第2部(23) ドミニクとトゥーイーは反ローク同盟を結成する

ドミニクが住むペントハウスの居間の窓には、ブラインドがかかっていない。マンハッタンの灯りが、窓のガラスの半ばあたりに映る黒い水平線まで達している。ドミニクは机について担当の記事の最後の部分を推敲している。

そのとき玄関のベルが鳴った。ドミニクの住居に客が予告もなく来ることはない。ドミニクは鉛筆を手に持って宙に浮かせたまま、顔を上げる。いったい誰なのかと苛立つ気持ちもあるし、誰かしらと思う好奇心もある。玄関ホールに行くメイドの足音が聞こえる。それからメイドが居間に入ってきて言う。

「お嬢様、おひとりの紳士がお会いしたいとかで」

メイドの声にこめられたかすかな敵意は、その来訪者が名前を告げるのを拒否したことを示している。

オレンジ色の髪の男かしら?ドミニクは、そう尋ねたかったが、しなかった。「お通しして」

それからドアが開いた。玄関ホールの灯りを背景にして、瓶のシルエットのような長い首となで肩が見えた。豊かなクリームのように滑らかな声がこう言った。

「こんばんは、ドミニク」

客は、今まで自宅に招いたことが一度もないエルスワース・トゥーイーだった。ドミニクは微笑んで言う。

「こんばんは、エルスワース。随分とお会いしていませんでしたわね」

「私が来訪することは予想しておくべきでしたね、君は」

トゥーイーは、メイドの方を向いて、言う。

「コアントロー[訳注:オレンジ風味の無色なリキュール酒]、ありましたら、いただけませんか」

メイドは目を丸くしてドミニクを見る。ドミニクは黙ってうなずく。メイドがドアを閉めて退室する。

「ドミニク、忙しいですか?もちろんですね?」

ドミニクの小さな机をちらりと見ながら、トゥーイーは言う。

「実に似つかわしいですね、ドミニク。成果も大いに得ているし。最近、君は随分と前よりも上手に書けるようになりました」

「エルスワース、御用は何でしょうか」

トゥーイーは腰も掛けずに、目利きがゆっくりと好奇心を満たすべく骨董などを見るような態度で、ドミニクの部屋を吟味している。

「悪くないですね、ドミニク。君なら、こんな部屋にしているだろうと私が予想していた、まさにその通りです。いささか冷たくはあるが。そうね、私なら、あそこのあの氷のような青色の椅子は置かないなあ。あまりに、あからさまでしょう。あまりにピッタリし過ぎています。あの場所に、あんな椅子があればいいなあと、人が期待するような椅子じゃないですか。私なら、人参のような赤を選びますね。醜くてギラギラしていて、けしからんような派手なオレンジ色ですね。ハワード・ローク氏の髪のような色ね。あ、これは、単なる便利な比喩です。個人的な含みは何もありません。部屋を完璧にするために、不釣合いな色をほんの少し加えてみるのはいいですよ。君の花あしらいは素敵ですね。絵もいいし。悪くないですね、ほんとに」

「エルスワース、御用は何でしょうか」

「私が以前ここに来たことがないってこと、君は気がついていました?どういうわけか、君は私を招いたことがないですね。なぜかわかりませんが」

トゥーイーは、気持ち良さそうに腰を掛ける。片方の膝の上にもう片方の足首を乗せる。十分に長い、きっちりとした銃の金属のような色をした靴下が、ズボンのダブルの裾の下から見える。その靴下の上部に肌が少し見えるが、その肌の色は青白い。ほとんど体毛がない。

「君は実に非社交的だったものですがねえ。過去形ですがね。過去形。最近の君は実に社交的だ。お忙しくしておられる。実に君らしくないやり方でね。あちこち訪問して、晩餐会に出て、酒場にも行き、ティー・パーティを開催したり。でしょう?」

「ええ」

「ティー・パーティねえ。それが最高だと思いますよ。ここは、パーティを開くのに都合のいい部屋です。広いです。人を沢山入れるのに十分な広さがあります。誰を入れるか特に気にしない場合には、うってつけです。いつもの君ならば、客の選択にはうるさいはずなのにねえ。でも、今は違うわけです。客に何を出すのですか、君は?アンチョビのペーストに、ハート型に切りとられた卵ですか?」

