第2部(7) 採石場の作業員に翻弄されるドミニク

ドミニクは、あの男のことを考えるのをやめる。あの男が注文した大理石のことを考える。それが届くのを待っている。突如として大理石マニアになったかのような熱っぽい強い気持ちで大理石を待つ。日を数える。前庭の芝生の向こうの道路を、めったに見かけないトラックが来るのを見つめる。

ドミニクは大きな声で独り言を言う。私は単に大理石が来るのを待っているだけだわ。ただ、それだけだわ。他には何もないわ。隠された理由なんてない。理由なんて全然ない。それは最後の病的に興奮した後遺症みたいなものだった。ドミニクは他の全てのことからは自由だったのだから。大理石が来る。そうしたら、それで終わりだ。

大理石が届いたとき、ドミニクは大理石を見ることすらせず、トラックが大理石を置いて帰るか帰らないかのうちに素早く机につき、贅沢な便箋の一枚にメモ書きした。彼女は、こう書いた。

「大理石が届きました。今夜、据えつけていただきたいです」

ドミニクは、別荘管理人にメモを持たせ、採石場まで行かせた。その際に、こう指示した。「あの人の名前は知らないわ。そこで働いている赤毛の人よ」と。

別荘管理人は戻ってきた。茶色い紙袋の切れ端に走り書きしたものを持参した。そこには鉛筆でこう書いてあった。

「今夜、据えつけにうかがいます」

ドミニクは、寝室の窓辺で、いらいらと焦れるような息苦しい空虚な気持ちで待っている。使用人用の出入り口のベルが7時に鳴った。ドアをノックする音がする。「入って」と、ドミニクは、きつい調子で言う。自分の声の奇妙な響きを隠すためだ。

ドアが開く。別荘管理人の妻が、あとについてくる誰かを手招きしながら入ってくる。彼女について入ってきたのは、ずんぐりと背の低いガニ股のイタリア系の中年男だった。片方の耳には金の輪をぶらさげている。神妙にも端のすり切れた帽子を脱ぎ両手に持っている。

「採石場から遣わされた人です、お嬢様」と、別荘管理人の妻が言う。

ドミニクは声を荒げもせず、詰問調にするでもなく訊ねる。

「どなたかしら?」

「パスカーレ・オルシニといいます」と、その男は困惑したように素直に答える。

「何のご用かしら?」

「あの、俺は・・・あの、採石場の赤毛が暖炉を直さなきゃならないっていうんで、俺に直して欲しいってお嬢さんが言っているって赤毛が言ったから」

「そう、そうね、そうだわ、私ったら忘れていましたわ。じゃあ、やってくださる?」と、立ち上がりながらドミニクは言う。

ドミニクは、寝室から出なくてはならなかった。走らなければならなかった。誰にも見られないために。自分自身に見られないように逃げるために。逃げることができるのならばであるが。

ドミニクは庭のどこかで立ち止まり、身を震わせながら立っている。両のこぶしを目にあてている。それは怒りだった。あらゆる清潔なものを拭い去ってしまうような純粋にひとつの感情。怒りの底にある恐怖以外のあらゆるものを拭い去ってしまうような感情。怒りの底にあるのは、なぜ恐怖なのか。これでは、もう採石場の近くにもう行くことができないという恐怖だ。しかし、ドミニクにはわかっていた。やはり、また私は採石場に行くわ。

何日か過ぎた日の宵にドミニクは採石場に出かけた。遠出して近辺を馬で乗り回し、帰ってきた途中だった。もうこのままでは自分は、あと一晩ですら我慢できないということが、ドミニクにはわかっている。採石場から作業員たちが仕事を終え宿舎に帰る前に、そこに着かなければならない。彼女は馬に拍車をかける。馬を飛ばしながら、ドミニクは採石場に急ぐ。頬を切るように風がドミニクの顔にあたる。

ドミニクが採石場に着いたとき、あの男はそこにいなかった。作業員たちは、ちょうど帰るところだ。おびただしい数の男たちが、石の鉢のような採石場から出てきて、小道いっぱいあふれている。しかし、あの男は、その男たちの中にはいない。そのことはドミニクにはすぐに見て取れる。唇をかみ締め、ドミニクは立ち尽くしている。それでもドミニクはあの男を探す。しかし、もうそこにはいないということが彼女にはわかっている。

