第2部(12)エルスワース・トゥーイー狙撃事件

エルスワース・トゥーイーから絶賛されたコラム記事の校正切り抜き記事を読んだ後の数時間の間、キーティングの日常の仕事は、新しい趣を帯びた。エルスワース・トゥーイーに認められたことによって、キーティングの仕事は数段と格上げされたのである。

彼が今まで従事してきた仕事は、いわば単に派手なだけの平坦な壁画でしかなかった。今やそれが浅浮き彫りの絵になった。エルスワース・トゥーイーの言葉によって、平坦な絵が前にせりだし、三次元の奥行きある真実性をもたらされたのだ。

キーティングは、たまたま製図室にいるガイ・フランコンのそばを通り過ぎたので、フランコンの胸元のポケットにあるハンカチーフの折り目あたりに、例の『バナー』の切り抜き記事を押し込めた。「ガイ、お時間のあるときにでも、お読みになって下さい」とだけ言い添えた。

ただし、こう付け加えることも忘れなかった。「今日、昼食をごいっしょにいかがでしょうか?プラザホテルでお待ちくださいませんか」と。

ガイ・フランコンとの昼食から事務所に帰ると、キーティングは若い製図係りから呼び止められた。興奮した面持ちで、その若者はこう尋ねてきた。

「キーティングさん!いったいエルスワース・トゥーイーを撃ったのは誰なんでしょうね?」

「誰が何をしたって?」

「トゥーイーさんを撃ったんですよ」

「誰が?」

「そんなの、僕が知りたいですよ」

「撃った・・・エルスワース・トゥーイーを?」

「レストランで誰かが持っていた新聞に載っていました。買う暇はなかったんですが」

「彼は・・・殺されたのか?」

「それも、僕にはわかりません。新聞は撃たれたことしか書いてなかったんで」

「もし死んだとしたら、明日の彼のコラムは新聞に載るのかなあ?」

「さあ、わかりませんが。どうしてそんなことを?」

「行って新聞を買ってきてくれ」

「でも、この仕事が・・・」

「サッサと行って買ってこいよ!のろまだなあ、君は!」

午後の新聞に出た記事の内容はこうだった。

その日の朝に、ひとつの銃弾がエルスワース・トゥーイーめがけて発射された。「声なき防御なき人々」という題目で演説をすることになっていたラジオ局の前で自動車から降りようと足を踏み出したときに、トゥーイーは撃たれた。

銃弾は的に当たらなかった。トゥーイーはそのとき一貫して平静であり、態度を変えなかった。彼の振る舞いで、いささかでも劇的だったのは、劇的な要素が欠如していて、あまりに冷静であったという点だった。トゥーイーは言った。「ラジオの聴衆を待たせることはできません」と。

トゥーイーはマイク室に向かって階段を急ぎ、さきほどの銃撃については一言も述べず、原稿なしで30分の演説をした。いつも、そうしているように何気なく。狙撃者は逮捕されたとき何も言わなかった。

キーティングは、その狙撃者の名前をじっと見つめる。喉が干上がっているように感じる。それは、若い彫刻家のスティーヴン・マロリーだった。

警察で、スティーヴン・マロリーは黙秘したままだった。自分がした行為について彼はなんの釈明もしなかった。最初のうちは、コスモ=スロトニック社ビルへ納入する彫像の制作料をふいにした絶望から、暴挙に駆り立てられたのだろうと人々は想像した。マロリーが極貧の中で暮らしていたことも調べでわかったからである。

しかし、エルスワース・トゥーイーは、マロリーのその失意に関しては何の関係もないことは、火を見るより明らかだった。トゥーイーは、スティーヴン・マロリーについてスロトニック氏に語ったことなど一度もなかった。トゥーイーは、マロリーの「産業」像も見たことはなかった。

この点においては、マロリーも認めた。トゥーイーに会ったことはないし、直接に知ることもないし、トゥーイーの友人の誰も知らないということを、マロリーは沈黙を破り認めた。

