第1部(23)ロークの就活は半年も続く

自室の窓の向こうに、おびただしい屋根と水槽タンクと煙突が見える。窓の下を自動車が通り過ぎるのが見える。

フランコンの事務所を解雇されてから空虚な日々が過ぎた。

両手をぶらりと両脇にたらして何もしないで過ごしている自室には沈黙が満ちていた。その沈黙には、ある脅威、何かよからぬことが近づく兆しがあった。眼下に広がるニューヨークの街から、もうひとつの脅威をロークは感じている。まるで、それぞれの窓が、それぞれの歩道が、無言の抵抗をして陰鬱(いんうつ)に自らをロークに対して閉じているかのようだ。しかし、それが、今のロークを悩ますことはない。もう随分前から、そんなことには慣れていたし、受け入れていたから。

ロークは、建築家のリストを作った。彼らの作る建築物がロークから見て情けなく感じるのが一番少ない建築家のリストだ。一番ましな順に並べたリストをもとに、ロークは冷静に、計画的に、怒りも希望もなく、職探しをした。

その毎日が自分を傷つけるかどうかについては、ロ-クは意識しなかった。それはなされなければならないことだった。そのことだけをロークは意識していた。

ロークが会った建築家たちは、それぞれに違っていた。机をはさんで、親切そうにぼんやりとロークを見つめる建築家もいた。中には、口角を上げて薄笑いしながらロークが職を求めていることを楽しんでいるかのような建築家もいた。なぜならば、求人中の若者を前にふんぞりかえっていることは、彼らが達成した地位を、彼らに大いに喜ばしく意識させたから。

中には冷ややかに答える建築家もいた。まるでロークの野心は個人的侮辱であると言わんばかりに。ぶっきらぼうな建築家もいた。彼らの声の鋭さから判断するに、彼らはいつだって優秀な製図係を必要としているのだけれども、その資格をロークに適用することはできないようだった。そのことを理解できずにいるロークの空気の読まなさ加減に苛立っているようだった。

それは悪意ではなかった。それはロークの能力に対して下された判断でもなかった。ロークに価値がないと彼らが考えていたわけでもなかった。ロークが有能かどうかなど、彼らにはどうでもよかったのだ。そもそも、有能かどうか見分ける目など、彼らにはないのだから。

時々、ロークは、君が描いた図面を見せてくださいと言われた。自分の手の筋肉に羞恥心から来る収縮を感じながら、彼は自分の図面を机の上に広げた。それは、衣服を剥ぎ取られるようなものだった。肉体がさらされるから恥ずかしいのではない。無関心な目にさらされるから恥ずかしいのだ。

たまに、キャメロンに会いにロークはニュージャージーに出かけた。丘の上に建てられたキャメロンの妹の家のポーチで、ふたりは過ごす。キャメロンは車椅子に腰掛けている。ひざの上にかけられたブランケットの上に両手を置いている。

「ハワード、調子はどうだ?かなりきついか?」

「いいえ」

「馬鹿な連中の誰かにでもあてた推薦状は要らないか?」

「要りません」

そのあとは、その件についてキャメロンはもう何も言わない。キャメロンだとて、そんなこと話したくなかった。本物になろうとするロークが、ふたりの街であるニュ-ヨークから拒否されていると考えるだけでも辛い。ロークが自分のところに来ると、キャメロンは、私的な所有物に対するような単純な確信を持った態度で、建築について話した。

キャメロンとロークは、ハドソン河の向こうの空の端に広がる対岸のマンハッタンを遠くに眺めている。空は次第に暗くなりつつある。青緑色のガラスのような輝きを帯びつつある。マンハッタンの建築群は、そのガラスのような空に凝縮した雲のように見える。夕陽を先端に浴びて、直角の角度で直線の柱の形となって一瞬の間に凍りついた雲だ。灰色がかった蒼い雲だ。

夏の数カ月が過ぎた。ロークが作った建築家リストから候補が消えていった。ロークは、すでに自分の雇用を拒否した建築事務所を再度訪問した。ロークは、彼らが自分について何がしかの噂を聞き込んでいるのに気がついた。いくつかの事務所から同じ答えが返ってきたからだ。

「君は、スタントンを退学になりましたね。フランコン事務所から解雇されたらしいですね」と。この言葉を告げる声の調子は様々だったが、それらの声には共通する響きがあった。我々にとってはそれだけでもう答えは決まったのだという確信を得た安堵感という響きが。

夕方になると、ロークは自宅のアパートメントの窓の手すりの上に腰掛ける。タバコをふかしながら、窓ガラスに手を広げてみる。その手の指の下にはニューヨークの街が広がっている。窓ガラスの冷たさが、肌に突き刺さるように感じる。

9月になってから、『アーキテクチュアル・トリビューン』という建築専門誌に掲載されたゴードン・L・プレスコットという人物の「明日への道を拓く」という一文を、ロークは読んだ。

その記事には次のようなことが書かれてあった。建築という職業の悲劇は、才能ある若い人々の行く手に置かれる苦難であり、偉大な才能も、人に知られることなく苦闘の中ですり減ってしまう。今の建築界には、新しい血や新しい思想の枯渇(こかつ)や独創性やヴィジョンや勇気が欠如している。だから、建築界は危機に瀕(ひん)している。

ロークは、このゴードン・L・プレスコットなる人物について聞いたことはなかったが、彼の記事には正直な確信の調子があった。ロークは、このプレスコットの事務所に、初めて望みをかける気になった。

