第2部(31) エルスワース・トゥーイーの密かなる野心

何年かが経過した。小さな綺麗なコインが巨大なスロット・マシンに一枚ずつ忍耐強く落ちていくような、そんな忙しい一日の蓄積である日々が過ぎた。コインが確実に蓄積されていくにつれて、次第に、エルスワース・トゥーイーが手がける様々な活動のなかのひとつが、他の活動を圧倒して頭角をあらわしてきた。

エルスワース・トゥーイーは、『新しき声』とか、『新しき道』とか『新水平線』などの三つの雑誌に建築について寄稿した。しかし、これらの雑誌は、数年は騒々しく世評の関心を引いたが、次から次へと廃刊になってしまった。

エルスワース・トゥーイーが四番目に寄稿することになった『新たなる辺境』という雑誌だけが今でも発行され続けている。彼は、寄稿していた雑誌の廃刊という難破の連続から救出された唯一の生き残りであった。

トゥーイーが得意とする建築批評というのは、それまで顧みられない領域であった。ほとんどの批評家は、わざわざ建物に関して書かなかった。もちろん読者もいなかった。だから、トゥーイーは、この未開拓の領域において名声を獲得した。非公式ながら市場独占を果たした。建築に関連する何かの文が必要になると、『新たなる辺境』よりも高級な雑誌が、トゥーイーに執筆を依頼し始めた。

1921年に、トゥーイーの私的生活に小さな変化が起きた。彼の姪のキャサリン・ハルスィーと同居するようになった。キャサリンは姉のヘレンの娘だ。

トゥーイーの父親は、とっくの昔に亡くなっていた。アデライン伯母は、どこか小さな町で恵まれない貧しい暮らしをして消息は途絶えていた。だから、キャサリンの両親の死後は、彼女の面倒を見る人間は誰もいなかった。

最初のうちは、トゥーイーは、この姪を自分の住居に住まわせる気はなかった。しかし気が変わった。この姪がニューヨークに到着した汽車から降り立ったとき、その小作りの地味な顔立ちがその瞬間、美しく見えた。まるで彼女の前に未来が大きく開かれ、その未来の輝きが彼女の額にはすでに刻印されているかのように。その未来に出会うことを強く夢見て誇りに思い、すでにその用意はできていると言わんばかりに。

キャサリンにとって、その時というのは、人生にはめったにない稀なる瞬間だった。どんなつまらないささやかな人間でも、自分が宇宙の中心にいると感じることができる時がある。世界は自分という中心を持つことによって、一層に素晴らしい場所になると確信できる時が。そんな瞬間の中にキャサリンはいた。その瞬間は美しく輝いていた。

エルスワース・トゥーイーはその時を、その瞬間を目撃した。だから、このキャサリンという娘を自分と同居させようと心に決めた。それは、決して善意ではなかった。キャサリンの世界への信頼を破滅させたいという復讐心に似た奇妙な悪意が、トゥーイーにそうさせた。トゥーイーは、そのような瞬間に生きる歓喜を味わったことがなかったので。

1925年、エルスワース・トゥーイーの著書『石の垂訓』が出版された。名声が到来した。

エルスワース・トゥーイーは、ひとつの流行になった。パーティを主宰したがる知的な女たちは、競ってトゥーイーを招待した。

『石の垂訓』のもっとも重要な成果は、ゲイル・ワイナンドのニューヨークの主要新聞『バナー』に毎日掲載されるコラムをトゥーイーが執筆するという契約が成立したことだった。

『バナー』との契約は、トゥーイー支持派にせよ反対派にせよ、その両方の人々にとって驚くべきことだった。最初、それは誰をも怒らせた。なぜならば、トゥーイーは、いつもワイナンドのことをコラムの話題にしていたが、決して尊敬しているようには書いていなかったからだ。だから、それまで、ワイナンド系新聞は、活字となって公の目にさらされてもいい範囲ではあるが、ありとあらゆる悪口雑言をトゥーイーに浴びせていた。