ドミニクは森の中に進んで行く。宵闇が濃さを増している。頭上で闇に溶けていく木々の葉が壁のように立ちふさがっている。その中を、ドミニクはでたらめに馬を走らせる。馬を止め、一本の木から長い細い枝を折り、葉をむしり取る。そのよくしなう棒を鞭がわりに使い、馬をもっと早く駆り立てながら、ドミニクは進む。

その速度は、まるで宵をもっと速く進行させ、時間をもっともっと速く推し進めるかのようだ。この速度ならば、私は時間を超え、明日の朝が来る前に朝をつかまえることができるわとドミニクは感じる。そのとき、あの男が目前の小道をひとりで歩いているのをドミニクは見た。

ドミニクは急いだ。男に追いついた。馬を急にとめる。ばねが緩んではじけるように、その急な動きのためにドミニクの体は馬上で前のめりになる。直後すぐにドミニクの体は後ろへのけぞる。その男は立ちどまる。

ふたりは何も言わない。お互いを見つめるだけだ。その間に過ぎていく沈黙の時間のすべてが裏切りだとドミニクは思う。言葉のない遭遇は、あまりにも雄弁だった。挨拶など必要ないという認識がふたりの間には暗黙にある。

ドミニクは抑揚のない声で聞く。

「どうして、あなたが大理石を取り付けに来なかったの」

「誰が来たって、あなたにとっては同じことだと思ったから。そうでしょう、フランコンのお嬢さん」

ドミニクは、その言葉を音として聞かなかった。自分の口にあびせられた平手打ちのように聞いた。ドミニクが持っていた鞭がわりの枝が、ドミニクの頭上に上がった。その枝が、男の顔を激しく打った。同じ行為を馬に繰り返し、ドミニクはその場から疾走した。

(第2部7 超訳おわり)

(訳者コメント)

このセクションも上手い展開だ。

ドミニクは寝室で誘惑しそこなった屈辱を味わったのに、採石場の労働者が大理石を据え付けてくれるのを待っている。

やっぱり会いたいんですねえ。

で、大理石が届いたので、その労働者にメモのような手紙を送る。

で、ジリジリと焦がれるように待っていたら、やって来たのは、見知らぬ男だった。

数日は耐えていたドミニクだが、我慢しきれなくなって、ある夕暮れに、ドミニクは、馬を駆って採石場まで走る。

その恋する労働者を見つけると、彼を詰問して、鞭代わりの小枝で、その労働者を打つ。

いかにも好きに我儘に生きてきた気位の高い、ヤンチャなお嬢さんらしき言動だ。

小枝でぶたれた採石場の労働者は、実に人が悪く、サディスト。

ドミニクも、ほんとはサディスト気質。

サディスト同士の火花が散る場面である。

ところで、1949年に発表された映画版のThe Fountainhead(邦題 『摩天楼』)で、ドミニクウを演じたのは、当時ノースウエスタン大学の学生であったパトリシア・ニール(1926-2010)だった。

選ばれた時は瑞々しい19歳。

他薦自薦いろいろな女優さんが候補に上がったが、ヒロインが決まらないので、映画会社も監督も困っていた。

そこに若いニールの登場。長身スリムでイメージぴったり。

声が低すぎて、華のようなドミニクにはちょっと大味な感じもあったが、ドミニクの内に秘めた獰猛な生命力や才知を、よく表現していたと思う。

ローク役はゲーリー・クーパーで、年齢差25歳。

中年のクーパーは、すっかり若いパトリシア・ニールに惹かれてしまった。

2人はあっというまに不倫関係になった。

親子ぐらいの年齢差だし、当時のハリウッドも映画界は不倫に厳しかったので、俳優のキャリアを考えて、クーパーはニールと別れた。

オッサンが若い子に手を出すなよ。

おかげで、パトリシア・ニールの女優としてのイメージは汚れてしまった。

パトリシア・ニールは、クーパーとのスキャンダルがなければ、もっともっと女優として成功していたろうに。

ニールの自伝は翻訳されている。

数々の不幸や病気にもめげず生き抜いたタフな女性である。

繊細に見えて非常にタフなドミニク・フランコンを演じるにぴったりの女優さんだったと思う。

ともかく、こういう不倫スキャンダルも足を引っ張って、映画版はコケた。

大ヒット間違いなしと言われたが、コケた。

ゲーリー・クーパーがなあ……

ロークを演じるには、頭が悪すぎの感じ。

バート・ランカスターなら良かったのに……

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