第1部(26)ドミニク・フランコン登場

ストライキがおさまった。中断されていた建設作業が、ニューヨーク中で再開され、迸(ほとばし)るように進められた。キーティングは、昼も夜も仕事に時を費やした。次々に設計料を事務所にもたらしていた。

アッパー・ウエストの高級住宅街リバーサイド・ドライブのデイル・エインズワース夫妻の住居が完成した。後期ルネサンス様式で灰色の花崗岩で造られたキーティングのお気に入りの仕事がついに完成した。デイル・エインズワース夫妻は新築の邸宅のために正式な新居披露宴を開いた。ガイ・フランコンとピーター・キーティングも招待された。

しかし、ルシアス・N・ハイヤーは、故意ではなく偶然のことではあったが、無視されてしまった。こういうことは最近よくハイヤーの身に起きるのだったが。

フランコンは、その邸宅完成披露宴を大いに楽しんだ。その邸宅に使用されている花崗岩のどれもがコネティカットで彼が所有している花崗岩採掘場が受け取る途方もない額の収入を彼に思い出させるからだ。キーティングも大いにその披露宴を楽しんだ。威風堂々(いふうどうどう)たるエインズワース令夫人は、心和ませる微笑を浮かべながら、彼にこう言ったからだ。

「私ったら、あなたがフランコン様のパートナーとばかり思っておりましたわ!」

あらゆることが順調に行くだろうと思える日々の中で、キーティングの事務所での生活が、なめらかに過ぎていく。

だから、キーティングは驚いた。エインズワース家の新居披露宴のあと、しばらく経った日のある朝に、フランコンが神経質に苛立った顔で出勤してきたのを目にしたときは。「ああ、何でもない」とフランコンは、うるさそうにキーティングに手を振る。

製図室で、3人の製図係が頭を寄せあっているのをキーティングは目撃する。3人は、『バナー』のニューヨーク版のある欄に身を寄せ合って、熱心に興味津々(きょうみしんしん)とばかりなのがいささか申し訳ないがという風情で読みふけっている。そのなかのひとりから、耳障りなクスクス笑いが聞こえてくる。

3人はキーティングを見ると、新聞をサッとすばやく隠す。しかし、キーティングには、そのことを詮索する時間がなかった。部屋では建築請負業者が待っていた。郵便物もたまっていた。チェックして許可を与えなければならない図面も何枚かあった。

3時間もたった頃には、キーティングは、すっかりその出来事を忘れてしまっていた。彼は、自分の活力に気分も軽く、頭もすっきりと高揚を感じていた。新しい依頼の設計のために、何かをまた模倣する必要があった。最上の原型と比較するために資料室で調べものがしたい。口笛を吹きながら彼は部屋を出る。

キーティングは、面接室の半ばあたりまでずんずん歩いていたのだが、それから彼は急に立ち止まった。

ひとりの若い女が、受付係に話しかけている。その女のほっそりしたからだは、すべての割合において人間離れしている。その肉体の線は実に長い。実に繊細である。まるでスタイル画に描かれた女のようだ。普通の人間の適正な釣り合いというものは、その女と並べてみると、重く不細工なものに見える。

その女は、無地の灰色のスーツを着ている。そのスーツのきっちりとした男仕立ての厳しい雰囲気と女の容姿の対照は、わざとらしいぐらいに法外で、かつ奇妙に優雅である。その女は灰色の瞳をしている。その女には冷たい静けさがある。絶妙に悪意をたたえた口元だ。その女の顔も、薄い金色の髪も、身にまとっているスーツまでも色がないような印象だ。その女のすべてが、色という現実的なものにいたらない境界に存在しているように見えた。むきだしの現実というものが粗野で俗悪に見えるような、現実と非現実の境界に存在している何かに見えた。

キーティングは立ちつくす。芸術家たちが美について語るときに、実際何を思い浮かべているのか、生まれて初めてキーティングはわかる気がした。

「あの人に会うならば、今、会いますわ。あの人がここに来るように私に頼んできたのですから。今しか時間がありません」

と、その女は受付係に言っている。その言い方は命令ではなかった。わざわざ命令の口調を自分の声が帯びる必要などないかのように、自分の言うことは実行されるのが当然であるかのように、その女は話す。

「はい、でも・・・」受付係の配電盤のスイッチのひとつが点滅した。受付係はプラグを差し込んだ。あわてている。

「承知いたいしました、所長・・・」受付係はじっと耳をすませて、ほっとしたようにうなずく。受付係は訪問者の女の方を向いて、「すぐにお越し下さるようにとのことです」 と言う。

その若い女は踵(きびす)を返し、階段を上がり、キーティングのそばを通り過ぎる。その時に女は彼を見た。しかし、彼女の視線は、彼にとどまることなく過ぎて行く。ついさきほどキーティングが感じた呆然とするような感嘆の感情から、何かが引いた。その若い女の目をよく見る時間はなかった。その女の目はうんざりしているようで、少し軽蔑しているようでもある。その目を冷たくて残酷だと、キーティングは感じる。