とはいえ、ワイナンド系新聞には確固とした方針というものなどない。最大多数の最大偏見を反映するということ以外には。そして、この唯一の方針がとる方向は融通(ゆうずう)無碍(むげ)であった。しかし、はっきりと認識できる方向はあった。つまり、一貫性のないこと、無責任なこと、陳腐なこと、感傷的なことに向かう方向である。

ワイナンド系新聞は、特権というものに抵抗するし、ふつうのありふれた人々の代表であった。一般通念として、尊敬できないような手段はとることはなかったし、誰をも驚愕(きょうがく)させるようなことはしなかった。ワイナンド系新聞が望めば、独占企業を暴露することもできた。ストライキを支援することもあった。支援しないこともあった。ワイナンド系新聞はウォール街を告発し、社会主義を非難し、清らかなる映画を求めて大声で騒ぎ立てた。すべて同じ調子の活力で騒ぎたてた。

ワイナンド系新聞は、あくどく露骨でけばけばしい。しかし、本質的には、生気がなく穏健だ。真摯さなど皆無の空騒ぎが、ワイナンド系列の新聞なのだ。

だから、エルスワース・トゥーイーは、ワイナンド系列の新聞にぴったりだった。ワイナンド系新聞の代表である『バナー』の最初のページの裏にあまりに適合した、あまりにぴったりの現象が、エルスワース・トゥーイーであった。

たまたまエルスワース・トゥーイーの建築の本が良く売れた。大衆は、突如として建築に関心を持ち出した。『バナー』紙には建築にかんする権威というのがいなかった。からエルスワース・トゥーイーが選ばれだ。単純なことだった。

とにもかくにも、こうして、エルスワース・トゥーイーの名コラム「小さき声」が、生まれた。彼は、自分のコラム「小さき声」を建築に捧げた。一月に一度だけは。しかし、あとの日のコラムは、ワイナンド系新聞の全読者である何百万人もの人々に向けて自分の好きなことを語った。エルスワース・トゥーイーの声でコラムを満たした。

エルスワース・トゥーイーは、好きなことを書くことを許可される契約を、ワイナンド系新聞社ととりかわした唯一の初の社員だった。トゥーイーは、契約するにあたって、そのことだけは強く主張した。このことを、人々はトゥーイーの大勝利と考えた。

ただし、エルスワース・トゥーイーだけは、そう考えていなかった。社主のゲイル・ワイナンドはトゥーイーの筆を抑制する必要など全く感じていないほどに、トゥーイーのことを問題にしていないし関心もない。トゥーイーは、ちゃんとその事実をわかっていた。

トゥーイーのコラム「小さき声」は、危険な革命的なことなど何も言わない。政治的なこともほとんど言及しない。大多数の人々が同意するような、毒にも薬にもならないような類の感傷的なことを、もっぱら説教する。

たとえば、私利私欲のなさとか、同胞愛とか、平等とか。「正しくあるよりは、優しくありたい」とか、「慈悲は正義より優れ、浅はかな心のほうが、にもかかわらず、そうではない心より優れている」とか、「心臓とは我々のもっとも価値ある内臓器官である。頭脳とはひとつの迷信である」とか。

また、次のようにもトゥーイーのコラムは語る。「精神的な事柄においては、簡単で絶対確実な試金石がある。自我から生じるものは、すべて邪悪である。他者への愛から生まれるものは、すべて良きものである」とか、「奉仕だけが、高貴さの唯一の印である」とか、「最悪の俗謡でさえ最高の交響楽より優れている」とか、「同胞より勇敢な男は、自らの勇敢さを暗黙に見せつけることで、同胞を侮蔑することになる。互いに分かち合えないような美徳に憧れないようにしょう」とか。

さらに、こうもトゥーイーのコラムは語る。「火のついたマッチを押しつけられたとしたら、天才か、英雄か、誰が、彼らのぱっとしない平均的同胞より、苦痛を少なく感じるか確かめなければならない」とか、「天才とは次元の誇張である。天才とは好ましくない肥大である。両方とも単なる災難なのかもしれない」とか、「一皮むけば、我々はみな同じである。それを証明するために、お望みならば、私はすすんで人間性の皮を剥いてみせることでありましょう」とか。

