第2部(32) ロークの快進撃

エンライト・ハウスは1929年に完成した。ロジャー・エンライトは公開式を開催しなかった。特に報道関係者を完全に無視した。しかし、ロジャー・エンライトはこの建物に大いに満足していたので、その完成を自分なりに記念し祝いたかった。だから、好みの数人だけを招待した。大きなガラスの扉の鍵をはずし、太陽光に満ちた大気をこの建物にいっぱい通した。

完成したエンライト・ハウスを見上げながら、ロジャー・エンライトは通りの真ん中に立つ。それから建物のロビーを通り、わけもなく立ち止まり、再びもと来たロビーをゆっくり歩く。その間、何も言わない。なのに怒りで叫ばんばかりのように激しく眉をしかめる。こういう顔をするときのロジャー・エンライトは実は嬉しくて嬉しくてたまらない。

エンライト・ハウスは、イースト・リヴァー沿岸に立ち、両手を高く掲げて喜んでいるような形をしている。この建物は、岩の結晶が実に見事に階段状に盛り上がったような形をしているので、じっと動かず固定されているように見えない。上空に向かって、絶え間なく流れるように動いているように見える。

しかし、すぐにまもなく、そう見えるのは、建物を見る側の視線の動きによる錯覚であるとわかる。この錯覚は、見る側の視線が特定のリズムにのって移動せざるを得なくなるような構造がこの建物にあるから生じる。薄い灰色の石灰岩の壁は、青空を背景にして銀色に見える。金属のような清潔な光沢を放っている。この金属のような石灰岩の壁は、すべての工作機械の中でも最も正確に鋭く切ることができるものによって曲げられた。つまり一途に目的を果たそうとする人間の強力な意志によって曲げられた。だから、この石灰岩の壁は、生身の体を持つ温かい金属なのだ。

そのために、エンライト・ハウスは、奇妙にも、それ自身が人間であるかのように生き生きとしている。この建物を見る者は、心の中で、ぼんやりとながら、あることを感じざるをえない。「・・・彼みたいだ。彼に似ている・・・」と感じざるをえない。

『バナー』から派遣された若いカメラマンは、完成した建物の前の道路をはさんで、設計者のハワードロークが、イースリ・リヴァーと道路の間に建てられている壁のそばに、ひとりで立っているのを見た。

ロークは、その壁にもたれ、両手を後ろにまわし、帽子もかぶらず、エンライト・ハウスを見上げていた。それは、偶然の無意識の瞬間だった。その若いカメラマンは、ロークの顔をちらりと見て何かを感じた。ロークの顔にはあるものが浮かんでいた。

その後、長い間、あれは何だったのかとカメラマンは不思議に思った。夢の中で人が感じるような扇情的な思いには、目覚めているときの現実より、なぜ、はるかに切羽つまったような緊張感があるのだろうと、このカメラマンは常日頃よく思っていた。なぜ、夢の中の恐怖は、ああも体全体を襲うような戦慄なのか。また夢の中の歓喜は、なぜ、ああも完璧なのか。目が覚めてしまえば、もう決して思い返すことのできない、あの過剰な質は何なのか。たとえば期待に胸をふくらませながら、わけもなく、全身全霊で喜びにひたりながら、木々の葉のもつれた森の小道を歩く夢をみたとする。目が覚めると、もうあの過剰に充実した幸福感を説明できない。

その若いカメラマンは思った。完成した建物を見上げていたロークの顔の中に自分が見たのは、夢の中でしかありえない過剰な質のものだったのではないか?現実の目覚めている人間の中に、夢の中でしかありえない物を見てしまったのではないか?覚醒の中にある夢を、自分は初めて目撃してしまったのではないか?

そのカメラマンは若かったし、まだ新米だったので、自分の仕事が何たるかわかっていなかった。だから、思わず、その瞬間のロークの写真を撮ってしまった。

後日、『バナー』の文芸欄担当編集者は、その写真を見て吠え立てた。

「なんだ、これえええ?」

「ハワード・ロークですが」と、若いカメラマンは答えた。

「ハワード・ローク?誰だ、そいつは?」

「建築家です」

「どこのどいつが、建築家の写真なんか見たいんだ?」

「あのう、僕はそのただ・・・」

「だいたいだなあ、馬鹿じゃないか?そいつがどうしたっていうんだ?」

その写真は、すみやかに資料室にお蔵入りとなった。

エンライト・ハウスは、すぐに借り手がついた。このアパートメントに入居した人々は、健全に快適な状態で住みたいだけで、あとのいっさいは気にかけない種類の人々だった。建物の価値がどうだこうだと議論するようなことはしなかった。彼らは、ただその建物に住むのが気に入った。エンライト・ハウスの入居者は、人前では無駄口をたたかず、私生活では有益で活発な暮らしを送るタイプの人々だった。

一方、エンライト・ハウスについて、せいぜい3週間ほどの間とはいえ、やいのやいのと話したがる人々もいた。この人々は、エンライト・ハウスが途方もないだの、見せびらかしだの、ニセモノだとか評した。

「ねえ、あんな所に住んでいたら、モアランドの奥様をご招待できないわよ。想像してみてよ。あの方のお宅は、ほんとにご趣味がいいのですもの」

次のように言う人々も少数ながらいた。

「そりゃあ、私はモダンな建築が好きですよ。近頃では、あんな具合に非常に面白い建物もありますからねえ。かなり注目を浴びているようなドイツの現代建築学派もいますからねえ。しかし、あのエンライト・ハウスというのは、そういうのとは全く違います。ありゃあ、奇形ですよ」と。