「キャビアに、星型に切り取られた玉ねぎですわ」

「ご年配のご婦人には何をお出しするのかな?」

「クリームチーズに、細かく切った胡桃(くるみ)ですわ。螺旋状に切った胡桃」

「そのようなことに気を配る君を見たかったですねえ、私は。君が年配のご婦人を思いやるようになったのを見るのは、素晴らしいことです。特に堕落した金持ちのご婦人方をね。義理の息子が不動産会社などやっているようなご婦人方ね。そんなことは下らないことだとは私は考えません。ブロードウエイとチェンバーズの角に素敵な空き地を所有している入れ歯のコモドーレ・ヒグビーと映画を観にいくのと同じくらい下らないことだなんて、私は考えません」

そのとき、メイドが盆を持って入ってきた。トゥーイーは、盆からグラスを取り、注意しながら持ち飲む。その間にメイドは退室する。ドミニクは関心なさそうにトゥーイーに問う。

「教えてくださらない?なぜ諜報部みたいなことなさっているの?誰が諜報部員かとは質問しませんから。でも、なぜ私の行動の詳しいレポートなどが必要なのかしら?」

「誰が諜報部員か訊いてもいいですよ。誰もがそうなのだから。多くの客を招く女主人の役割を突如として始めたドミニク・フランコン嬢について、世間が噂してないとでも思っているのかな?第二のキキ・ホルクウムみたいになったドミニク・フランコン嬢についてですよ。キキよりはるかに上出来な、しかも、もっと油断のならない、もっと有能なるドミニク・フランコン嬢についてですよ。それに考えてもごらんなさい。ドミニク・フランコン嬢は、キキよりもいかに美しいことか!女なら誰でも君の喉をかき切りたくなるような、君のその類まれなる美貌を、君が何がしかのために利用する時が、やっと来ましたか。もちろん、まだまだその美貌は浪費されていますが。まだまだね。しかし、少なくとも、君の最近の変化を喜ぶ人もいるわけです。たとえば、君の父上ね。君の新しい生き方について、きっとお父上は喜んでおられますよ。可愛いドミニクが人と仲良くやっていることにね。やっとまともになったかってね。もちろん、お父上は勘違いしているわけですが、しかし、父親を嬉しがらせるのはいいことです」

「あなたは、先ほどの私の質問にお答えになってはいませんわね」

「いや、答えています。君は質問した。なぜ君の個人的な行動に私が関心を持つのかと。だって、私の陣営にいる人間の行動について私が知らないでは困りますよ。そんな状態では、誰も私が有能なる将軍とは思わないでしょう。そうでしょう?私について他に君がどう思っていようと、私のことを無能とは、よもや考えたことがないでしょう、いくら何でも、さすがの君でもね」

「エルスワース、あなたの陣営とはどういうことでしょうか?」

「ねえ、ドミニク、それが君の書くものの欠点です。話すときもそうですねえ。君は疑問符を使いすぎる。クイズみたいな物言いは、やめましょう。ただ話しましょう。我々ふたりは、物事がよくわかっているのですから、我々の間に質問されなければならない問題などないのですから」

「いいですわ。では、ただ、おしゃべりいたしましょう」

「君は、ただおしゃべりしようにも、まだその状態ではないですね。まだ今はね。しばらくの間は。ともかくも、おしゃべりいたしましょうか。人々が君を受け入れ、それは熱心に君を歓迎するのを目にすることは、いかに興味深いことかについて、おしゃべりしましょう。それはなぜだと君は思いますか?世間の連中というのは、自分では随分と他人に冷たくあたっているくせに、ずっと自分にはつれなかった誰かが、突如その態度を変え、自分とつるむようになるのは許すのです。で、その人物に、犬でもあるまいし、腹を掻いてもらうために、手足を折り曲げて仰向きになるというわけです。なぜでしょうね?その理由としては、ふたつの理由が考えられます。聞こえのいい理由としては、世間の人々は寛大だから、その人物、つまり君ですが、友情を君に授けたいと思うのだろうと考えられます。ただし、聞こえのいい理由というものが真実であったためしはありません。もうひとつの理由は、こうです。世間の連中は、彼らのことを君が必要とするようになったことで、君が君自身を貶(おとし)めていると、君は君の君臨していた頂上から降りてきたのだと、わかったわけです。まあ、あらゆる孤独は衆愚の高みにありますからね。で、連中は、君を連中の友情とやらの中に君を引きずり込めて喜んでいるわけです。しかし、もちろん、彼らはそんなこと自覚していませんよ、君以外にはね。だからこそ、君は本意ではない苦労の中に身を投じ、奮戦しているわけです。君は、高貴なる大義のためならば決してそんなことはしません。君が選んだ目的のため以外には決してそんなことはしない」

