第2部(45) ストッダード対ローク訴訟公判第1回

ホップトン・ストッダード対ハワード・ローク訴訟の公判は、1931年2月に始まった。

公判室には傍聴人がつめかけていた。傍聴人たちは、その全体的な光景が、冬のことゆえ、茶色やトーンを落とした色あいの筋目となって見える。まるで、フルーツケーキのようだ。そこにいるほとんど誰もが、そこにいる他の誰をも知っていた。

スティーヴン・マロリーと、オースティン・ヘラーと、ロジャー・エンライトにケント・ランスィングと、マイク・ドニガンが、一角にいっしょに座っている。彼らは他の傍聴人のようにキョロキョロと周囲を見回したりなどしない。マイクは、スティーヴン・マロリーのことが心配だ。だから、マロリーの隣の席に着くことを頑固に主張して、マロリーのそばにぴたりと身を寄せている。特に、マロリーを傷つけるような会話が耳に入ったときなど、マイクは心配げにマロリーに視線を当てる。マロリーもそれに気がついて、言う。

「マイク、心配しないでよ。俺、叫んだりしないからさ。誰も撃ったりしないからさ」

「スティーヴ、ちゃんと、自分の胃を見張っていろよ。胃を見張っているんだ。胃がおかしくなっても当然なのに、気分が悪くもなれないからなあ」

「マイク、俺たちがずっと真夜中いっしょにいて、夜が明けてしまった晩のこと覚えているか?ドミニクの自動車がガス欠だったし、バスももうないから、俺たち歩いて帰ろうと決めたときのことだよ。で、俺たちの中で一番早く誰が自宅に着いたのだったかな。その頃には、もう太陽が屋根の上まで昇っていたよな?」

「そうだったな。そういうこともあったな。お前は、あのときのこと思っているのか。俺は花崗岩の採石場のこと考えていた」

「花崗岩の採石場って?」

「それは、ずっと前に俺の気分を悪くさせたことだったんだ。しかし、こうなってみると、何の違いもなかったというわけか。せっかくここまで来たのに、長い時間がかかったのに、またこれか」

公判室の窓の外に見える空は白く、霜のかかったガラスのように平坦な感じがした。公判室の中の明るさの源は、戸外のビルの屋根という屋根や桟(さん)に積もっている雪の放射であるように見えた。

裁判官が、止まり木に止まる鳥のような具合に、背の高い椅子に背を丸めて座る。裁判官は小さな顔をしている。美徳のエッセンスになるまで小さく萎(しぼ)んだ顔だ。裁判官は、指先をぴたりと合わせ、胸の前で両手を立てている。ホップトン・ストッダードは出席していない。弁護士が彼の代理人である。弁護士は美男の紳士である。どこやらの大使のごとく重厚で長身である。

ロークは被告席にひとり座っている。傍聴人たちはロークを凝視するが、目当てのものが見出せないので満たされず、怒りさえ感じている。なんとなれば、ロークは打ちのめされているように全く見えないからだった。かといって、ロークは、挑戦的に傲(ごう)然(ぜん)としているわけでもなかった。ただ、われ関せずといった静かな態度で座っていた。

ロークは、公の場で、公にさらされている人物のようではなかった。自室でひとりすごしながら、ラジオなど聞いている人間みたいなのだ。ノートも取っていない。ロークの前にある机には紙など一枚も置かれていない。ただ大きな茶封筒があるだけだ。

傍聴人たちは、何でも赦(ゆる)してやる心づもりでいる。このとてつもない集団的冷笑の波動が押し寄せている中で正常でいられる人間以外なら誰でも赦す気でいる。なかには、ロークを哀れんでやるつもりでやって来た人々もいた。しかし、最初の数分もしないうちに、この類の傍聴人たちもロークを憎んでいた。

原告の弁護士は、簡単な冒頭陳述として訴訟内容について述べた。ホップトン・ストッダードが、「殿堂」の設計と建設にあたって完全な裁量権をロークに与えたのは事実だと、原告の弁護士は認めた。