キーティングは、その女が階段を昇って行く足音に耳をすませている。あわてて受付係に彼は寄って行く。

「あの人、誰?」

「所長の秘蔵っ子ですわ」

「へえ、所長もうまくやったなあ。僕に隠しちゃって」

「誤解してらっしゃいます。あの方は所長のお嬢さまです。ドミニク・フランコン様です」

「ええ!!そうかあ、なんとねえ!」

「あら?今朝の『バナー』をお読みになりませんでしたか?」

「いや、なんで?」

「お読みになればわかります」

配電盤のスイッチが鳴る。受付係はキーティンに構っている余裕はなかった。

キーティングは『バナー』を給仕に持ってくるように言いつけた。ドミニク・フランコン担当の「あなたの家」というコラムを読むために。ドミニク・フランコンは最近、このコラムにニューヨークの有名人や名士の住居訪問記を書いていた。そのコラムが大いに人気を博していることをキーティングは耳にしていた。彼女の守備範囲は室内装飾に限られていたが、建築批評を試みることもあった。今日の彼女のコラムの話題は、リーバーサイド・ドライヴのデイル・エインズワース夫妻の新居だ。

「金色の大理石でできた壮麗な玄関ロビーに入ると、ここは市役所か大きな郵便局かと、いぶかしんでしまう。しかしそうではない。そこは玄関ホールである。しかし、何でもありの玄関ホールである。柱廊つきの中2階があり、こぶ状の突起つきの階段もあれば、ループ状の革ベルトの形をしたカルトゥーシュ[注:バロック建築に多い渦形装飾]もある。ただ、それは革ではなくて大理石である。食堂には、まちがって天井に取り付けられたのか、なぜか輝かしいブロンズの門がある。新鮮なブロンズのぶどうが絡みついた菱形の格子の形をした門である。壁をおおうパネルには、にんじんやペチュニアの花やサヤエンドウの花束の中で、死んだアヒルやウサギがぶらさがっている。私は、これらの動物が生きていたらもっと魅力的だったのに、とは思わない。それらの死体はできの悪い漆喰製だから大丈夫である。怯えることはない」

「寝室の窓を開けると、そこはレンガの壁である。とても綺麗な壁とは言いかねるが、誰もその寝室を見る必要はないので、それで構わないだろう。(中略)建物正面の窓は充分に広い。たっぷり陽光を取り入れることができる。同様に窓の向こうの庭園に着座する大理石のキューピッドたちの足もたっぷり見ることができる。キューピッドたちは丸々とよく肥えている。玄関正面のいかめしい大理石とは対照的に、外の通りに向かって愛らしい姿をさらしている。それらの像はまことに素晴らしい。実に愛らしい。雨が降っているかどうか確かめようと窓から外に少し身をのりだすたびに、それらのキューピッドたちのくぼみをつけられた足の裏を見るはめになるのが耐えられないということさえなければ。玄関ロビーに飽き飽きしたら、いつでも3階の中央の窓から外を眺めればいい。玄関の上部にあるペディメントの上に座るマーキュリーの鉄製のお尻を覗(のぞ)くことができる。それは実に美しい見事な玄関である」

その家を設計したのはキーティングだった。キーティングは怒りを通り越してクスクス笑わざるをえなかった。そのあと、キーティングは、その家のことも記事も忘れた。その記事を書いた娘のことだけを思い出していた。

キーティングは、自分の机から、でたらめに3枚の図面を取り出し、その図面の許可を得ようとフランコンの部屋に向かった。そんなことする必要はなかったのだが。

ドアが閉ざされたフランコンの執務室の外の階段の踊り場で、キーティングは立ち止まる。ドアの向こうからフランコンの大きな声が聞こえてくる。

「こんなけしからんことは、予想もできなかった!しかも自分の娘からだ!私はお前から受ける仕打ちには慣れてはいる。慣れてはいるさ。しかし、これは最低だ。お前は、私がどういう立場にあるか、ほんの少しでも考えたことがあるのか?」

そのとき、キーティングは娘の笑い声を聞いた。その声には、実に陽気でかつ冷たい響きがある。今はフランコンの部屋に入らないのが最上だとキーティングは判断する。何よりも、彼自身が入りたくない。彼は怖かった。彼女の目を見たとき怖かったように、また今度も怖いと思った。

キーティングはまわれ右をして階段を降りる。キーティングは、自分は彼女に会うだろう、近いうちに会うことになるだろうと考えている。同時にキーティングは、かすかに感じている。あの娘に会わなかったほうがよかったかもしれないと。

(第1部26 超訳おわり)

(訳者コメント)

この小説のヒロイン、ドミニクが登場しました。

モデルは、グレタ・ガルボです。

グレタ・ガルボは、アイン・ランドが大好きな女優でした。

クール・ビューティーの代表です。

アイン・ランドのヒロインは、ほぼ金髪で痩身長身のモデル体型です。

このThe Fountainheadという小説は、ハーレクイン・ロマンスと馬鹿にする人々も多いです。

確かに宝塚歌劇調といいますか、大昔の少女小説のような過剰にロマンチックで非現実的な雰囲気があります。

それは、もっぱらヒロインのドミニクの人物造形にあります。

この小説は、理想の人間像を提示する小説であり、政治思想小説なのですが、同時に、大衆娯楽小説でもあります。

ヒロインのドミニクの過剰にロマンチックな造形を、大いに楽しみましょう。

作家のアイン・ランドには、大衆的ミーハー性と生真面目で硬派な哲学性が共存しています。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

WordPress.com. テーマ: Baskerville 2 by Anders Noren

ページ先頭へ ↑

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。