第2部(18)エンライト・ハウス建築に邁進するローク

ロジャー・エンライトは、ペンシルヴェイニアの炭鉱夫として人生を始めた。今、彼が所有している何億ドルかの金を手にするまでには、誰も彼を助けなかった。彼は説明する。「だからこそ、誰も私の行く道に立ちはだかることはなかったのだ」と。

しかし、実際は、おびただしい人々や事柄がロジャー・エンライトの行く道を塞いだ。彼は全くそんなこと気に留めなかった。彼の長い職歴の中の多くのできごとは、人から感心されるようなのではなかった。ひとつとして人から賞賛のささやき声で語られるようなものではなかった。彼の職歴は、ギラギラとけばけばしく、広告掲示板のごとくあけすけだった。

だから、脅迫者やゆすり屋とか、正体を暴露したがる伝記作家にとっては、ロジャー・エンライトはうまみのない素材だった。あまりに彼はあけすけであったから。

ロジャー・エンライトは、銀行家や労働組合や女性や福音伝道者や株式交換が大嫌いだった。彼は株など買ったことはなかった。自分の会社のどれにしても、そこの株を売ったこともない。自分の金は全部現金でポケットにつっこんでいるかのように、いとも単純に彼は自分の財産を自分ひとりで把握している。

石油ビジネス以外に、ロジャー・エンライトは、出版社ひとつと、レストラン一軒、ラジオ局ひとつに、自動車修理工場ひとつに、電気冷蔵庫製造工場をひとつ所有している。新しい領域に乗り出す前に、ロジャー・エンライトは時間をかけて調査する。それから、その領域については何も知らないかのように、先行するものをすべてひっくり返し仕事を進める。成功する仕事もあれば、失敗する仕事もある。猛烈なるエネルギーで、ロジャー・エンライトはそれらの事業を経営を続行する。一日12時間は働く。

ビルを建設すると心に決めたとき、ロジャー・エンライトは、建築家を探すのに半年も費やした。彼は、ファーゴ・ストアを設計したハワード・ロークを探し出した。面談30分を済ませて、すぐにロークを雇った。ロークが完成予想図を提出したら、ロジャー・エンライトはすぐに建設作業を進めるように命じた。ロークが、完成予想図について説明をし始めると、エンライトはロークを遮って言った。

「説明しなくてもいい。抽象的な理想など私に説明しても無駄だ。私は理想と言うものは何にせよ持ったことがない。世間の連中は私を非道徳的だと言うが、私は私が好んだものによってだけ動く。私は自分の好みが何であるか、ちゃんとわかっている」

ロークは、自分がエンライトに会おうとした試みや、自分を冷たくあしらった秘書との面談について、一度も口にしなかった。しかし、エンライトはどこかから、そのことを聞きつけた。5分もかからないうちに、その秘書は解雇された。10分もしないうちに、その秘書は路頭をさ迷うことになった。

ロークは、また自分の事務所を開いた。古いビルの最上階にある前の事務所と同じ部屋である。今度は、その部屋に隣接した部屋も借りた。事務所を拡大させた。エンライト・ハウスの建設のために計画された突貫工事的スケジュールに間に合うために。ロークが雇った複数の製図係りのために。

製図係は誰もみな若く、あまり経験がなかった。ロークは、彼らとは面識も何もなかったし推薦状を要求することもなかった。多くの応募者の中から、彼らの描いた製図を数分見ただけで、誰を雇用するか決めた。

それからの日々の事務所にみなぎる緊張感の中で、ロークは仕事のこと以外で、若い部下たちに話しかけることはなかった。毎朝、事務所に入ると、若い彼らは、製図台の上に広げられた何枚かの大きな製図用紙という圧倒的な現実以外に、自分たちには私的な生活とか重要性とか現実というものがないと感じた。仕事場は工場のように冷たく静かだった。しかし、そう感じるのも、彼らが上司であるロークを目にするまでだ。ロークを見ると、ここは工場ではなく、自分たちの体に点火される溶鉱炉だとわかる。まず、ロークが真っ先に火がともされる溶鉱炉だった。

一晩中、ロークが事務所にいることが何度もあった。製図係たちが朝に出社すると、まだロークは働いている。しかし、ロークは疲労の色を見せなかった。ロークは2日と2晩ぶっ続けで、事務所で仕事していたことがあった。とうとう3日目の午後、仕事机につっぷして寝入ってしまった。そのときロークは数時間もしないうちに目覚め、何事もなかったかのように何も言わず、製図台から製図台へと歩き、部下の仕事の進行を見た。そうしながら、ロークは訂正をした。部下に指示を与えるときのロークの言葉には明晰な響きがあった。まるで眠ってしまっていた数時間前に彼の脳を占めていた思考を妨げることは何も起きなかったかのように。

