どうです?写真なんかもつけるといいなあ!ギンガムチェックのドレスにエプロンつけて、髪はもっと伝統的な奥様スタイルにして・・・」

「俺にぶたれる前に黙った方がいいぞ、アルヴァ」

ワイナンドが声も上げずに静かに言う。

「すみません、社主」

スカーレットは、席を立って帰ろうとする。

「まだ座っていたまえ。こっちの話はまだ終わってない」

スカーレットは、素直に、そのとおりにする。ワイナンドは言う。

「明日の朝、系列の新聞各社に命じてくれ。各社とも資料を探して、ドミニク・フランコンが前に書いていたコラムに関係する彼女の写真を見つけたら、みな破棄するようにと。各社とも今後、彼女の名前を紙面に出してはいけない。彼女の写真を使ってもいけない。そんなことをしたら、編集責任者が責任をとらされることになると伝えてくれ。適当な時期が来たら、俺の結婚のことは系列の新聞全部に発表する。しかたがないからな。ただし、いっさい余分なことは書かない。できるだけ短い記事だけだ。コメントはいっさいなし。結婚にまつわる説明やエピソードなど全く必要ない。写真も載せない。言ったとおりにしないと、誰だろうがクビだ。君も例外ではないぞ」

「説明なしって・・・いつ結婚したかも、ですか?」

「アルヴァ、いっさい説明なし、だ」

「しかしですねえ!これは大ニュースですよ!他社の新聞が・・・」

「他社が何を書こうが俺の知ったことか」

「しかし・・・なぜですか、社主?」

「言っても、君にはわからんよ」

(第3章17 超訳おわり)

(訳者コメント)

狡猾なトゥーイーも、まさかワイナンドがドミニクと結婚しようとするとまでは予想していなかった。

それは、彼がゲイル・ワイナンドという人間を理解していなかったということであり、同時にドミニクを理解していなかったということである。

ワイナンドとドミニクが互いの中に清浄な何かを見出し、信頼に足る人物だと違いが思うようになるとは、トゥーイーは予想していなかったということになる。

トゥーイーは、ドミニクに最悪の男ワイナンドをぶつけて、ドミニクを傷つけたかったのであるが、その目論見は失敗した。

せいぜいが、キーティンのような綺麗事を欲しがる他愛ない人間を騙すことぐらいしかできないのであるトゥーイーは。

アルヴァは、最初から全くワイナンドもドミニクも理解できていない。

ただ、トゥーイーもアルヴァも、ドミニクの存在がワイナンドを変えることを確信している。

それは、ふたりにとって、別々の理由で、危険なことなのだ。

トゥーイーにとっては、ワイナンドがローク的になることが危険だ。

アルヴァにとっては、ワイナンドが愚民路線から離れるのが怖い。

キーティングは、相変わらず現実逃避。

トゥーイーの態度の底にある自分への軽視やぞんざいな無礼さから、トゥーイーの本性が見えるはずなのに。

次回は、この小説において、最も感動的なシーンのひとつが展開されます!!

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