「君が仕事をなくしたことに、トゥーイー氏は何らかの責任があると、君は考えているのか?」と、問われたとき、マロリーは「いいえ」と答えた。「では、なぜ?」とさらに尋問されたとき、マロリーは、もう何も言わなかった。

ラジオ局の前で事件が起きたとき、歩道で警官に捕らえられた狙撃者を見たとき、トゥーイーには彼が誰であるかわからなかった。

演説の放送が終わってから、彼は狙撃者の名前を知らされた。自分のコラムで、マロリーの作品について否定的に言及したが、その言及内容は、恨みを買うほどの内容ではなかった。トゥーイー自身が、その記事について忘れかけていたほどの言及内容であった。

放送をしたスタジオから、記者たちでいっぱいになった別室に移ったとき、トゥーイーはこう言った。

「いや、もちろん、私はどんな責めも彼に負わせる気はありません。当局が彼を釈放することを希望します。しかし、それにしても彼はなぜ、こんなことを?」と。

誰もその問いに答えることはできなかった。まもなくして、トゥーイーは肩をすくめ、微笑を浮かべて言った。

「もし、ただで自分を宣伝しようという意図で、ああいう試みがなされたのならば、まあ、それは何という程度の低い趣味でしょうか!」と。

しかし、誰一人として、この説明を信じなかった。みんな、誰よりもトゥーイーが自分の言葉を信じていないと感じていた。そのあとに続いたインタヴューでも、トゥーイーは陽気に質問に答えた。

「暗殺されるほど私が重要人物であるなどとは、私自身は思ったことがありません。あの狙撃は、私に対する期待できる限り最高の献辞(けんじ)なのかもしれませんね」

トゥーイーは、何も重要なことは起きなかったのだ、なぜならば、重要なことなどこの世にはないのだからという魅力的なる印象を与えようと努めていた。

マロリーは、判決を待つために拘置所に送られた。彼に対するどんな尋問も、無駄に終わった。彫刻家のスティーヴン・マロリーは、自分がなぜエルスワース・トゥーイーを射殺しようとしたのか、その理由をいっさい語らなかった。

(第2部12 超訳おわり)

(訳者コメント)

若き彫刻家スティーヴン・マロリーは、なぜエルスワース・トゥーイーを射殺しようとしたか?

マロリーには、エルスワース・トゥーイーの危険性がわかるからだ。良心的オピニオン・リーダーの仮面の下に、人類牧場化、人畜化を意図して陰謀をめぐらす勢力の代理人がエルスワース・トゥーイーである。

マロリーにはそれがわかるが、他の人々にはわからない。

現代の私たちは、メディアがある事件ばかり執拗に報道する時は、一体何を隠すために、このような報道をしているのかと疑うことができる。

急に彗星のようにある言論人がもてはやされメディアに露出が多くなると、この言論人はどんな勢力の刺客なのかと推量できる。

それは、この世界が共同謀議によって動かされ操作されているということを我々が、知っているからだ。

ボケっとした日本人も21世紀になってから、こういう共同謀議(陰謀論)世界観を理解できるようになった。

アメリカでは、そういう世界観は1940年代あたりから一般的になってきた。

この小説も、そういう世界観の産物である。

この小説の舞台は1920年代と30年代で、 ちょうど大不況期のローズヴェルト大統領の時代である。

この大統領の政権には、数多くのソ連のスパイが入り込んでいた。これは事実であった。

アイン・ランドはそれを知っていた。

この小説が政治思想小説でもあるのは、この小説に描かれているものの大きなひとつが、この人間を人畜化する方向に社会を動かすエルスワース・トゥーイー勢力と、人間の自由と創造性を祝福するスティーヴン・マロリー的人々の闘争であるからだ。

で、この闘争は現代にまで続いている。

そう思いませんか?

 

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