「仕事しているときの君は、どうもならんな、ハワード」

ある晩オースティン・ヘラーがロークに言う。ロークは、そのとき仕事の話など全くしていなかったのにも関わらず。

「なぜですか?」と、驚いてロークは訊ねる。

「君と同じ部屋にいるのは不愉快だよ。君の緊張が伝染するから」

「どんな緊張ですか?仕事しているときだけが、僕は完全に自然に感じられるのに」

「だからさ、それだよ。君は、バラバラに砕ける1インチ前にいるときだけ、完璧に自然なのだ。ハワード、いったい君は何でできあがっているんだ?結局のところ、そんなものは建物にすぎないじゃあないか。君がその建物から作り出しているように見えるものは、聖なる象徴とインド風拷問と性的歓喜の合成なのか?」

「そのとおりです」

ロークは、ドミニクのことを頻繁に思い出すわけではなかった。しかし、思い出すときは、その思いは、急に思い出したという種類のものではなかった。特にこれといって意識しなくてもすむような、ある連続した、いつでもそばにいる何かを思う気持ちだった。

ロークはドミニクが欲しかった。どこに行けばドミニクを見つけられるか、ロークにはわかっている。ロークは待っていた。待つことは、彼を愉快な気分にさせた。待つことはドミニクにとっては耐え難いものだろうと知っていたから。ロークがそばにいることが強いるよりも、もっと完璧に、もっと屈辱的に、ロークの不在はドミニクをロークに縛りつける。ロークには、それがわかっている。

いわば、ロークは、ドミニクに時間を与えている。ロークから逃げようとする時間を。ロークがいったんドミニクに会おうと心に決めれば、ドミニクはもう逃れようはない。ドミニクはいずれ知る。ロークから逃げようとする試み自体がロークの意志的選択であったことを。それは、ロークのドミニク支配のもうひとつの形式だ。

そうなると、ドミニクはロークを殺そうとするか、自分の意志でロークに会いに来る用意ができたことになる。ドミニクの心の中では、そのどちらも同じことだ。ロークは、そうした状態にドミニクが追い詰められるのを欲している。ロークは待っている。

エンライト・ハウスの建設が始まろうとしていた、そんな頃、ロークは、ジョエル・サットンの仕事場に呼ばれた。ジョエル・サットンは、成功した企業家である。巨大なオフィス・ビルの建設を計画していた。ジョエル・サットンは、人間というものについて何も理解しないという能力に基づいて成功してきた。

ジョエル・サットンは、エンライトが主催した晩餐会でロークに会った。ジョエル・サットンは、ロークが好きだった。ロークには感心していた。ロークと他の誰かとの間に何の差も彼は見つけることができなかったのではあるが。ロークが自分の仕事場にやって来たとき、ジョエル・サットンは、こうはっきり言った。

「いやあ、確信はないのですよ。私は確信しているわけではありません。しかし、私が建てようと考えているささやかなビルに、あなたがどうかと思いましてね。今、あなたが手がけておられるエンライト・ハウスは、その一種・・・特別でしょうが、魅力的ではありますね。すべての建物は魅力的です」

ロークは、ジョエル・サットンとの最初の面談を終えてから、数週間、彼からの回答を待っていた。しかし、サットンは、速やかに事を決めることはしなかった。

12月のある晩、オースティン・ヘラーが予告もなくロークの自宅にやって来た。次の金曜日に「アメリカ建築家協会」の会長のラルストン・ホルクウムの夫人が主催する正式なパーティに、ロークもいっしょに行かなければいけないと、宣言した。

「行きませんよ、オースティン」とロークは言う。

「ハワード、まあ聞きたまえ。私は君がああいう類のことは嫌いだということはわかっている。しかしだ、それはいい理由ではないぞ。パーティに行けば、これから世に出るような人物をたくさん君に紹介できる。あそこは、建築家たちにとっては一種の会合場所みたいなものだ。もちろん、そこならば、君にとって建築のためになるものなら何でも売りつけることができる。将来の可能性のために、数時間の退屈を我慢する気にならんかね?」

「おっしゃるとおりです。ただ、パーティのようなものが、どんなものにせよ、将来の可能性に結びつくとは僕は信じておりません」

「今度だけは行かないか?」

「なぜ、今度だけ特別なのですか?」

「あのどうしようもなくうるさいホルクウム夫人がそれを要求している。彼女ときたら、君をパーティに連れて来いと僕を攻め立てる。彼女のサロンで、エンライト・ハウスの設計者である建築家を見せびらかせないのは、彼女の評判に傷がつくと言うんだ。彼女は建築家を集めるのが趣味なのだ。彼女は言い張るんだ。私が君を連れてこなくてはいけないと。で、そうすると私は約束したわけだ」

「何のためにですか?」

「まずだ、次の金曜日のパーティに、ホルクウム夫人はジョエル・サットンを呼ぶ。彼のとこのビルをやりたければ、彼に対してうまくやってみるんだ。あいつは、もう君にやらせるつもりでいる。私が耳にした限りではね。最終的に事を決めるのに足りないのは、ほんのささいな個人的接触だけなのだ。ジョエル・サットン目当ての連中は、いっぱいいる。そいつらは、みなそのパーティに来る。私は、そのパーティに君がいてほしい。彼のところのビルを君に手がけてもらいたい」