エルスワース・トゥーイーは、自分のコラムで、このエンライト・ハウスのことには、いっさい触れなかった。『バナー』の読者が、彼宛に次のように投書してきた。

「親愛なるトゥーイー先生へ。私には室内装飾家の友人がおります。その友人は、あのエンライト・ハウスについて、あれこれ批判します。あの建物に関しては、私には判断がつきません。先生のコラムでご意見をおうかがいしたいと思うのですが、いかがでしょうか?」

エルスワース・トゥーイーは、私信として、その読者にこう書いて返答した。「親愛なる友へ。今日の世の中には、実に多くの重要な建築物がありますし、大きな出来事も絶えず起きます。私は、瑣末なことのために自分のコラムを奉じるわけにはいかないのです」

しかし、それでも人々はロークに関心を持ち、彼のもとに来た。ロークが望むような少数の意志的な人々が来た。

その年の冬、ロークはノリス邸の小さなカントリー・ハウスの設計料を得た。5月になってから、もうひとつの契約書に署名した。ロークにとっては、初めてのオフィス・ビルだ。マンハッタンの真ん中に立つ50階建ての超高層ビルである。そのビルの所有者は、アンソニー・コードというのだが、どことも知れぬところからやって来て、ウォール街で一財産作り上げた人物であった。それも、たった数年の間に鮮やかにも乱暴な手口で、やり遂げてみせたのである。この人物が自分のビルを欲しくなり、ロークのところに来たわけである。

ロークの建築設計事務所は、部屋が4つに増えた。ロークの部下たちは、ロークを愛している。部下たちは、自分たちの気持ちが何であるか理解していない。あの冷静で近寄りがたい非人間的な上司に対して自分たちの抱く感情が、愛という言葉で表現するのが妥当だと知ったら、この部下たちは仰天したろう。冷静で近寄りがたく非人間的という言葉が、部下たちがロークを描写するときに使用する言葉だ。また、これらは、自分たちがロークの事務所での日々の仕事の基準や概念の必要上、使用するように訓練された言葉でもあった。

ただ、ロークとともに仕事をしていると、部下たちにもわかってくる。ロークという人物には、「冷静で近寄りがたく非人間的」という表現が、実際にはあてはまらないということが。しかし、ロークという人物について、また自分たちがこの上司に抱く感情について、部下たちは、どうにも説明できない。

この上司は、自分の部下に微笑んだりしない。部下を酒飲みに連れ出したりしない。家族のことを聞きだしたりしない。恋人はいるか?だの、教会には行くか?だの、いちいち詮索しない。

この上司は、部下というひとりの人間の本質だけに反応する。その人間の創造的な能力だけに反応する。ロークの設計事務所では有能であらねばならない。有能さに替わるものなど、この事務所では必要ない。情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)的考慮などされない。

しかし、ここではよく働きさえすればいい。上司の好意を獲得するために、何か他の余分なことをする必要は全くない。きちんと働きさえすれば、上司からの好意は得て当然のものである。それは上司からの気まぐれな贈り物ではなく、部下が上司に与える恩義なのである。また、それは、上司からたまたま向けられる愛情ではなく、部下に対する上司の理解と認知なのである。そのために、ロークの事務所の内部では、自尊心という大きな感情が育まれていった。

ロークのところで働いている製図係のひとりが、自宅で職場の人間関係のことを説明しようとしたら、誰かがこう言った。「へえ、そりゃあ、人間的とはいえないねえ。えらく冷たくて理屈っぽい接し方だねえ!」と。

いつか、ひとりの新入りが、ピーター・キーティングをもっと若くしたようなタイプだと思えばいいのだが、この若者が、このロークの事務所に、知的なる雰囲気よりも、人間的なるものをもたらそうといろいろ試みたことがあった。この若者は、2週間と続かず辞めた。時には、ロークも部下の人選を間違える。めったにないことではあるのだが。

しかし、一ヶ月間、ロークの事務所でやっていけるのならば、その人間は生涯ロークの友人になれる。しかし、この事務所の人間たちは、自分たちとロークのことを友だちなどと呼びはしない。わざわざ外部の人間に対して、ロークのことを、あれこれ評したりしない。ロークへの忠誠心からそうするのではない。彼らの中の最良の部分が、そうさせていたのだ。ロークの部下たちは、確かにロークを愛している。

(第2部32 超訳おわり)

(訳者コメント)

やっと物語が我らがハワード・ロークに戻って来た。

嬉しい。

ロークは、ほんとうに正直なので、自分が設計したエンライト・ハウスの完成に歓喜している。

しかし、このエンライト・ハウスのイメージが浮かばない。

どんな集合住宅なんだろう?

それはさておいて、このセクションの白眉は、ロークと部下たちの関係だ。

部下たちは、ロークの下で働くうちに、彼らの中の最良の部分が目覚めて行く。

自尊心が育まれて行く。

ロークの事務所で働くことはハードではあるが、誠実に有能に仕事さえすればいい。

その明快で清々しいシンプルさが、若い部下たちの心を浄化するのだ。

ロークは何を言うわけでもないのだが、ロークという存在のありようが周囲を感化して行く。

このセクションも訳していて嬉しかった。

「この上司は、部下というひとりの人間の本質だけに反応する。その人間の創造的な能力だけに反応する。ロークの設計事務所では有能であらねばならない。有能さに替わるものなど、この事務所では必要ない。情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)的考慮などされない」

「しかし、ここではよく働きさえすればいい。上司の好意を獲得するために、何か他の余分なことをする必要は全くない。きちんと働きさえすれば、上司からの好意は得て当然のものである。それは上司からの気まぐれな贈り物ではなく、部下が上司に与える恩義なのである。また、それは、上司からたまたま向けられる愛情ではなく、部下に対する上司の理解と認知なのである。そのために、ロークの事務所の内部では、自尊心という大きな感情が育まれていった」

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