第2部(20) エルスワース・トゥーイーはロークを観察する

その夜、異常なほどロークの存在を意識していた人物が、ドミニク以外にもうひとりいた。ロークがパーティに現れたときから、ロークを意識していた人物が、もうひとりいた。エルスワース・トゥーイーだ。

エルスワース・トゥーイーは、ロークが舞踏室に入ってくるところから彼を見ていた。トゥーイーは、以前に彼のことを目にしたことはなかったから、彼が誰であるかはわからなかった。しかし、長い間、この人物を、トゥーイーは見つめながら立っていた。

それから、トゥーイーは、またパーティ客の人波の中に戻って行き、友人たちに微笑んだ。しかし、人々と微笑をかわし、言葉をかわしながら、彼の目は、オレンジ色の髪のあの青年に注がれた。トゥーイーは、その青年の名を知らない。彼の職業も彼の経歴も。

しかし、トゥーイーは、そんなことを知る必要がない。なぜならば、その青年は、トゥーイーにとって人間ではなかったから。それは力だったから。トゥーイーは人間そのものなど見ることはない。その青年を見ながら、トゥーイーは、人間の肉体の中に明白に人格化された、あの特殊な力を目にすることに魅了されていた。

しばらくして、トゥーイーは、ジョン・エリク・スナイトに、ロークを指差しながら、訊ねる。

「あの人は誰ですか?」

「あれ?ハワード・ロークですよ。ほら、エンライト・ハウスの」

「ああ、エンライト・ハウスのねえ・・・なるほど」

「何ですって?」

「そりゃ、そうでしょうねえ。なるほど」

「彼と話してごらんになりますか」

「いいえ、けっこうです。話したいとは思いません」

以来、その晩はずっと、トゥーイーの頭はロークの姿をもう一度見ようと、苛々と動いた。ロークを見たかったわけではない。見る必要があったのだ。

その夜のパーティにおいて、トゥーイーは、ローク以外の誰も意識しなかった。ロークは、エルスワース・トゥーイーという有名コラムニストがパーティに出席していたことすら知らなかった。

ロークが帰ったとき、ドミニクは数分間数えながら立っていた。自分が外に出る前には、確実に彼が街路から消えているであろう時間を見計らいながら。それから、おもむろにドミニクは帰ろうとする。

キキ・ホルクウムの細い湿った指が別れ際にドミニクの手をつかみ、ドミニクに話しかける。

「ねえ、ドミニク、あの今日初めていらした方どうお思いになる?ほら、あなた、お話していらしたじゃない?私見ていましたのよ、あのハワード・ロークという方ですわよ」

「あの人は私が今までお会いしたなかでも一番不快な方だと思いますわ」

「あら、ほんとうにそう思う?」

「あんな類の抑制のされていない傲慢さなど、お気になさることはありませんわ。ただ、あの人は、ひどく美男子だということは言えますわね。まあ、どうでもいいことですけれども」

「美男子??冗談でしょう、ドミニク?」

ドミニクはすぐに了解する。私があの人の顔の中に見たものは、他人からは見えない。私にとってはギリシアの神の顔に見えたものは、他人からは見えない。あの美しさに、この人たちは無関心なのだ。それはありえることだわ。私にとって、もっとも明白で当たり前の言葉だと思ったことは、私の心の中にある何かの告白なのだ。他の人たちとは分かち合えないのだ。

「あんな人、全く美男子ではないわ。ただとっても男性的ですわね」

キキ・ホルクウムが言っているとき、ドミニクの背後から声がする。

「ドミニク、キキの美意識は君の美意識とは違いますよ。私の美意識とも違うけれど」

ドミニクは後ろを振り返る。エルスワース・トゥーイーが立っている。微笑を浮かべながら、ドミニクの顔をじっと見つめながら。

「あなたは・・・」と、ドミニクは言いかけるが、やめる。

「あなたは、ロークが美しいと認めるわけですね」というドミニクが言わなかったことを、トゥーイーは暗に肯定している。いかにも私はよく分かっていますよと言わんばかりである。トゥーイーは小さく会釈しながら言う。

「ドミニク、私にも眼識があることを認めてくださいよ。君の眼識と引けはとりません。美的に楽しいわけではないけれども、君の判断の一部は私も君に譲ります。私たちは、時に目にはっきり見えないものが見えるのです。君と私は」

「どういうことが見えますの?」

「それを話すとなると長い長い哲学的議論になります。そんな議論は複雑です。また不必要です。いつも私が君に言ってきたでしょう。我々はいい友だちになるべきだって。知的に我々が共通しているものは多いのです。我々は正反対の極から生まれたのですが、しかしそんなことは大した差ではありません。なぜならば我々は同じ点で一致するのですから。ドミニク、実に興味深い夜でしたよ、今夜は」

「何をおっしゃりたいの?」

「たとえば、君にとって美男子に見える人物がどういう類の人物であるか発見したのは、実に興味深かったですよ。君がどんな人間なのか分類できることは素敵ですねえ。確実に適切に分類できることは素敵ですねえ。それも、たったひとつのある顔によってね」

「エルスワース、私があなたについて判断している以上に、あなたは、はるかに質(たち)がお悪いようだわ」

「多分、君が今考えている以上に質が悪いでしょうね、私は。しかし、役には立ちますよ、私と言う人間は。使えますよ、私は。私たちは、互いに役に立ちます。君が私にとって利用できるように、そう、君は私の役に立ちたいと思うようになりますよ、いずれね」

「何をおっしゃっているの?」

「ドミニク、まずいですね。これは、まずいです。話の要点がかみあっていません。私が話していることの意味が君にはわからないとしたら、私は説明しようがないですよ。君が、ちゃんとわかっているのならば、すでに君は私の陣営なのになあ。これ以上説明しなくてもね」

