第1部(3) ガイ・フランコンとピーター・キーティング

スタントン工科大学の1922年度生卒業式が始まっている。

卒業生代表の来賓(らいひん)として、ガイ・フランコンが祝辞を述べている。

「建築とは、諸君、ふたつの宇宙的原則、すなはち美と有用性に基づいた偉大な芸術です。より広い意味においては、これらの原則は三つの永遠なる実体の部分でしかありません。三つの永遠なる実体とは真実と愛と美です。真実とは、我々の芸術の伝統に対する真実です。愛とは、我々が奉仕する同胞への愛です。美とは、すべての芸術家にとって彼らを突き動かしてやまない女神であります。ともかく、私は諸君にこう言いたい。建築の仕事にこれから乗り出そうとしている諸君に、君たちは今や聖なる遺産の後見人であると。であるからして、世界に前進して行きたまえ、三つの永遠なる実体をたずさえて進みたまえ。この偉大なる大学が長い年月の間に示してきた水準に忠実に、勇気と志と夢を胸に固く抱(いだ)きながら。君たちのすべてが忠実に世のために奉仕することを願ってやみません。過去への奴隷としてではなく、また独創性なるものを、独創性そのもののために説くような、成り上がり者としてではなく。そんな連中の態度は、無知な虚栄でしかありません。君たちのすべてが、この世から旅立つ前に、豊かで活力に満ちた年月を過ごせることを願ってやみません。時という砂の上に、君たちすべてが、君たちの足跡を残すことを、私は願ってやみません!」

ガイ・フランコンは、麗々(れいれい)しく挙げた右腕で大きな弧を描いて敬礼し、祝辞を終えた。

その敬礼は、決して正式のものではなかったが、ある種の雰囲気、陽気な尊大さというものがあった。卒業式の会場となっている彼の目の前に在る巨大なホールは、喝采と賞賛で沸き返っている。

顔、顔、顔、顔、顔。若い上気した意欲に満ち満ちた顔の海は、ゆうに45分間もガイ・フランコンを見上げていた。フランコンは、45分間も意味不明なことしゃべっていたのだ。

フランコンは、この機会のためにわざわざニューヨークからスタントンにやって来た。かの高名なフランコン&ハイヤー設計事務所のガイ・フランコンは、アメリカ建築家協会の副会長である。アメリカ芸術・文学アカデミーの会員である。全米美術委員会の会員である。ニューヨーク芸術工芸連盟の書記長である。かつ、アメリカ合衆国建築啓蒙協会の会長である。

ガイ・フランコンは、フランスのレジオンドヌール勲章に輝く勲爵士である。彼は、英国やベルギーやモナコやタイなどの政府によっても叙勲を受けてきた。

ガイ・フランコンは、スタントン工科大学の最も成功した卒業生である。ニューヨーク市にある有名なフリント・ナショナル銀行ビルの設計者でもある。

ガイ・フランコンは、演壇から降りる。彼は中背である。肥満しているとまでは見えなかったが、あいにくと肥満への傾向はまぬがれないのが見て取れる体型だ。

ガイ・フランコンは、自分が若く見えることをよく知っている。彼は51歳であるが、顔には小皺ひとつない。彼の身につける衣服は、芸術家の持つ細部への限界のない注意力の証左である。演壇から降りながら、この大学が共学で、女子学生がいればいいのにと、彼は思う。

ガイ・フランコンは思う。この別館とこのホールを設計したのは私だ、と。20年前だ。そして私は、今ここに、自分の母校の大学の自分が設計した会場にいる。

あの緑色の大理石の腰羽目板はどうだ!金色に彩られた鋳型にくり抜かれた鉄でできたコリント式の円柱はどうだ!また四方の壁を飾る金メッキの果物の花輪はどうだ!まことに素晴らしいではないか。特に、パイナップルは造られてから長い年月が経つにも関わらず美しさを保っているではないか。

ホールは様々な顔や身体でいっぱいである。あまりにも人がぎっしり詰まっているので、どの顔がどの身体に属しているのか区別がつかない。それらの数々の頭の中でも、薄めの色合いの黒い髪の形が綺麗なのが、ピーター・キーティングの頭だ。

ピーター・キーティングは、前列できちんと、演壇に目を集中させていようと努めている。多くの人々が彼を見ているから。彼は自分に注がれる目をたえず意識している。

ピーター・キーティングの瞳は黒くて注意深く知的である。彼の口の両の口角は上がっている。いかにも優しく寛容で温かい感じの三日月型の口元である。

ピーター・キーティングは、自分の美しさは至極当然のことだからして、自分としては何とも思っていないのだが、他人は自分の美しさを特別なことと考えていると、ちゃんと意識している人間の風情で、姿勢よくすましている。