「エルスワース、あなたは御自分のコラムでは決して使わないような文をおっしゃいましたね」

「そう?そうね、確かに。自分のコラムでは絶対に使わないようなことは、いっぱい君に言えますよ、私は。どの文のことかな?」

「あらゆる孤独は衆愚の高みにある・・・」

「あれね。そう全くその通り。私なら、私のコラムでは絶対に言わないことの例として、あの文は選ばないなあ。君が、あの文を選んだことは歓迎します。お望みならば、もっといい例を言いましょうか?」

「どの文を選べばよかったのかしら?」

「そうねえ、たとえばふたつの理由ね。面白い問題でしょう。どちらが、親切といえますかね。世間の人々の持つ最上の部分を信じて、彼らが耐えられる以上の高貴さを彼らに課すことと、彼らをありのままに見て受容することと。ありのままに受容してやる方が、彼らには快適ですねえ。もちろん、親切であることの方が正義より大事なことですから」

「エルスワース、私には、どうでもいいことですわ」

「ドミニク、今の君は抽象的な考察をする気分ではないのですね?具体的な成果しかご興味がないのかな?結構。では、この3ヵ月間で、君はどれだけ、ピーター・キーティングに稼がせましたか?」

ドミニクは椅子から立ち上がる。メイドが置いていった盆まで歩き、自分でグラスにリキュールを注ぐ。それから、グラスを口に運びながら言う。

「四ヶ月間です。これこそ、かの有名なるトゥーイー流ですわね。コラムの最初や最後に決定打は打ち込まない。全く予期せぬところで激しい一撃が飛んでくる。どうでもいいような空言(くうげん)でコラムを満たしておくのは、その重要な一行の文を効果的にするためですわね」

トゥーイーは丁寧におじぎする。

「まさしくその通り。だから、私は君と話すのが好きです。こちらが陰険で悪意があることがわからない連中に対して、陰険で悪意を秘めているのは実に無駄なことですからね。しかしね、ドミニク、私の空言は、わざと空言にしているのですよ。しかし、私の流儀がそうも露骨になっているとは気がつかなかったなあ。新しい手を考えなくてはいけないなあ」

「お気になさらずに。読者は、それがお気に入りですから」

「そうね。読者は、私が書くものは何でも気に入ります。そうかあ、4ヶ月でしたか。3ヶ月までは数えていたのですが」

「エルスワース、それが、あなたのお知りになりたいことでしたか。ならば、なぜ、あなたはわざわざここにいらしたのかしら。私、あなたのお考えがわかりません。あなたは、大変ピーター・キーティングを気に入っていらっしゃる。私は、あなたよりはるかに見事に彼を助けています。もし、あなたがピーターのために、もっと頑張れとおっしゃりたいのでしたら、そんなこと必要もないことです」

「ドミニク、君はひとつの文の中で、ふたつも間違いをしました。ひとつは、単なる間違い。もうひとつは、嘘。単なる間違いというのは、私がピーター・キーティングの助けになりたいと思っているという仮定ですよ。正確に言えば、私はキーティングの助けになりたいのではありません。もっと深謀(しんぼう)遠慮(えんりょ)があるのです。嘘というのは、私がピーター・キーティングについて話すためにここに来たと君が言ったことです。しらばっくれては困ります。君はわかっているはずです。僕がこの部屋に入ってきたのを目にしたときに、僕が何を言いに来たのか君はわかっている。僕よりも不快な誰かさんならば、君の部屋に押し入るのを君は許すのかなあ。君にとって私よりも不快になりうる人物が誰かは、私にはわかりませんがね」