ロークは自分をじっと動かないようにさせておくために、両手でテーブルの縁をつかみながら座っている。事務所でぶっつづけに14時間も仕事して帰宅した後だったので、ロークは消耗している。しかし、その疲労を感じることができない。ロークは体を弛緩させようと両の肩から力を抜いて肩を降ろす。しかし弛緩はこない。両腕が張っている。張って引きつっているみたいだ。片方の肘など、かすかではあるが絶え間なく震えている。最近のロークは、休息を自分に強いるのが難しくなっている。

ロークの新居は、静かな通りに面した小さなモダンなアパートの広い一部屋だった。その部屋を彼が選んだのは、窓の上部にコーニスがなかったからだった。部屋の壁には鏡板が張られていなかったからだった。ロークの部屋には、簡素な家具がいくつか置いてあるだけだった。だから、清潔でだだっぴろくて、かつ空っぽに見える。部屋の四方からこだまが返ってきそうな趣である。

「ローク、なんで行かない?一度だけのことじゃないか。君にとっては結構面白いかもしれないぞ。昔に知っていた連中にたくさん会えるぞ。ジョン・エリク・スナイトとか、ピーター・キーティングとか、ガイ・フランコンとか、彼の娘とか。君は会っといたほうがいいよ、あそこの娘には。彼女が書いた記事を読んだことがあるかい?」

「行きます!」と、唐突にロークは言う。

「君は、思いがけなく、ときどき物わかりがよくなるなあ。金曜日の8時半に、迎えに来るからな。ブラック・タイだ。君はタキシード持っているか?」

「エンライトが僕に持たせてくれました」

「エンライトは、物がわかる男だな」

ヘラーが帰って行ったあと、長い間、ロークはテーブルの上に腰掛けている。ラルストン・ホルクウム邸のパーティに出かけることに同意したのは、その場こそが、もっともまずい場所だからだ。ドミニクが最も自分に再会したくない場所の中でも、そこはもっともまずい場所だ。

(第2部18 超訳おわり)

(訳者コメント)

エンライト・ハウス設計をハワード・ロークに託したロジャー・エンライトという事業家は、アイン・ランドが大好きなタイプの起業家だ。

自分の才覚のみ頼りに、数々の事業を立ち上げ、全て自分の即断即決で事業を拡大してゆく。自分が望む方向に事業を展開させるために手段は選ばない。

事業展開のための資金集めのために自分の会社を株式市場に上場させない。株主などに口を挟まれるのは大嫌いだからだ。

長々と部下と会議など開かない。いちいち会議などしていては遅れを取る。

自分で事業を立ち上げ経営したことのないような人間が何人集まって会議をしても、経営に必要な決断や行動が選択されるはずはないので。

ましてや、政府とつるんで事業を拡大する「政商」になどならない。

政府など自由なビジネスの邪魔になる規制をするぐらいしか能がないと思っている。

政府に食い込み、政治家と癒着して、政治資金を餌に、自分の事業に都合のいい法案を議会で通過させて、自分の会社を守ろうとなどしない。

東京電力とは違う。

そんなことをしていれば、利用しているつもりの政府や政治家や官僚たちから利用される。

あくまでも、自由競争の元でこそ強い企業が生まれる。

公的支援bailoutなどで倒産を免れる企業など、それは企業とは言えない。

ダメな企業は淘汰される。

そこが資本主義の素晴らしいところだ。

と考えるロジャー・エンライトこそ、アイン・ランドの理想とする企業家だ。

このThe Fountainheadの出版後、14年かけて書いたAtlas Shruggedには、ロジャー・エンライトのような企業家がわんさか登場する。

そのような企業家たちと、政府と結託した政商の対立が、Atlas Shruggedには描かれる。

Atlas Shruggedにおいて祝福されている企業家のようにありたいと考える企業が存在する。

現代アメリカのコーク産業だ。

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the Koch IndustriesのCEOたちは、政府からの天下り官僚の引き受けを拒否するので、政府から嫌がらせをされてきた。

このコーク産業から支援されて当選したのがトランプ大統領だ。

19世紀の産業資本家たちのように、自由競争でイノヴェイションいっぱいして稼いで国内に還元しろや、アメリカを豊かにするために稼げや…というのがトランプ大統領の立場。

一方、日本といえば、江戸末期幕末明治から政府と結託してできあがった住友、三井、三菱、安田などの財閥は、元々が政商なので、いまだに政商だ。

官僚や国会議員とつるみながら企業活動する。

ほんとは、官僚も国会議員も無能で邪魔なんだけど。

でも、日本の官僚支配は強固だし。

というわけで、日本の小説を読んでも、ロジャー・エンライトみたいなのは出てこないので、つまらん。せいぜいが、百田尚樹氏の『海賊と呼ばれた男』くらいかな。面白いのは。

なにが『官僚たちの夏』だ。

 

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