彼こそが、ピーター・キーティングだ。スタントン工科大学のスターだ。学生自治会の会長だ。陸上チームのメンバーだ。最も重要なフラタナティのメンバーだ。かつ、キャンパスで最も人気者として選ばれたピーター・キーティングだ。

ここにいる人々は、みな僕が卒業するのを見に来たのだとピーター・キーティングは思う。みんなは、僕の成績を知っている。僕の成績を凌駕(りょうが)する奴などいない。

ああ、そうか、シュリンカーがいたっけ。あいつは、僕に勝てる見込みのない競争をしかけてきた。でも、あいつは、去年しっかり僕に負けたぞ。僕は犬のように必死で勉強したから。シュリンカーを打ち負かしたかったから。そして、今や僕に刃向かうライバルはひとりもいない。

その瞬間、ピーター・キーティングは突然、まるで何かが彼の咽の内側を通過して胃の中に落ちたような気がする。何か冷たくて空虚なものが、空虚な穴を転がり落ちたような。

その何かとは、自らへの問いかけだった。今日という日が自分にそうあれかしと宣言するほど 、自分はほんとうに偉大だろうかという問いかけ。

ピーター・キーティングは、人波の中にシュリンカーを探す。シュリンカーの肌の黄ばんだ顔と金縁の眼鏡が見える。彼は、シュリンカーを温かく見つめる。ホッとしながら、確信しながら、感謝の念を持ちながら。

シュリンカーには、容貌にしろ能力にしろ勝ち目が今後も全くないことは明らかじゃないか。僕は、いつでもシュリンカーなどうち負かすことができる。この世の中のシュリンカーみたいな奴が寄ってたかって挑んで来ても、僕は勝つ。僕は、僕が達成できないことを他の誰にも達成させない。みんなに僕を見つめさせておけばいい。僕は連中が僕を見つめるだけの充分な理由を提供し続けてやる。

ピーター・キーティングは、自分の回りの人々の熱い息を、期待を強壮剤のように感じている。生きているって素晴らしい、と彼は思う。

快適な感覚だ。その感覚に気をとられてしまうあまり、キーティングは、思わず何をするのか忘れてしまっていた。それでも彼はホールの出席者の前にしつらえてある演壇に向かって歩を進める。彼は立つ。すらりとして整ったスポーツマンらしい引き締まった身体である。

卒業生代表の言葉を終えたキーティングは両手を振っていた。丸めた賞状の端で顔の汗を軽く掻くように拭う。うなずき、微笑む。キーティングは、人々の賞賛の歓声が自分の頭上に浴びせられるままにする。彼は数々の名誉を受けて卒業する。アメリカ建築家協会が彼に金メダルを授与する。彼は、アメリカ合衆国建築啓蒙協会のパリ賞も受賞する。といいうことは、パリ美術学校(ボザール)で4年間学ぶ奨学金を得たのだ。

スタントン工科大学学長が、彼に威勢良く大きな握手を求めてくる。「スタントンは君を誇りに思う」と学長は言う。例の学部長も握手を何度もくり返す。「君の未来は輝かしいですね。輝かしい未来ですよ」と言いながら。

これらの握手責めがひととおり過ぎた後に、ガイ・フランコンがキーティングに握手を求めてきた。フランコンの声は甘く響く。

「前にも言ったように、すぐに僕のところに来なくていいのだよ。パリの学位は若い人にとっては実に重要なものだからね。そりゃあ、すぐにでも君をうちの事務所に迎えることができたら、僕としては嬉しいが」

22年度期の卒業祝賀会は長く厳かなものだった。キーティングは、興味深く数々の祝辞を聞いていた。「アメリカ建築の希望としての若い諸君」とか「黄金の扉を開けている未来」とかに関する尽きることのない美辞麗句を耳にしながら、キーティングは自分こそが希望であると、自分こそが未来であるとわかっていた。

だから、実に多くの立派な人物の唇からの、自分に対する賛辞を耳にするのは心地よかった。彼は祝辞を演壇で述べる髪に白髪の混じる人々を眺める。この人々の立場に自分がたどり着き、それを超えるまでになるときは、彼らより自分はどれぐらい若いだろうかと考える。