「エルスワース、あなたは、いつか間違えるでしょうね」

「それは、ありえるでしょう。そして、君はすでに間違えましたね」

「おやすみなさい、エルスワース」

「おやすみ、ドミニク」

ドミニクは帰った。

キキ・ホルクウムはドミニクを見送ってから、トゥーイーを振り返り言う。

「エルスワース、あなたたち、どうなさったの?どうして、あんなわけのわからないお話をなさっていらしたの?どうでもいいようなことなのに。人の顔とか第一印象とか」

すると、トゥーイーは、声を優しくして、遠い距離を感じさせる言い方で、こう答える。キキ・ホルクウムに対してではなく、自分自身の考えに対して答えるかのように、こう答える。

「あのね、キキ、そういう考え方こそ、私たちが一番陥りやすい錯誤のひとつですよ。人間の顔ほど意味あるものはないのです。これほど雄弁なものはありません。ある人物を知るには、その人物の顔をまず見ないことには、ほんとうに知ったことにはなりません。なぜならば、そのときの一瞥で、我々はすべてを知るからです。そうして知ったことをさらに解明していくほど、我々がいつも聡明でいられるということはないにしてもね。ね、キキ、あなたは、魂の様式について考えたことがありますか?」

「魂の・・・何ですって?」

「魂の様式。文明の様式について話した有名な哲学者を覚えておいででしょうか。その哲学者は、それを、スタイル、様式と呼びました。彼はこう言っていました。あらゆる文明には、ひとつの基本的原則があり、ひとつの超越的な決定的な概念があると。その文明の内部で生きる人間のあらゆる努力というのは、無意識のうちに、またどうしようもなく変更しようもなく、その基本原則に忠実だと・・・キキ、私はこう思うのです。あらゆる人間の魂は、それ自身の様式があると。その基本となるひとつの主題があると。あらゆる考え方、物の見方の中に、あらゆる行動の中に、その人物が持つあらゆる願望の中に、その様式が反映されています。それはわかるのですよ、それを見ればね。ひとりの人間を長年研究しても、その人間を理解できることはありません。その人間の顔こそが決め手です。ひとりの人間について描写するのに何巻もの本を書く必要はありません。その人間の顔を思い浮かべればいいのです。他の何も必要ありません」

「エルスワース、おっしゃることが、とんでもないことに思えますわ。もし、それがほんとうならば、あなたの前では、人は裸でいるのと同じことになりますわね」

「それより悪いですよ。その顔を見る人間も、また裸でいるようなものです。あなたの魂の様式・・・この地上に、人間以外に重要なものなど何もありません」

「じゃあ、私の顔に、あなたは何をごらんになるの?」

トゥーイーは、今初めてキキ・ホルクウムがそこにいることに気づいたかのように、彼女を見る。

「何と、おっしゃいましたか?」

「私の顔に、あなたは何をごらんになるの?と、申しましたわ」

「ああ・・・はい・・・そうですねえ・・・じゃあ、あなたのお好きな映画スターを教えてください。そうすれば、あなたが、どんな方か言いましょう」

「私は分析されるのが大好きですの。そうねえ。私が一番好きなのは・・・」

しかし、もうトゥーイーは、キキ・ホルクウムの言うことなど聞いていなかった。背中を彼女に向け、謝りの言葉もなく、そこから立ち去っていく。トゥーイーは、疲れているように見えた。

キキ・ホルクウムは、こんな無作法な行動をとるトゥーイーを今まで見たことはなかった。もっとも、無作法をされているなと、慇懃無礼だなと、感じさせられるときは今までにも何回もあったけれども。

少し経って、トゥーイーの豊かでよく響く声が、友人たちの一団に囲まれ、こう言っているのを、キキ・ホルクウムは耳にする。

「・・・ですから、この世における最も高貴な概念とは、人間の絶対的平等という概念なのです」

(第2部20 超訳おわり)

(訳者コメント)

エルスワース・トゥーイーは、ロークに恐怖を感じている。

ロークのような人間は、トゥーイーとその仲間の大義の実現=人類牧畜化にとっては、邪魔になるからだ。

「その青年は、トゥーイーにとって人間ではなかったから。それは力だったから。トゥーイーは人間そのものなど見ることはない。その青年を見ながら、トゥーイーは、人間の肉体の中に明白に人格化された、あの特殊な力を目にすることに魅了されていた」

ハワード・ロークのような、自分の中から生きる力や情熱を汲み出せる人間は、トゥーイーにとっては憎悪の対象だ。

トゥーイーは、真に自分の中から自分の人生の歓びを汲み出せない。誰かが自分を承認是認することが、自分の存在証明になる。他人を操作しコントロールすることでしか、自分の力を認識できない。

支配欲の強い人間は、自分に支配される人間を必要とするという意味で、根本的に依存的である。

主人は奴隷を必要とするので、主人は奴隷の奴隷だと言ったヘーゲルを思い出させるのが、トゥーイーだ。

トゥーイーは支配欲の権化であるからこそ、多くの人々に受けがいい言動を巧妙に効果的に繰り出して、世論を左右する言論人に成り上がった。

そのようなトゥーイーにとって、ロークのような人間は脅威である。

ロークのような人間ばかりになったら、トゥーイーは世界に居場所を亡くす。トゥーイーを必要とするのは、自己決定できない依存者なのであり、精神的奴隷が増えれば増えるほど、トゥーイーの立場と力は強力になる。

自分が密かに恋しているドミニク・フランコンがロークに惹かれているらしきことを察知すれば、尚更にトゥーイーはロークに不快感を募らせる。

エルスワース・トゥーイーは、以後、ハワード・ローク迫害破滅工作に着手する。

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