第3章(5) メディア王になったゲイル・ワイナンド

ゲイル・ワイナンドが、彼が『バナー』に続けて所有した新聞をフィラデルフィアで発行したときに、地元の新聞社はワイナンドを迎え撃った。アッティラの侵略に一致団結して抵抗するヨーロッパの族長たちのごとく。

その戦いも同じく獰猛(どうもう)野蛮(やばん)きわまりないものだった。ワイナンドは笑い飛ばした。競争相手の他社の新聞配達の車を襲ったり、新聞の売り子をたたきのめしたりするためのヤクザ者たちを調達することにかけては、彼以上にその手管を熟知している人間などいないのだから。競争相手のうち2社が戦いに敗北した。ワイナンド所有の『フィラデルフィア・スター』は生き残った。

残る戦いは、伝染病のように素早く単純に処理された。ワイナンドが35歳になるまでには、アメリカ合衆国の要(かなめ)となる都市にはすべて、ワイナンド系列の新聞が発行されていた。40歳になるまでには、ワイナンド系列の雑誌やニュース映画会社ができていた。現在ワイナンド・エンタープライズの傘下にあるもののほとんどが、彼が40歳前に獲得したものである。

公表されることはなかったが、実に多くの活動がワイナンドの財産形成に力を貸した。彼は、子ども時代のことを何も忘れていなかった。あの頃、靴磨きの少年として、渡し船の手すりに寄りかかりながら立っていたときに考えたことは、みな記憶にある。どんどん膨張し、成長しつつあるニューヨークの街が人間に提供している数々のチャンスに関するアイデアは、みな彼の記憶にある。将来的にも価値など全くなさそうに見える土地を彼は買い漁(あさ)った。他人の忠告など無視し、そこを開発して家を建てた。そういう不動産を何百から何千へと所持して経営した。

ゲイル・ワイナンドは、あらゆる種類の企業に参入していった。時々は、そうした会社が倒産し、関係者を破産させることがあったが、なぜか彼は無事だった。彼は、胡散(うさん)臭い電車の独占企業を告発する記事をいっぱい書かせて、その企業が傘下に持つ加盟会社を失うように仕向けた。後で、その加盟会社はみな、もっと胡散臭い会社の傘下におさまった。つまり、ゲイル・ワイナンド関係の会社の傘下に。

彼は、中西部の牛肉市場を支配しようとする邪悪な試みを暴露したこともあった。結局、その牛肉市場は、別の暴力集団に任さることになってしまった。もちろん、その暴力集団はワイナンドの命令で操作されたものだった。

若い頃のワイナンドが非常に頭の切れる男であり、使える男であることを発見した多くの人々によって、ワイナンドは助けられてきた。彼は、また自分が使える男であることを、実に魅力的な丁寧さと慇懃(いんぎん)さで見せつけたものだ。後日、どの場合においても、それらの人々は、自分たちがワイナンドを利用したのではなく、自分たちこそが彼に体(てい)よく利用されたのだと、思い知らされた。例の『ガゼット』紙をゲイル・ワイナンドのために買収することになった政治屋ごろつき集団のように。

時々は、彼も投資で金を失うことがあった。ただし、その行為も冷徹に、十分意図的に実行されたものだった。足取りや手段が追跡できないような一連の行動によって、彼は多くの権力者を破滅させてきた。銀行の頭取とか保険会社の社長とか蒸気船会社の所有者とか、その他面々である。

誰も、そういうことをするワイナンドの動機がわからなかった。その男たちは、彼の競争相手ではなかったのに。彼らを破滅させても、彼に何か利益があるわけではなかったのに。

だから人々は噂した。「あの極道(ごくどう)のワイナンドが追っかけているものが何にせよ、それはカネではないな」と。

彼をあまりに執拗(しつよう)に非難する人間は、仕事を失くすはめになった。数週間以内に失くす者もいれば、何年も経ってから失くす者もいた。ワイナンドは受けた侮辱に気がつかぬまま放置しておくこともあれば、毒にも薬にもならないような程度のことを言った相手を即座に打ちのめすこともあった。彼が何に怒り、何に復讐し、何を赦すのか、他人にはさっぱりわからないのだ。

ある日のこと、ゲイル・ワイナンドは他社の新聞に掲載されていた若い記者の素晴らしい文に目を留めた。で、彼はその若者に例のごとく招待状を送った。その若者は来た。

しかし、ワイナンドが提示した給与の額も彼には効果がなかった。その若者は、他にはどうしようもないのだという真摯な態度で、こう言った。「ワイナンドさん、僕はあなたのところでは働けないのです。なぜならば、あなたには・・・あなたには理想がないからです」と。ワイナンドの薄い唇が微笑んだ。彼は穏やかに言った。「君は、人間の堕落から逃げることはできんよ。君が働いているところの上司は理想とやらを持っているのかもしれない。しかし、軽蔑すべき連中に金を乞い、その連中からの命令に従わなければならないぞ。俺には理想などない。しかし俺は人に乞うことはない。どちらかを選びたまえ。選択肢は他にはない」と。その若者は、そのときは自分の社に帰って行った。