ゴードン・L・プレスコットの秘書は、次の水曜日の2時15分に彼女の上司に面接できる手はずを整えてくれた。ロークは、次の水曜日の2時15分にプレスコットの事務所を訪れた。やっと4時45分になって、ロークはゴードン・L・プレスコットの部屋に通された。

ゴードン・L・プレスコットは35歳だ。長身で運動選手のように引き締まったからだつきをしている。顔には、いかにも世慣れた頭の良さを感じさせるきびきびした雰囲気がある。

プレスコットは、黙ってロークの話に耳を傾けるが、唐突にロークの話を遮(さえぎ)って言う。

「君の図面を見せて下さい」と。

プレスコットは、陽に焼けたブロンズ色の両手に、ロークの図面の束を手早く一枚一枚見る。そのうち、自分がまだロークの図面の束の半分も見ていないことに気がつき、その束を机の上にドサリと置く。

「ええ、そうですね。あなたの作品ですが、大変面白い。しかし実際的ではない。成熟していません。焦点がぼけていますし、規律がありません。青いのです。独創性のための独創性です。現代という時代の精神に全くそぐわないです。人々が求めてやまないような建築というのは、こういうものです」

プレスコットは、机の引き出しから図面を取り出す。

「これは、一枚の推薦状も持たずに僕の所に来た若者の作品です。設計の仕事は初めての初心者です。あなたが、このようなものを設計できるならば、今のように職探しなどしないですむでしょうね。この図面を見て、僕はすぐに彼を採用しました。彼は潜在的天才です」

プレスコットは、こう言って、ロークの前に、その図面を広げる。そこには、穀物の貯蔵庫の形をした家が描かれている。その家は、パルテノン神殿を単純化したが、パルテノン神殿の力強さは喪失しているような類のものであった。その程度のものであった。

「これこそ独創性ですよ。永遠の中の新しさです。あなたも、このようなものを目指さなくては。さて、このあたりで僕は失礼させていただきます。次の約束が待っていると秘書も言っておりますから・・・」

ロークは、10月のある夜遅くに家まで歩いて帰った。ロークが職探しを初めて以来、数カ月が過ぎていた。誰と会ったのか、どんな拒絶の言葉を聞いたのか、ロークにはわからなくなっていた。彼は職を求めて訪問した建築事務所にいるときは、他の何もかも忘れて、その際の面接の数分間に激しく神経を集中した。そこの事務所を出るときは、その数分間については忘れた。それはなされなかればならないことだったから、なされたにすぎなかった。事務所を出るときは、すでにロークはその事務所に何の関心もなかった。家路につく時には、ロークは、また自由になっていた。

ロークの前には長い街路が伸びている。彼は機敏に歩く。彼が進む歩道が、彼の足取りを飛躍させ前進させるスプリングボードであるかのように、機敏に歩く。

ロークには、地上から何百フイートも上の空中のどこかに吊られているコンクリート製の照明のついた三角形の建物が見える。それを支えるような何ものも地面に立ってはいない。ロークは、そこに見たいと思うものを自由に想像してみる。いつか人々が目にするであろう自分が設計した建築物を、空中に自由に想像してみる。

そのとき、突然ロークは思う。今、この瞬間、マンハッタンからすれば、また僕以外の誰にとっても、僕という人間が、建築物を作るなどということはありえないことなのだろうな。僕自身の内部にある堅い確信以外は、誰もそんな可能性は認めないだろう。

僕はまだ何かを自分だけで設計して建てたことがない。まだ何も始めていない。なのに始める前から、すでに、決して僕は建てることができない立場に立っている。

ロークは肩をすくめる。いいじゃないか。見知らぬ人々が蠢(うごめ)いているあのたくさんの建築設計事務所で僕が経験してきたことなど、どうでもいいことだ。僕は屈辱的な扱いを受けてきた。今日もまた受けた。明日もまた受けるだろう。しかし、そんなこと、みんな一種の仮想現実みたいなものじゃないか。実際に起きたことではあるけれども、僕の本質には関与しないことだ。

ロークは、イースト・リヴァーに通じる脇道に入って行く。古ぼけた家々が、空の重みのために背中を曲げているかのように、地面に低く体を伏せている。誰もいない。空っぽだ。ロークの足音がこだまを響かせている。

襟を立て、ポケットに両手を入れ、ロークは歩いて行く。ロークの影が彼の足もとから立っている。ロークが灯りのそばを通ると、彼の長い黒い影が壁をよぎる。 車のフロントガラスのワイパーがさっと動いたかのような長い黒い影が壁をよぎる。

(第1部23 超訳おわり)

(訳者コメント)

ロークのうまくいかない就職活動は、身につまされます。

採用側は、必ずしも明確な基準があったり、価値観があったりして、新人採用を決定するわけではないです。

採用人事には、非常に恣意的な要素が大きいです。

大学の採用人事にちょっと関与した私の体験から言っても、優秀だから採用しないという事例は多いのです。

とはいえ、「こんなに優秀だと、僕にとって脅威でしょう」なんて選考委員が正直に率直に言うはずありません。テキトーにもっともらしい理由を言い張り、未来のライバルを排除します。

「こんなに優秀なら、うちが採用しても、数年で別の大学に行ってしまうじゃないですか。だから、この程度の人でいいんですよ、採用するなら」という意見も、よく聞きました。

だから、採用されないとしても、それは採用側の事情です。

採用されなかった自分自身の能力や可能性を疑ったり否定する必要は全くないです。

それでも、採用されなければ傷つきます。

ほとんど誰もが、就職にまつわる、このような辛さを味わったことがあるでしょう。

このセクションを訳しているとき、私は若き日の自分の就職活動を思い出していました。大学や短大の専任教員のポストに応募してはダメであった時期を思い出していました。

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