しかし、問題は、ストッダード氏はいわゆる「殿堂」とか「寺院」とかいうものを指定し期待していた、ということだった。問題になっている建造物は、あらゆる既存の水準に照らし合わせても、「寺院」という類のものとは見なされないのだった。原告側は、この点について証明するのに、建築の分野の最高の権威の人々の意見を証言として得ることができると、裁判官に申し出た。

ロークは、陪審員たちに冒頭陳述をする権利を放棄した。

エルスワース・トィーイーが、原告側から召喚(しょうかん)された最初の証人だった。 ストッダードの弁護士は、証人になるにふさわしいトィーイーの業績に関する一連の質問をした。その業績には、大いに売れた『石の垂訓』も含まれていた。それから、弁護士は、トィーイーが書いたコラム「聖所侵犯」を大きな声で読み上げた。これはあなたが確かに書いたのかとトィーイーに質問した。トィーイーは、そうだと答えた。

次は、ロークが設計した「殿堂」の建築学的功績に関する一連の質問が、やたらに学術的な専門用語でなされた。トィーイーは、そんな功績など、あの建物には皆無だと断言した。

そのあと、トィーイーは、歴史的な観点からロークの建物を評した。まずは、楽々と気軽な調子で建築の歴史に関する講釈を始めた。知られている限りのあらゆる文明と、その文明に付属する傑出した宗教的記念碑的建築物に関して、インカ帝国からフェニキア人、イースター島の人々にいたるまで説明した。その講釈の中で、トィーイーは、できる限りいつでも、宗教的建造物の建設が始まった年、および完成した年、それから建設に従事した労働者の数、現代のアメリカのドルに換算したら総工費がいくらなのかにも言及した。傍聴人たちは、その話に酔いしれ聞き入った。

トィーイーが言うには、ホップトン・ストッダード人間精神の殿堂と呼ばれる建築物は、歴史上のあらゆる前例や教訓と矛盾している。彼は、講釈の結びとして、こう言った。

「神殿とか寺院というものの基本的なふたつの要素というのは、畏敬の感覚と、人間の卑小さを恥ずかしく思う謙譲(けんじょう)の感覚であります。このことを、私はみなさんにご理解いただきたい。我々は、宗教的大建築物の巨大なる比率、空へ飛翔しようとする線、怪物のような神々の恐ろしい異形さ・・・後世になりますと、こういった神々はガーゴイルのようなものに表現されましたが・・・こういったものの全てが、人間の本質的な無意味さを人間に印象づけようとしています。まったき壮麗さによって人間を押しつぶそうとしています。それらは、聖なる恐怖を人間の心に吹き込みます。その聖なる恐怖によって、人間は従順という美徳に導かれるのであります。なのに、ホップトン・ストッダード人間精神の殿堂と呼ばれるあの建物は、我々の過去全体を鉄面皮(てつめんぴ)にも否定しています。歴史の面(おもて)に、傲慢(ごうまん)なる「ノー!」を投げつけひっぱたく行為そのものです。このストッダード殿堂訴訟が、なぜこうも公的な関心を引き起こしたのかという理由に関して、私なりに推量いたしますと、我々は本能的に、このように認識したのだと考えられます。つまり、この訴訟には、法的な様相を超えた道徳的問題が関与していると。ストッダード殿堂は、人間性に対する深い憎悪を記念するものでしかありません。あれは、全人類の、街を歩いているあらゆる人々の、この公判室にいらっしゃる人々の、最も聖なるものに突き動かされ憧れる心を公然と無視するひとりの人間の自我でしかありません!」

今のトィーイーは裁判の証人ではなかった。集会で演説をしているエルスワース・トゥーイーそのものだった。だから、聴衆の反応が絶大なる拍手になるのも必然的だった。あまりにも盛大な拍手だったので、裁判官が小槌(こづち)をたたき、静粛にしないと傍聴人たち全てを退室させると言わねばならなかったほどだった。