一年後、彼はワイナンドのところにやって来て、あの申し出はまだ有効かと訊ねた。ワイナンドは、まだ有効だと答えた。それ以来、この若者はずっと『バナー』で働いている。ゲイル・ワイナンドを愛している社員は、彼ぐらいなものだ。

アルヴァ・スカーレットは『バナー』が『ガゼット』と呼ばれていた頃からの、唯一の生え抜き社員である。ワイナンドの出世とともに浮上してきた。しかし、この男がワイナンドを愛しているなどとは誰も思っていなかった。彼は単に自分のボスにすがりついているだけなのだ。ワイナンドの足が踏みつける敷物のごとく、機械的な献身をしているだけなのだ。

アルヴァ・スカーレットは、今まで何も本気で憎んだことがない。だから本当に愛したこともない。アルヴァ・スカーレットは抜け目がなく有能である。物事の正邪に関する疑念という概念が把握できない類の人間の持つ無邪気さで、何ものも疑うことなく遂行することができる。この男は、あらゆるものに関して、信念というものを二週間くらいしか保持できない。だからこの男は、ワイナンドにとって計り知れないぐらいの価値がある。彼こそ、大衆の反応のバロメーターだから。

ゲイル・ワイナンドという人間に、私生活というようなものがあるのかどうか誰にもわからなかった。執務室から離れているときの彼の時間は、『バナー』の第一面のスタイルを帯びていた。それもかなり派手な局面に達したスタイルである。まるで王侯貴族たちが集まる広場でサーカスを行うかのような派手さ加減だ。

たとえば、大オペラ上演のために、某邸宅を丸ごと購入したことがあった。彼は、自分とそのときの愛人以外に誰も観客がいないまま、空っぽの会場でそのオペラを鑑賞した。

あるときは、無名の劇作家による美しい演劇を発見した。その劇が一度だけ上演され、二度とは上演されない権利を法外な値段で、劇作家から買い取った。その劇が上演されたとき、観客はワイナンドひとりだけだった。翌朝、その劇の台本は焼却された。

ある高名な社交界の婦人が彼に慈善の大義のためにいくばくかの寄付を願い出たとき、彼は婦人に金額の書き入れていない小切手を渡した。婦人がそこに思い切って書き入れた金額が、自分ならばこう書き込むだろうと予想した額よりも少なかったことを口に出して、ワイナンドは高らかに笑った。

あるときは、彼は密造酒を飲ませる安酒場で出会い、それ以降は決して会うこともないような文無しのペテン師に、バルカン半島の類のような土地のどこかの国の王権を買ってやったこともある。しばしば、彼は「俺の従者兼運転手兼王様」であるその男を、話の種にした。

夜になると、ワイナンドは9ドルで手に入れたみすぼらしいスーツを着て、地下鉄に乗り、大衆の声に耳を傾けるためにスラム街をそぞろ歩いた。

一度、地下に構えた居酒屋で、トラックの運転手がゲイル・ワイナンドなんて資本主義の邪悪さの最低最悪の見本だと、実に多彩で的確な言葉で非難しているのを耳にした。ワイナンドは、そうだそうだと相槌(あいづち)を打ち、彼の乏しい表情をめいっぱい酷使して、子ども時代を過ごしたヘルズキッチン界隈の言葉を駆使して、そのトラックの運転手にもっと話をさせるのだった。それから、彼は誰かがテーブルに置いていった『バナー』を取り上げ、3ページ目に載っている自分の写真を引き裂き、そこに百ドル紙幣をはさむ。それをトラックの運転手に渡す。誰かが彼の正体に気がつき声を立てる前に、彼は席を立って店を出る。

ワイナンドが愛人を取り替えるのは始終だったので、もうそんなことは噂話にもならない。ワイナンドは、自分の生活全体をまことにおおっぴらに見せびらかすことによって、自分の生活の細部を秘密にする。