「あなたよりも不快な人物ですか?ピーター・キーティングですわ」

トゥーイーは鼻に皺を寄せながら、気取ったしかめっ面をしてみせる。

「まさか。彼など、そんな大物じゃない。しかし、まあピーター・キーティングの話をしましょうか。彼が、たまたま君のお父上の共同経営者であることは、実に好都合な偶然です。君は単に君のお父上のために、あちこちから設計料を獲得するべくひたすら働いているだけなのですから。親孝行な娘らしくね。これほど自然なことはありません。ここ3ヵ月の間に、君はフランコン&キーティング建築設計事務所のために驚異的な働きを見せました。数人の遺産相続人のご婦人方に微笑むだけでねえ。上流階級の会合のどこかあたりで、人をうっとりさせるような豪華なドレスを着ているだけでねえ。美的配慮以上の目的を持って君があちこちに顔を出して、ピーター・キーティングのための設計料と交換に、その並び立つ者のいない見事な肉体を売りまくれば、どれだけのことが達成できることか。君、考えてみたらいかがです?」

トゥーイーは、ここまで言って話を止める。ドミニクは何も言わない。で、トゥーイーは、さらにつけ加える。

「ドミニク、ご立派。私が君に対して持つ最高の評価に、君は十分答えてくれています。君は私の期待を裏切らない。こんなことぐらいでは驚きもしないですね」

「エルスワース、何が目的でしたの?ショックを与えたかったわけですか?それとも、それとなくほのめかして揺さぶりをかけたかったわけですか?どちらがお望み?」

「ああ、まあ、多くの意図が考えられるでしょうかねえ、こういう場合は。たとえば予備的な探りだったのかも。しかし、実際のところ、何でもなかったのです。ただ、粗野なやり方っぽいところがありましたね。そう、これもまたトゥーイー流かな。しかし、私は本質的には、実に真面目な一本調子の清教徒なのです」

「あなたが清教徒?エルスワース、あなたは、本質的には、いったいどうなのかしら・・・私には理解できません」

「誰にも私のことは理解できません、と敢えて申し上げておきましょうか。しかし、ほんとうは全く不思議なところはないのです。実に単純なんです。全てのことは、基本的なところまで還元すれば、実に単純なものです。基本的なるものというものが、いかに少ないかを知れば驚きますよ。多分たった二つでしょう、我々を説明する原理というものは。それは、難解なことを解きほぐし縮小します。だからこそ、人々は、そんなことを考えるのに頭を使わない。そうして考えた末の結論は、人々にとって嬉しいものでもないでしょうからねえ」

「どうでもいいですわ、私には。私は、私の本質を知っていますから。はっきりさせましょうか。私は、あばずれですわ。」

「馬鹿をおっしゃいますな、お嬢さま。君は、あばずれより、もっと悪い。君は聖人ですからねえ。聖人というものが、なぜ危険で好もしくない存在か、君の例が示してくれます」

「あなたは、どうなのかしら?」

「私は、自分が何者であるか、ちゃんとわかっています。それだけが、私に関する多くのことを明らかにします。もし、君がそれを知って利用したいのならば、ヒントをあげてもいいです。もちろん、ヒントなど君には不要だ。しかし、必要なときが来るかもしれないですよ、いつかは」

「まさか」

「ドミニク、君には私が必要です。少しは私のことを理解してもいいと思うけどなあ。ねえ、私は理解されることを恐れません。君から理解されることはね」

「私が、あなたを必要とする、ですって?」

「やだあな、君、もう少し勇気を出してくださいよ」

ドミニクは椅子に座って、黙って冷ややかに、トゥーイーが更に何を言うか、彼の言葉を待っている。トゥーイーは微笑む。明らかに面白がっている。その自分の感情を隠そうともしない。トゥーイーは何気なく注意をめぐらし、天井の作りを吟味しながら言う。

「君が、ピーター・キーティングのために稼いだ金のことですがね。クライソン社のビルは、単につまらぬ価値しかなかった。だから、ハワード・ロークは、最初からあのビルは問題にしていなかった。しかし、リンゼイ邸は違う。リンゼイは目のある人物だからロークに設計を依頼することを考え、ほぼ決めていた。君さえ邪魔しなかったら、ロークが、あの仕事を手がけることができた。ストーンブルック・クラブハウスね、あれだってロークにはチャンスがあったのに、君が台無しにしました」