かくのごとき、『バナー』の読者たる凡庸なる人々の神経にはいっさい触らない類のことばかりを、トゥーイーのコラムは書き散らす。

『バナー』社内では、エルスワース・トゥーイーは一目置いて処遇され、放任された。社主のゲイル・ワイナンドは彼のことを好んでいないと密かに噂されていた。なぜならば、ワイナンドはいつも彼に丁寧な態度をとっていたからだ。トゥーイーをほんとうの話し相手にする気など、ワイナンドはなさそうであった。

編集主幹で、社主の右腕と目されているアルヴァ・スカーレットは、トゥーイーに対して親愛の情をいつも示してはいた。同時に、油断怠りなくある程度の距離はとっていた。トゥーイーとスカーレットのあいだには、暗黙の警戒心に満ちた均衡が保たれていた。このふたりは、互いがどんな人間であるかよくわかっていたから。

トゥーイーは、どんな形にせよ社主のワイナンドに接近しようとはしない。ただ、従業員には大いに関心があるようである。彼は、ワイナンド従業員クラブを結成した。労働組合ではなく単なるクラブである。『バナー』社の図書室で、一月に一度会合が持たれた。この会合は、賃金とか労働時間や労働条件について話し合うことはない。この会合は、具体的な計画など持たない。ただ、人々は、そこで知り合い、おしゃべりし、人の話に耳を傾けるだけだ。

だいたいは、エルスワース・トゥーイーが話をする。新しい未来について、大衆の声としての出版や報道について、彼は語る。

一度、ゲイル・ワイナンドが、思いがけなく会合の半ばごろに顔を出したことがあった。トゥーイーは微笑み、社主でも入会資格はあるのですよと言い、ワイナンドをクラブ参加に誘った。ワイナンドは入会しなかった。あくびをしながら話を聞いていたが、30分もしたら席を立ち、会合に戻ってくることはなかった。

アルヴァ・スカーレットは、トゥーイーが自分の分(ぶ)をわきまえて、社の方針という重要なことに関わらないようにしていることの返礼として、スカーレットは、トゥーイーが新しい従業員を推薦することを放置している。そのポストが大して要職でも何でもないときは、特にそうする。

たとえ単なる原稿運び係の少年を雇うだけであるのに、トゥーイーは大いに人選にこだわる。だから自然に、トゥーイーが選んだ人間が採用される。彼の人選による従業員は、共通して、みな若くてがむしゃらで、有能で目端(めはし)が利(き)いて、気の抜けた力の入らない握手をする。他にも共通点がいろいろあったが、それはそうあからさまにわかるという質のものではなかった。

トゥーイーが定期的に出席する月ごとの会合の数はかなり多い。例のキーティングの「アメリカ建設者会議」に「アメリカ作家会議」に「アメリカ芸術家会議」などの会合である。これらの会すべてを組織したのがトゥーイーだった。

あの奇行の女性作家ロイス・クックが、「アメリカ作家会議」の会長である。その会合は、バウアリー街の彼女の邸宅の客間で開かれる。彼女だけが名を知られた作家である。あとの会員の中には、著書の中で決して大文字を使わない女性がいる。コンマを使用しない男性もいる。1千ページもの小説中、一度もアルファベットの「O」の字を使わない若者もいる。韻も踏まなければ韻律もない詩を書いている詩人もいる。原稿の10ページごとに到底印刷できないような猥褻な四文字言葉を使うことによって、自分の粋な前衛性を証明している男性もいる。ロイス・クックを真似している女性も混じっているが、彼女の文体はクックほどクック的ではない。単に「天才アイク」として知られる、やたら気性の激しい若者もいる。彼がそれまでに何をしてきたのか誰も知らない。

この「アメリカ作家会議」は、ある宣言書に署名していた。「作家はプロレタリアートの下僕だ」と声明する宣言書である。この宣言書は、全米のあらゆる新聞に送られたが、雑誌の『新しき辺境』だけが32ページかけて掲載した。その他の新聞からは黙殺された。