彼は自分自身を大衆に配達する。彼は大衆の共通財産である。いわば公園の記念碑だ。バス停の標識だ。『バナー』の各ページのようなものだ。彼の写真は、映画スターの写真よりも頻繁(ひんぱん)に新聞に登場する。彼は、想像しうる限りあらゆる機会に乗じて、あらゆる種類の衣装を身につけ、写真に撮られる。しかし、個人的にこれだけ有名になることに、ワイナンド自身は何も喜びを感じていない。大衆に自分をさらけ出すというのは、彼が従っている方針の一環でしかない。彼の住居のペントハウスは、その隅から隅まで、新聞や雑誌に紹介されてきた。彼はこう言った。「この国の馬鹿どもは、俺のアイスボックスやバスタブの中まで知っている」と。

しかし、彼の生活のある局面は、ほとんど知られていなかったし、決して言及されることもなかった。彼の住居のペントハウスの下階にあるビルの最上階は、彼の私的な美術館ともいうべきものだった。その部屋は、いつもは施錠されている。管理人以外の誰も、その部屋に入ることは許可されなかった。彼の私的な美術館について知っていたのは、ほんの少数の人間だけだった。

一度、フランスの大使がその美術館訪問を願い出てきたが、ワイナンドは断った。ときどき、そう頻繁ではなく、階下に降りて、彼は自分だけのための美術館で何時間も過ごす。彼が収集した美術品は、彼自身の基準で集められたものばかりだ。彼のコレクションには、有名な傑作もあれば、無名の画家の手になる絵画もあった。彼は、どんな不朽の名を持つ芸術家の作品でも、自分の関心をひかない物ならば、購入することを拒否した。コレクターたちによる評価や、高名な芸術家の署名があるかどうかなど、ワイナンドにとってはどうでもよい。ワイナンドが後援している美術品取り扱い業者によると、ワイナンドの美術品に関する鑑賞力や判断力は、その道の専門家の中でも一流の目利(めき)きに匹敵するということだった。

アルヴァ・スカーレットが、いかにも残念無念といった風情でゲイル・ワイナンドに言ったことがある。

「社主のギャラリーは、日曜版のいいネタになるんですがねえ。大々的に派手に紹介できたら助かるんですがねえ」

「駄目だ」

「どうしてですか?」

「いいか、アルヴァ、この地上のどんな人間だって、誰にも見られることのない自分の魂というものを持っている。刑務所の囚人や、場末(ばすえ)の見世物にされる奇形でもだ。俺以外の誰もがそうだ。俺の魂は、新聞の日曜欄にいつもデカデカと載っている。だから、俺には自分の魂の代替物(だいたいぶつ)っていうのが必要なわけだ。たとえ、それが単なる施錠した部屋で、やたら他人に触れられることのない小数の美術品でしかないにしてもな」

(第3部5 超訳おわり)

(訳者コメント)

画像は、1910年代のフィラデルフィアである。

この時代に、ゲイル・ワイナンドは『フィラデルフィア・スター』という新聞を手に入れたわけだ。

この新聞は、1950年代まで実在したPhiladelphia Starsという黒人選手ばかりのプロ野球チームとは関係がない。もちろん。

40歳前にアメリカの新聞王ばかりでなくメディア王となり、ニューヨーク再開発の不動産業者になったゲイル・ワイナンド。

シカゴの精肉業界を牛耳ったゲイル・ワイナンド。

政財界のリーダーたちや有名人を気まぐれ(?)に社会的に抹殺したゲイル・ワイナンド。

向かうところ敵なしのゲイル・ワイナンド。

美術品の優れた目利きであり、自分の美術館を所有しているが、他人には見せないゲイル・ワイナンド。

シカゴの精肉業界はアイルランド系アメリカ人の利権だ。

ハワード・ロークは、名前からして、オレンジ色の赤毛からして、アイルランド系だ。

ゲイル・ワイナンドも、ゲイルという名前がアイルランドっぽい。

このThe Fountainheadという小説は、実はWhite Anglo Saxon Protestants(WASP) と呼ばれる英国系プロテスタント教徒の人々が上層をしめるアメリカ社会に対して、「白い黒人」として差別されたアイルランド移民の末裔が一矢報う物語でもある。

ほんとは、英国の植民地時代から、ユダヤ人が入植して商業の発展を促進し、そのユダヤ人移民の末裔がキリスト教に改宗しているので、アメリカの英国系白人と呼ばれる人々の中には、かなりの「隠れユダヤ人」が多くいる。

面白いことに、独立前のアメリカに入植した隠れユダヤ人や、由緒正しいオランダから移民したスファルディ系ユダヤ人は、19世紀末や20世紀初頭に移民してきた東欧系ユダヤ人(アシュケナージ系ユダヤ人)を差別した。

同じユダヤ人同士で差別してる。

作者のアイン・ランドもロシア出身のアシュケナージ系ユダヤ人で、差別の対象となった。

この小説は、そうとは書かれていないけれども、白人の中の差別構造への抵抗の物語でもある。

大変だよな、アメリカって。

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