そのとき突然、キーティングはハワード・ロークのことを思い出す。記憶の中でその名前がひらめいたことが、鋭いかすかな歓びのような痛みを自分に与えたことに気がつく。

そうだハワード・ロークは退学になったんだ、今朝。

キーティングは自分を非難する。気の毒に思おうと彼は断固とした努力をする。しかし、ロークの除籍を思うと、あの秘密の輝きが彼の心にもどって来る。

キーティングは、ロークについて、シュリンカーよりも恐れていた。ロークは彼より2歳年下で学年はひとつ下だったのだけれども。

ロークはいつも僕に親切だった。僕が宿題に行き詰まっていると、いつでも助けてくれた。いや、行き詰まっていたわけじゃないんだ。ほんとうは、ただよく考える時間がなかっただけだ。

ロークときたらほんとうに簡単に面白い設計を考えつく。まるで糸を操るみたいに簡単に。そしてそれを、あけっぴろげに教えてくれた。

だからどうしたというのだ?だからといって、ロークがどうだというのだ?もう彼はおしまいだ。このことを知って、キーティングは、やっとハワード・ロークへの同情という満たされた痛みを味わうことができた。

キーティングは、祝辞に答えて何か話すように呼ばれる。自信に満ちて立ち上がる。自分が怖がっていることを、他人に見せてはならない。実は、彼には建築について語るべきことなど何もない。しかし、彼は話す。頭を高く上げて、同等な者ばかりの中の同等な者として、微妙に遠慮がちに話す。そうすれば、卓越した人間が誰かの感情を害することもないから。

長い祝賀会も終わった。別れの挨拶でごったがえしている祝賀会場の外の廊下で、ひとりの学生がキーティングの両肩に腕を回して、ささやいた。

「家に帰って着替えてこいよ、ピーター。今夜はボストンにくり出そうぜ。仲間内だけでさ。一時間したら迎えに行くからさ」と。

テッド・シュリンカーが急かして言う。「もちろん来るだろ、ピーター。君が来ないとつまらんよ。ところで、ほんとにおめでとう。あれやこれや全部おめでとう。悔しい気持ちなんかないさ。最高の人間が勝つんだから」と。

キーティングは、シュリンカーの両肩に腕を回す。キーティングの目は温かく輝いている。まるでシュリンカーが彼のもっとも大事な友であるかのように。キーティングの目は、誰に対してもそのように輝く。

彼は心にもないことを口走っていた。

「ありがとう、テッド。アメリカ建築家協会のメダルに関しては、ほんとは困惑しているんだ・・・君の方がふさわしいのにね。だけど、あの年寄り連中が何を気に入るか、見当がつかないよね」と。
(訳者コメント)

ピーター・キーティングは、世間のほとんど誰もを騙せる感じのいい「美青年」である。

All American Boyだ。誰もが好きになる好青年。

自分自身の基準とか倫理観とか美意識がないので、他人に合わせるので、他人から好かれる。

実際には、彼は常に他人と自分を比較している。自分が優位に立っていないと気が済まない。

彼は、孤独の中で、自分の思考を深めることができない人間依存症だ。

この小説を最初に読んだ時に、私は驚いた。

「あっれええ!? まるで日本人じゃないの。日本人の馬鹿優等生によくあるタイプじゃないの、キーティングって!!アメリカ人も日本人も似たようなもんなんだなあ!」と。

キーティングは、主人公のハワード・ロークを利用しつつ裏切り続けるムカつく登場人物である。

ほんとに、こういう人間は数多い。

47歳の時に、この小説を読みながら、私はそれまでに自分が出会って来た数々の老若男女の「ピーター・キーティング」を思い出していた。

有名建築家のガイ・フランコンは、キーティングの中年版ではあるが、後々わかるが、キーティングよりはマシではある。

この小説は、一種のロークが虐待されつつ頑張っていく男性虐待物語である。

キーティングもフランコンもローク虐待者である。

華やかな卒業祝賀会の中で陶酔しているキーティングの姿は、退学になって孤独な道を歩もうとしているロークと好対照である。

ゼミの課題で、この小説を学生に読んでもらうと、その感想に驚かされた。

ほとんどの学生が、ロークに共感しない。キーティングに共感する。

そんなもんですかねえ?

第1部(3) ガイ・フランコンとピーター・キーティング” への2件のフィードバック

追加

  1. キーティングは、ロークより危険だと思いました。目的がないので、目先の目的の為には何でもやりそうで。
    どちらかに共感するかというとロークです。ただ、数学教授にアドバイスは貰うと思います。

    この節の華やかな卒業式は空疎で破滅に続いている気がします。

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  2. アイン・ランドは自由に書き進めるタイプではなく、書くこと自体より、構成に時間をかける作家でした。最初の文章から最後の一文まで緻密に積み重ねて設計図をはっきりさせてから書き始めました。小説の最初で伏線だらけです。

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