まもなく公判室に秩序が戻ったが、傍聴人たちの顔には興奮が残っている。彼らや彼女らの顔には、淫らなほどの自己正当化の陶酔が浮かんでいる。傷ついた側として選ばれ、この訴訟の公判の場に連れてこられていることは、心地よいことである。しかし、これらの傍聴人の4分の3は、ストッダード殿堂を見たこともなかったのであるが。

「ありがとうございます、トィーイーさん」

原告側弁護士が言う。わずかながら会釈までしている。それから、弁護士はロークの方に向き、きわめて微妙な丁寧さで促(うなが)す。

「被告、証人尋問(じんもん)をどうぞ」

しかし、ロークは、「質問はありません」と答えるだけだ。

エルスワース・トゥーイーは眉の片方を挙げ、いかにも残念そうに証言席から去る。次の証人として、弁護士はピーター・キーティングを呼ぶ。

ピーター・キーティングの顔は、いかにも前の晩にぐっすり眠ったといわんばかりに魅力的で瑞々(みずみず)しく見える。彼は、不必要に肩や腕を揺らしながら、大学生みたいに元気よく証言台に上がる。宣誓をして、陽気に最初の質問に答える。

証言席に座っているキーティングの姿勢は奇妙なものだった。彼の上半身は、のんびりとした気楽な様子で傾いている。証言席の椅子の肘掛けに片方の肘を乗せている。なのに、両脚はぎこちないくらいにまっすぐと床に置かれ、両膝はしっかり合わされ閉じられている。そして、キーティングは、絶対にロークの方を見ない。

「キーティングさん、あなたが設計なさった有名な建築物の名をいくつか挙げてくださいませんか」と、弁護士が言う。

キーティングは、人々の記憶に残っている有名な建物の名を挙げ始める。最初のいくつかのものの名前はすぐに出てきたが、後はゆっくりとしか出てこない。まるでもう口に出したくないかのように、ますますゆっくりと挙げて、最後の建物の名前は、はっきり最後まで言い切らなかった。

「キーティングさん、最も重要な建築物の名前をお忘れではありませんか?コスモ=スロトニック・ビルの設計も、なさったでしょう?」と弁護士が確かめる。

「はい」と、キーティングは小さな声で答える。

「では、キーティングさん、あなたはスタントン工科大学に、ロークさんと同時期に在学なさっておられましたね?」

「はい」

「そこでのロークさんの成績について、何かここで証言できることがありますか?」

「彼は退学になりました」

「工科大学が学生に要求する水準に達しなかったからこそ、ロークさんは退学になったのですね?」

「はい、はい、そうです」

裁判官が、ちらりとロークに視線を向けた。ロークに弁護士がついていたならば、こんな質問は不適当だと異議申し立てをするところである。しかし、ロークは何も言わない。

「その当時、ロークさんに建築という職業の方面に才能があると、あなたは思っておられましたか?」

「いいえ」

「もう少し、大きな声で話していただけませんか、キーティングさん」

「彼に才能があるとは・・・思っていませんでした」

キーティングは、弁護士の顔を見ていない。ずっと傍聴人たちに視線を向けたままでいる。時折、キーティングは、悪ふざけしている少年のように見える。地下鉄の中の歯磨きの広告の美しい少女の顔に口ひげを描いたばかりの少年に見える。それから、いっぱいの傍聴人に助けを請うかのような顔もする。まるで自分こそが、彼らの前で裁かれているかのように。

「一時期、あなたはロークさんを、あなたの事務所で雇用していましたね?」

「はい」

「で、あなたは彼を解雇せざるをえないとおわかりになったわけですね?」

「はい・・・僕の事務所では、そうせざるをえませんでした」

「無能だからですか?」

「はい」

「ロークさんが、そのあとどんな業績をこなしてきたかについて、何か私どもに話していただけませんか?」

「そうですね、あの『業績』というのは相対的な言葉でして、業績の量から言えば、僕の建築設計事務所の製図係ならば誰でも、ロークさんより多くの仕事をこなしてきましたよ。ひとつやふたつばかりの建物を設計したからといって、それを業績とは呼びません。僕の事務所では、そんなこと数ヶ月ごとにやっていることですから」