「アメリカ芸術家会議」の議長は、死体のように青ざめた若者である。自分が悪夢に見たものを描く画家だ。会員には、キャンバスはいっさい使わずに鳥籠やメトロノームを使って何かする若者がいる。新しい絵画の技法を発見した者もいる。この人物は、一枚の紙を黒く塗り、そこにゴム製消しゴムで絵を描く。絵は無意識に描くのだと言明する中年女性の会員もいた。彼女は自分の手を全く見ずに、自分の手がやっていることが何であるのか皆目わからないと言い張る。この女性が言うには、彼女の手はこの地上ではめぐり合うことのない遠い異世界の恋人の精霊に導かれているそうだ。

誰も、これらの組織のことなど本気で取り上げなかった。人々は、噂はしたが、その話題がおしゃべりのいいネタになるからそうしただけのことだ。あんなのは、とてつもなく大きな冗談でしかないよ、まあ害も無いことだし、と言い捨てるのだった。

それでも数人の友人が、トゥーイーに言った。

「君のやっていることには一貫性がなくて罪作りふだ。君は、いつも個人主義には非常に深く反対しているのに、なんで作家だの芸術家だの身の回りに集めているのか?彼らは、どいつもこいつも過激な個人主義者ではないか?」

友人の抗議に対して、トゥーイーは笑みを浮かべながら言うだけだった。

「ほんとにそう思いますか?」

さて、エルスワース・トゥーイーは、いまや44歳だ。彼は高級アパートに住んでいる。といっても、彼が望めば思いのままになるような収入の桁(けた)に比較すれば慎ましい住居である。あるひとつの点においてのみ、彼は自分自身に対して、「保守的な」という形容詞をつけるのが好きである。彼は衣服に関しては保守的な趣味の良さというものにこだわった。

トゥーイーが癇癪(かんしゃく)をおこすのを見た者は誰もいない。彼の立ち居振る舞いは、いつも同じだ。客間だろうが、労働組合の会合だろうが、講演の壇上だろうが、浴室だろうが、性交の間だろうが、変わらない。冷静沈着で、面白がっているようで、ほんの少し恩着せがましくて。

世間の人々は、エルスワース・トゥーイーのユーモアの感覚を絶賛する。彼は、自らをさえ嘲笑できる人物なのだそうだ。彼は言う。この世界で一番馬鹿馬鹿しいことを言うような調子で、そう言う。

「私は危険人物ですよ。僕に警戒するように誰かがあなたに注意しなければなりませんねえ」

この言葉が冗談ではなく、真実だと見抜くことができる人物は、ほとんどいない。自分に授けられた様々な呼び名の中でも、一番に彼が気に入っているのは、これだ。「人道主義者のエルスワース・トゥーイー」。

(第2部31 超訳おわり)

(訳者コメント)

はいーーこのセクションで、エルスワース・トゥーイーのミニ伝記が終わります。

つまらん奴のことを、これだけ延々と書ける作家というのは、すごい。

ここまで読むと、トゥーイーが何を目論んでいるかわかる。

大衆の劣化促進

「ありのままで〜〜」生きることの肯定プロパガンダ徹底

大衆の非凡なる人間への反感増長

進歩も競争もない低成長社会構築

人類牧場形成して自分と仲間で特権的にコントロールする体制確立

なんで、こんなことしたいのですかね、トゥーイーは?

この人は一種の精神異常のサイコだ。

自己完結して生きることを楽しめない。

他人をコントロールすることしか楽しくない。

それもコソコソとコントロール。

自分に依存する他人を必要とするのが支配欲であり権力欲。

自分で自分を満たせない本質的に空虚なトゥーイー。

他者の評価の中でしか生きることができないトゥーイー。

典型的優等生。

でも、こんなんばっかりなんでしょうかねえ、世の中は。

私は、「エルスワース・トゥーイーに憧れる。いいねえ、あのキャラは」と言った人間に複数会ったことがある。

全く理解できない発言だった。

さて、いよいよ、これから、トゥーイーのハワード・ローク追い落としが始まります。

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