トゥーイーは、ドミニクを見つめて、静かにクスクス笑う。

「ドミニク、今度は、私の流儀やパンチにご批判がないですね?でも、君はノリス邸の別宅の件では、しくじりました。ロークはあの仕事は手に入れた。先週ね。まあ、君でも100パーセント成功するというわけにはいきません。何にせよ、あのエンライト・ハウスは大仕事ですからね。人々は随分と話題にしていますよ、あの建物については。だから、かなりの人々が、ロークに興味を示し始めている。しかし、君もなかなか健闘してきました。おめでとう、お見事でした。ね、私は君にけっこう親切だと思いませんか?芸術家たるものは、誰もが賞賛を必要としています。君の成果を称える人は誰もいないでしょう。だって、君のしていることは、誰にもわからないのだから。で、もう君にはおわかりでしょう。なぜ私がここに来たか。だから、もうわかったでしょう。私が私の陣営について話したとき、何を意味したのかも」

「ええ、もちろん」と、ドミニクは答える。

「これは、ひとつの協定ですよ。同盟ですね。同盟国というものは、お互いを決して信用しないものです。しかし、それでは同盟の効果というものを殺(そ)いでしまいます。おそらく、我々の動機は正反対なのかもしれない。実際のところ、そうなのでしょう。しかし、そんなことはどうでもいい。結果は同じでしょう。高貴なる目的を分かち合う必要などありません。共通の敵があるということだけが必要なことですから。で、我々はそうなのだから」

「そうですわ」

「だから、君は私が必要なのです。私は、なかなか役に立ったでしょう、今までだって」

「ええ」

「君が開くティー・パーティよりも、はるかに巧妙に、私は君のロークを傷つけることができます」

「何のために?」

「何のために、はやめましょう。私は君の動機を詮索していません」

「そうですわね」

「それこそが、我々のあいだで了解されていることでしょう?この点において、我々は同盟者なのです」

ドミニクはトゥーイーを見つめる。体を前かがみにして、注意深い顔つきになる。しかし彼女の顔は無表情だ。

「私たちは同盟者です」

「結構です。さて、ならば、君のコラムで一日おきにロークのことを書くのはやめることですね。君が、毎回のコラムで悪意ある効果的な言葉の針を、彼に刺し込んでいるのは評価します。しかし、やりすぎです。君は、いつもいつもロークの名前を活字にしています。君は彼のことを宣伝したいわけではないでしょう。まだ言いたいことがあります。君のパーティに、私を招待した方がいいです。君ではできないことで、私にできることはいろいろありますから。もうひとつ教えてさしあげましょう。ギルバート・コルトンね。ほら、カリフォルニア窯業(ようぎょう)のコルトン一族の。彼は東部に工場建設を考えています。モダニストのいい建築家を探しています。例のローク氏ではどうかと、コルトンは考えている。ロークにやらせてはいけない。あれは大仕事だから。宣伝効果抜群の大きな仕事だ。コルトン夫人篭絡(ろうらく)のためのティー・パーティを開きなさい。君のお望みのことは何でもやればいい。しかし、あの仕事はロークにさせてはいけない」

ドミニクは立ち上がる。両腕をぶらぶらさせながら、テーブルまで足を引きずるように歩いていき、煙草を取る。それに火をつけ、トゥーイーを振り返り、関心なさそうに言う。

「エルスワース、あなたでも手短に要点を押さえて単純にお話しすることができるのですね」

「必要があればね」

ドミニクは窓辺に立ち、窓の外に広がるマンハッタンの夜景を眺める。そして言う。

「あなたは、ロークを攻撃するようなことは何もなさらなかったのに。それほど、あなたがロークのことを気にかけているとは知りませんでしたわ」

「ええ?私が何もしなかったですか?」

「ロークについてお書きになったことはないでしょう」

「それこそ、私がローク氏攻撃として、したことですよ。今までのところは、ですが」

「初めてハワード・ロークのことを耳にしたのは、いつでしたか?」

「ヘラー邸の完成予想図を見たときです。まさか、私が、あれを見落とすなんて思わないでしょう?君はいつでした?」

「私は、エンライト・ハウスの予想図を見たときでした」

「その前は全く?」

「知りませんでした」

ドミニクは、黙って煙草を吸っている。それから、トゥーイーの方を見ずに、こう言う。

「エルスワース、今晩ここで話されたことを人にもらそうとしても、片方は、そんなことは言ってないと否定できますし、どのみち事実は証明されようがありません。ですから、ここでは何をおっしゃっても構わないわけです。で、エルスワース、あなたは、なぜロークを憎むのかしら?」