「ロークさんの設計に関して、あなたの専門的なご意見をおうかがいしたいのですが?」

「そうですねえ。未熟だと僕は考えています。目を見張るような斬新(ざんしん)さがありますし、時には非常に面白いのですが、本質的には・・・幼稚です」

「では、ロークさんを、きちんとした一人前の建築家と呼ぶことはできないのですね?」

「僕たちの業界が、ラルストン・ホルクウムさんや、ガイ・フランコンさんや、ゴードン・プレスコットさんを建築家と呼ぶときと同じ意味では、彼は建築家ではありません。違います。しかし、僕としては公平でいたいので、ロークさんには確かに潜在能力というものがあることは認めます。特に純粋に工学的問題に関しては潜在能力があるということは認めます。彼は何事かその方面からできたはずです。そのことについては、僕としては彼にも話したことがありますし、彼の手助けをしようとしたこともありますし、実際に試みたこともあります。しかし、そうしても、鉄筋コンクリートの欠片(かけら)に話しているような感じでした。彼は、いつかはこういうことになるだろうと、僕にはわかっていました。とうとう顧客が彼を告訴しなければならなかったと耳にしたときも、驚きはしましたが、意外には感じませんでした」

「ロークさんの顧客に対する態度について、何かお話していただけませんか?」

「そうですねえ、そこが肝心なところです。そこが一番の要点です。実は、彼にとっては、顧客が何を考え何を望んでいるかなど、どうでもいいのです。世界中の誰の考えも希望も、どうでもいいのですよ、彼には。自分以外の建築家がいかに気を配っているかなど、彼にはどうでもいいことなのです。彼は、他人に関心を持つことさえないし、理解さえしようとしないし・・・ほんの少しでも敬意を払うことさえしません。他人を喜ばせようとすることのどこが悪いのか僕にはわかりませんが。友人のようでいたいとか、好かれたいとか、人気者でいたいとか、そう思うことのどこが悪いのか、僕にはわかりません。そういうことの、どこがいけないんでしょうか?だからといって、誰がそれを冷笑できるんでしょうか?いつだって彼は人を嘲るのです。いつだって昼も夜も、一時の安らかさも人に与えないのです。これじゃあ、まるで中国式の水責めじゃないですか。中国人は、額に一滴一滴水を落として拷問(ごうもん)するのですよ、ご存知でしょう?」

傍聴人たちは、ピーター・キーティングが酔っ払っていることに気づき始めた。弁護士は眉をひそめている。この証言は、ちゃんと前もって練習されたものだったのだが、どうもキーティングの話は脱線しがちであった。

「そうですか・・・さてそろそろ、キーティングさん、ロークさんの建築観というものについてお話してくださる方がいいと思われますが?」

「知りたいなら、お話しましょう。彼というのはね、建築のことを話すとなると、靴を脱いで膝まずくべきだって思っているのですよ。なぜそこまでしなければならないんですかね?なぜですかね?そんなもの、他の仕事と同じく要するに単なる仕事じゃないですか。そうでしょう?建築について、なんでそれほど怯(おび)えねばなりませんか?なんで、僕らはそこまで緊張しなければなりませんか?僕らは単なる人間ですよ。生活費を稼ぎたいだけなんだ。物事が単純で安易ではいけないっていうんですか?なんで、僕らはそんな忌々しい英雄なんぞにならねばなりませんか?」

