第2部(29) 少年期のエルスワース・トゥーイー

母親が亡くなったのは、エルスワースが11歳のときだった。父親の未婚の姉であるアデライン伯母が一家と同居することになり、家政をあずかることになった。アデライン伯母は有能な女性だった。アデライン伯母の人生の密かな悲しみは、自分が決して恋のロマンスの対象にならなかったということだった。

姉のヘレンは、すぐにこの伯母のお気に入りとなった。伯母は、エルスワースについては、地獄から来た子鬼だと判断した。この伯母は聡明だった。

エルスワースの方は、アデライン伯母に対して丁寧な態度を決して崩さなかった。自分と伯母以外の他人がそこにいるときは、特に男の誰かとともにいるときは、エルスワースは伯母へのサーヴィスに勤めた。伯母のハンカチが落ちれば、飛んでいって拾った。伯母が腰掛けようとしたときは、マナーにのっとり椅子を引いた。ヴァレンタインのプレゼントも、適切な日に贈った。紙レースに、バラのつぼみに、愛をこめた詩などを贈った。「愛くるしきアデライン」という歌などを、街一番に響き渡る声を張り上げて歌ったりもした。

「エルジー、あんたは蛆虫(うじむし)だわね。人の傷口を食べる蛆虫ね」と、伯母がエルスワースに言ったことが一度ある。それに対して、「だから、僕が飢え死にすることはないんですよ」と、エルスワースは応酬した。アデライン伯母は慧眼だった。しばらくしてから、ふたりは、武装したままの中立ともいうべき状態に達した。エルスワースは、彼の好むままに育つように、放任された。

高校では、エルスワースは、地元の有名人になった。花形雄弁家となった。その後長年の間、良い演説家として見込みのある少年のことを、高校側は「トゥーイーみたいな生徒」と呼ぶことになった。エルスワースは、あらゆるスピーチ・コンテストに優勝した。コンテストのあとで、聴衆たちは、「あの美しい少年」について噂した。しかし、聴衆たちの記憶にあったのは、その少年の容姿ではなく、あの声だった。

エルスワースは、あらゆる討論会に勝った。あらゆることを彼は論証できた。「ペンは剣より強し」という論題において、彼は肯定側に立って議論し、ウィリー・ラヴェットを打ち負かした、そもあとは、今度は立場を反対にして否定側に立ち、やはり議論に勝った。

16歳になるまで、エルスワースは、自分が聖職者の仕事に関心があると感じていた。宗教については随分と考えたし、神と霊魂についても大いに話した。この主題に関する書物は徹底的に読んだ。教会の歴史についての文献は、実質的な信仰が必要とする以上に多く読破した。

「従順なる者こそ、神の意志により、この地上を継承することになろう」というテーマで、聴衆の涙を誘ったこともある。これは、最も大きい名誉ある弁論大会のひとつに参加したときのことだった。エルスワースが手にした弁論大会の勝利の中でも、この勝利は最大のものだった。

この頃になると、エルスワースにも友人ができ始めた。彼は信仰のことについて話すのが好きだったし、人の話を聴くのが好きな連中も見つけることができた。ただ、彼は、こういうことも発見していた。クラスの中でも頭が切れる奴とか、頑強な奴、有能な奴は、人の話など聴く必要を感じていないから、エルスワースなどには全く関心がないということに。

しかし、苦しんでいたり、あまり能力に恵まれていない学友は、エルスワースの元にやって来た。例のドリッピー・マンなど、犬のような忠節ぶりで、エルスワースの後にくっつき始めていた。

ビリー・ウイルソンは母親を亡くしたときに、夜になって、トゥーイー家にふらりとやって来た。彼は、玄関ポーチでエルスワースと並んで腰掛けながら、エルスワースの言うことに耳を傾けていた。ときどき夜の寒気に震えながら、何も言わず目を大きく見開き、涙は流していなかったが懇願するような眼差しで、じっとエルスワースの言うことに耳を傾けていた。

スキニー・ディックスは小児麻痺にかかったとき、ベッドに横たわりながら、窓の向こうの通りの角を、エルスワースが見舞いに来ないかと、いつもじっと見つめていたものだった。ラスティ・ヘイゼルトンが成績が悪いために落第し、何時間も泣いていたことがあったが、彼の肩には、エルスワースの冷たいしっかりとした手が置かれていた。

こういった少年たちがエルスワースを見つけたのか、それともエルスワースが彼らを見つけたのか定かではなかった。けれども、それは自然法則のようなものだった。自然が真空を許さないように、苦痛とエルスワース・トゥーイーは、互いに引き合うのだった。彼の豊かで美しい声が、苦しむ彼らに語りかけるのだった。