「ロークを憎んでいるなどと、私は一度も言っていません」

トゥーイーは席を立ち、窓辺にいるドミニクのそばまで、わざわざやって来る。眼下に広がるマンハッタンの街のあかりを眺める。街の高層ビルの鋭角的な形や、窓にともる灯りによって半透明に見えるビルの暗い壁を眺める。それらのビルの壁は、硬い輝きの塊の上にかかる格子模様のベールのようだ。細い黒いガーゼで作られたベールだ。エルスワース・トゥーイーは、静かに語りだす。

「ごらんなさい、この光景。崇高なる偉業でしょう?英雄的達成ですよ、これは。この高層ビルの風景を作った何千人もの人々と、これらのビルから利益を獲得する何百万人もの人々のことを想像してごらんなさい。しかし、少数の天才、たとえば、12人の天才の精神がなかったのならば、この素晴らしい街の姿は、はるか昔と同じことになっていたでしょう。12人の天才たちがいなかったのならば、多分、もっとその数は少なかったと思いますけどね、この風景は存在しなかったでしょう。それは真実かもしれませんね。もし、そうだとしたら、それが本当ならば、我々が取るべき姿勢はふたつです。まず、こう言えます。12人の偉大なる恩人がいると。我々はみな、彼らの精神という壮大なる富の流出の恩恵を受けていると。感謝と同胞愛をこめて、我々は彼らの天才を喜んで受け入れると。もしくは、次のような事態も考えられます。我々では、とうてい敵(かな)いっこない、持つこともできない輝かしい偉業によって、天才たちは我々が何であるかを見せつけると。同時に、天才たちは我々に教えてくれます。実は、我々は、天才たちの偉大さという無料で神から与えられた才能など必要としていないということを。だって、そうでしょう?じくじくした沼のそばの洞窟や、こすって火を出す棒の方が、高層ビルやネオンの光より好もしいでしょう?もし、洞窟や火出し棒が我々の能力の限界であるのならば、それでいいではないですか。そうでしょう?ドミニク、君はこのふたつの態度の、どちらが真に人道主義的態度だと思います?どちらが人類に優しいですか?これが、なぜ私がロークを敵視するかという問いの答えです。わかるでしょう?私は人道主義者ですから」

(第2部23 超訳おわり)

(訳者コメント)

エルスワース・トゥーイーは、初めてドミニクの自分の正体を現した。

「人道主義者」humanistと自分を定義するトゥーイーは、ロークのことを憎んではいないが攻撃すると言う。ロークが天才だからだ。

少数の天才が世界を牽引して、マンハッタンのような街を形成するような偉業を成し遂げたことを、トゥーイーはよくわかっている。人類の進歩は少数の天才のおかげだということを、トゥーイーはよくわかっている。

しかし、トゥーイーは、進歩など人類に必要なのかと問いている。ほとんどの人類の水準が低いのならなば、低いままで生きる方が、人類のほとんどにとっては楽であろう。多くの人間に負荷をかけて競争に駆り立てるような進歩も進化も人類社会には不要なので、天才を迫害するというのが、トゥーイーと彼の仲間の大義なのだ。

一方、ドミニクがロークの邪魔をして、コラムでローク批判をするのは、ロークを守るためだ。ロークのような人間が生きていける世界ではないと、ドミニクには大きな恐怖がある。その世界からロークを撤退させるために、ドミニクはロークを攻撃する。社交界で多くの通俗な人々と交わるという彼女にとってはもっとも嫌いで苦痛な手段を使って。

ドミニクとトゥーイーは、動機は違うが、本質的には正反対の立場から、ローク攻撃をすることに同意する。反ローク同盟である。

トゥーイーの方は、ドミニクのローク攻撃の真意をほんとうはわかっていない。おそらく、どこかの段階でロークに冷たくあしらわれた腹いせだろうぐらいにしか、まだ考えていない。

 

 

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