「あの、あのお、キーティングさん、いささか論点がずれているのではないかと思われるのですが。我々は・・・」

「いいえ、ずれていませんよ。僕は自分が何を話しているか、ちゃんとわかっています。あなただって、そうですよ。みなさん、そうでしょう。ここにいる誰もが、わかっていますよ。僕は、例の殿堂について話しているのです。わかりませんか?神殿や寺院を建てるのに、どうして悪鬼(あっき)みたいな人間を選ぶのでしょうかねえ?きわめて人間的な人物のみが、そういう仕事をするために選ばれるべきなのです。人を理解できる・・・人を赦すことができる人間です。物事を寛大に赦すことができる人間ですよ・・・みなさんが、教会に行くのは、そのためでしょう。赦してもらうためでしょう・・・」

「そうですね、キーティングさん・・・しかし今は、ロークさんのことについてお話していただければ・・・」

「ああ、ロークさんが何ですって?あんなの建築家でも何でもない。いいところなどないです。彼には才能など、これっぽっちもないのに、なぜこうも僕は彼にビクつかねばならない?なんで、みなさん、こうもあいつを恐れるんです?」

「キーティングさん、もしご気分がすぐれないのならば、証言を終わらせたいとお考えならば・・・」

キーティングは、目が覚めたように弁護士の顔を眺める。なんとか自制しようとする。しばらくしてから、彼は言う。抑揚のない声だ。諦めたように響く声だ。

「ええ・・・僕は気分がよくありません。あなたがお聞きになりたいことにお答えします。あなたが僕に言って欲しいことは、何でしたっけ?」

「専門的な観点から、ストッダード殿堂として知られる建築物についてご意見をうかがいたいのです」

「ああ、そうですね。ストッダード殿堂・・・ストッダード殿堂は、不適切なぐらいに明晰な設計がされていまして、それが空間的混乱を導き出してしまっています。体積の均衡がないです。左右対称の感覚が欠けています。その割合が馬鹿げています」

キーティングは、一本調子で話している。首が強張(こわば)っている。頭が、がくりと前に落ちないように努力している。

「釣り合いがないんですよ。構成というものの初歩的な原則に矛盾しているんです。だから、全体的な効果が、その・・・」

「キーティングさん、もっと大きな声でお願いいたします」

「全体的な効果が粗野です。建築学的な文盲(もんもう)ぶりをさらけ出しています。つまり・・・つまり、構造という感覚がないのです。美への直感もないですね。創造的な想像力もないし・・・芸術的統合がないです。一貫性がないです・・・」

「ありがとうございます、キーティングさん。原告側からの証人尋問を、これで終わります」

弁護士は、ロークの方を向いて、いささかびくびくしながら「証人に質問は?」と問う。

「質問はありません」と、ロークは答える。

公判の第一目は、この調子で終わった。

(第2部45 超訳おわり)

 

(訳者コメント)

原告側の弁護士が召喚した証人であるトゥーイーやキーティングが何を言っても、何を証言しても、抵抗しないローク。

こういう価値観の違いについては、裁判でやりあうこと自体が間違っている。

事実かそうでないかについては検証できるが、価値観については真偽を検証できない。

共産主義が資本主義を告訴するようなものである。

そんな裁判は何百年かかっても判決は出ない。

ほんとうは、こういうことを裁判で争えないはずだ。

ロークは横領したわけでもないし、契約不履行があったわけでも、怠慢があったわけでも、業務上過失があったわけでもない。

ロークは好きに設計しろと言われて、そうしただけだ。

ロークの設計した殿堂が依頼主のイメージにあってなかっただけであるが、そもそも好きに設計していいと言ったのは依頼主だ。

完成した殿堂が宗教施設にふさわしいか、ふさわしくないかの論争は、異なる価値観の間の争いなので、およそ裁判案件にはそぐわない。

事実の検証については戦える。価値観や美意識については戦えない。

こんな裁判は、非常に怜悧で優秀な弁護士をつければロークに勝機があったはずだ。この裁判そのものの意味を問うという形で。

しかし、あまりにアホらしくて、ロークとしては抵抗する気にもなれなかったと言うべきか。

ちゃんと設計図を全部依頼主に見せて、許可の署名をしてもらわなかった自分が迂闊であり無用心であったとロークは考えたのかもしれない。

 

 

 

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