「苦しむってことは、いいことだよ。不平を言っちゃあいけない。耐えて、頭をたれて、受け容れるんだ。神が君たちを苦しませてくれたことに感謝するんだ。だって、だからこそ、ゲラゲラ笑って浮かれている連中より、君たちはより良くなれるのだから。悪しきことは、すべて心から生じる。なぜならば、心はあまりに多くの質問をしすぎるから。信じることこそ祝福されるんだ。理解するのではなくて信じるんだ。君たちが落第しても、それを喜ぶんだよ。小賢しい連中は、あまりに多くのことを考え、あまりに安易に考える。そんな連中より、君たちの方がずっと善良なんだ」

エルスワースの友人たちが彼にくっついている様には、心を打つものがあると、人々は噂した。彼の友人たちは、しばらく彼のそばにいると、もう彼なしではいられなくなるのだった。それは薬物中毒に似ていた。

エルスワースが15歳のとき、奇妙な質問を聖書の時間に教師にしてクラス中を驚かせたことがあった。そのとき、教師は聖書の本文について詳しく説明しているところだった。教師は、「もし、全世界を得たとしても、自らの魂を失うとしたら、何の利益があろうか」という文の解釈をしていた。そのときエルスワースが質問した。「では、ほんとうの金持ちになるためには、いっぱいの魂を集めればいいのですか?」と。教師は、どういうつもりでそんな質問をしたのかと、彼に問い返そうとした。しかし、まずは自制して、その質問の意味を問いただした。エルスワースは、それ以上、はっきり答えることはしなかった。

16歳のとき、エルスワースは宗教への関心をなくした。社会主義を発見したから。

彼の転向はアデライン伯母を仰天させた。伯母は彼に言った。

「まず第一にね、それは冒涜的で馬鹿げているわよ。あんたには全然似合ってない。あんたは、革命みたいな大騒動には向いてないわよ。ささいな騒ぎだけよ、あんたが起こせるのは。エルジー、何かがどこかで狂っているわね。社会主義は向いてない。全くあんたらしくない」

エルスワースは、それに対してこう答えただけだった。

「まず第一にね、伯母さん、僕をエルジーと呼ばないで下さい。第二にね、伯母さんは間違っています」

しかし、この転向は、エルスワースにとってはいいものだったようだ。彼は、攻撃的な狂信者にはならなかった。もっと優しく物静かで穏健になったのだ。人に対しても、もっと配慮の細かな思いやりを示すようになった。何がしかが、彼の人となりの神経質な敏感な部分を取り除き、彼に新しい自信を与えたかのようだった。

彼の周囲の人間たちは、彼のことを好きになり始めた。アデライン伯母は心配することをやめた。革命的理論に関する彼の没頭からは、実際は何も出てくることはないようだったからである。

彼は政党に入るということもなかった。本は相当に読んでいたし、それらしき会合に数度ほどは出席した。しかし、その会合でも、一、二度ぐらい意見は言ったが、頻繁に発言することはしなかった。ただ、隅に座り出席者の発言に耳をすまし、じっと観察し考えているのだった。

(第2部29 超訳おわり)

(訳者コメント)

エルスワース・トゥーイーは、伯母が言うように、「人の傷口を食べる蛆虫」だ。

人間の弱さや依存心や不安につけ込んで、いかにも優しく受け容れる善の塊のようにふるまいつつ、他人を支配する。

その性質を少年期から発揮している。

このセクションにおいて、彼は一時期「社会主義者」になったと書かれている。

この記述は、ほんとはおかしい。

彼は、1920年代終わりで、やっと40代後半だ。

ということは、トゥーイーが「社会主義者」になった高校生の時は、まだ19世紀だ。

マルクスの「資本論」が出版されたのは、第1部が1867年。第2部が1885年。第3部がやっと1894年だ。

原書はドイツ語で書かれ、第1部の英訳が出版されたのが、1887年である。

トゥーイーが17歳の時点は19世紀末だから、早熟なトゥーイーが、その英語版を10代の頃に読んだ可能性はあるだろう。

しかし、「資本論」の記述は、高校生が読んで「社会主義者」になるような、わかりやすいものではない。

精緻な経済学が「資本論」なのだから。

つまり、作家のアイン・ランド自身は、「社会主義」も「共産主義」も、よくわかっていないし、「資本論」も読んでいない。

もし、少しでも読んでいたら、こういう雑な記述はしなかったろう。

ともかく、このセクションで明らかにされているのは、トゥーイーは「いっぱいの魂を支配する」ことを、少年期にすでに志したということだ。

聖職者になるという手段以外で、「いっぱいの魂を支配する」にはどうすればいいか?

なぜ、いっぱいの魂を支配したいのか?

自分の魂がないからかなあ……

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