第2部(9) その後のドミニクとローク

それは、愛の封印として、優しさの中で遂行されるような行為だ。もしくは、屈服と征服の象徴として、侮辱として、遂行されるような行為だ。それは愛人の行為であるか、もしくは、敵の女を陵辱(りょうじょく)する兵士の行為だ。その男は、その行為を嘲(あざけ)りとして遂行した。愛としてではなく、神聖さを汚すものとして遂行した。

このことが、ドミニクを静かにさせ降伏させた。男から優しさを示す振る舞いのひとつでもあったら、ドミニクは自分の体に与えられることに何も心動かされず、冷たく身を横たえたままだったろう。しかし、主人が奴隷を屈辱的に軽蔑的に所有するような男の振る舞いは、ドミニクが欲していた種類の恍惚(こうこつ)だった。

しばらくしてから、男が耐え難いような快感という苦痛で体を震わせるのをドミニクは感じた。ドミニクにはわかった。自分がその快感を男に与えたのだということが。その快感は自分から生じたものだ、自分の体から生まれたものだということが。ドミニクは男の唇を噛む。その男がドミニクに知ってもらいたいと思っていることを、彼女は知ったから。

男は、ベッドとは対角線に身を横たえている。ドミニクから体は離している。男の頭が、ベッドの縁から外にはみ出している。男のゆっくりとした、今にもとぎれそうな喘ぎ声がドミニクには聞こえる。ドミニクは、仰向けの姿勢で身を横たえている。男がドミニクから身を離したとき、ドミニクは体を動かさなかった。口は開いたままだ。

ドミニクは思う。私は空っぽで、軽くて、力が抜けちゃって、ペシャンコになったみたい。

男が身を起こすのが見える。窓を背にした男のシルエットが見える。男が出て行く。一言も残さずドミニクを一瞥することもない。ドミニクは、それに気がついている。でも、どうでもいい。男がテラスの階段を下り、庭に下りて去っていく。ドミニクは、その足音にぼんやりと耳をすます。

長い間、ドミニクはじっとしていた。それから、開けっ放しにしていた口の中で舌を動かした。自分の体のどこかから、ある音が聞こえる。それは、すすり泣きの声だ。乾いた短い気分が悪くなるような音だ。

しかし、ドミニクは泣いていたわけではない。彼女の目は麻痺したままで、乾き開かれたままだった。そのすすり泣きの音が動きを伴う。彼女の喉を走りぬけ胃まで届く動揺になる。それが、彼女を蹴り上げたかのように、ドミニクはぎこちなく立ち上がる。上半身をかがめる。両の二の腕で胃を押さえる。

べッドのそばの小さなテーブルが闇の中でカタカタ鳴っている。テーブルが理由もなく動くことがあるのかしら。虚脱したような驚きを感じ、ドミニクはテーブルに目をやる。そのとき、震えているのは自分だと、やっとわかる。

彼女は怯えていたのではない。音のないシャックリのように、短く途切れ途切れに引っ張られるような震えがあるということは馬鹿馬鹿しいものに思える。体を洗わなければならないと、ドミニクは思う。そうしなくてはいけないという思いは耐え難いほど切迫している。体を洗いさえすれば、何でもないことだわ。ドミニクは、浴室のドアに向かってのろのろと足をひきずって行く。

ドミニクは浴室の灯りをつける。丈の高い窓に自分が映っている。体のあちこちに、あの男の口によってつけられた紫のあざが見える。ドミニクの喉から、くぐもったうめき声がもれた。紫のあざを目にした瞬間、突然に、そのあざが自分の肌に生じることになったときの記憶が鮮やかに、ひらめくように蘇ったから。

ドミニクは、自分が体を洗わないだろうとわかっている。あの男の体の感覚をそのまま、自分がまとっていたいのだと、わかっている。自分の体の上に残るあの男の痕跡を残しておきたいのだと、わかっている。そのような欲望が何を意味するのかも、またわかっている。

浴槽の縁をつかみ、ドミニクはしゃがむ。浴槽の縁をまたいでいくことができない。手が縁から滑り落ちる。ドミニクは、床の上にじっと座り込んでいる。彼女の体の下にある浴室の床のタイルは硬くて冷たい。朝が来るまで、ドミニクはじっとそこに、そのままでいた。

 

翌朝にロークは目覚め、思う。昨晩のできごとは到達されるべき地点であったと。自分の人生における運動のひとつの句(く)読点(とうてん)であったと。僕は、そのような句読点のために前進している。半ば完成されたオースティン・ヘラー邸の中を歩き回った瞬間のような、そんな句読点だ。区切りだ。そして、昨晩のような。

言葉では表現できない何らかの意味で、昨晩の出来事は自分にとって建築するという行為と同じものだった。ロークの内部の反応の質においては、それが彼の存在という意識に与えたことにおいては、昨晩の出来事はそういうものだった。

あのとき、ロークとドミニクは、暴力を超えた理解で結ばれた。ロークがとった行動の故意の猥褻さを超えた、ある理解のもとでふたりは結ばれた。ドミニクが、ロークにとってつまらないものであるならば、ロークはドミニクに行使したような行為はしなかったろう。また、ドミニクもあれほど激しく抵抗しなかったろう。繰り返すことが二度とできないような、あの高揚した興奮は、ふたりがどちらもそれを理解していたからこそ生まれたものだった。

ロークは採石場に出かけた。いつものように、その日も働いた。ドミニクは、採石場に来なかった。彼女が来るとは、ロークも思っていない。しかし、彼女への思いは、ロークの心にずっとある。

ロークは、その自分の感情を、好奇心を持って見つめる。自分が他人の存在をそれほどに意識しているのが、ロークにとっては不思議だ。他人の存在を、こんなにも近く感じるのが不思議だ。その他人の存在がどうしようもなく必要だと感じるのが不思議だ。

僕には、その存在が無条件に必要だ。

そう感じることは、ロークにとって悦びでも苦痛に満ちたものでもない。ロークは、ひとつの根本原理、ある究極のように、最終的なものとして、その存在が必要だと感じる。彼女が、この世界に存在していると知ることが、ロークにとって重要なことなのだ。彼女のことを思い、彼女が今朝どんなふうに目覚めたのかを考えるのが、重要なのだ。今でもまだ彼とともにあり、そしてもう永遠に彼のものである体で、彼女がどう動いたのか、それを考えるのが重要なのだ。ドミニクは何を考えたのだろうか。ロークにとって、それを考えるのは大切なことだった。

(第2部9 超訳おわり)

(訳者コメント)

このセクションについては、チャチャを入れる気にならない。

アイン・ランドって、巧い作家だな〜〜思うのみ。

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