第2部(8) 強姦されるドミニク

ドミニクは寝室のベッドに腰掛けている。夜も更けている。彼女を囲む広い、がらんとした部屋には物音ひとつしない。寝室のフランス式窓がテラスに向かって開かれている。テラスの向こうに広がる暗い庭園からは、木々の葉のそよぐ音さえ聞こえない。

ベッドの毛布の端がめくられている。ベッドは、その中で眠る主を待っている。カバーの白い枕は、ベッドの上部高くにある黒い窓と対照的だ。眠るように努力しようとドミニクは思う。

あれから三日が過ぎた。ドミニクはあの男に会っていない。両手を頭に這わせる。手のひらが髪のなめらかな表面を押さえる。香水で湿った指先を、こめかみの窪みにあてる。少しの間、そのままじっとしている。肌の上に香水が冷たい。ひやりと皮膚を収縮させるような感触だ。かえってドミニクはホッとする。壜(びん)からこぼれた香水のしずくのきらめきが、鏡台のガラスの上に残っている。宝石のように、高価な何かのようにキラキラ光るしずくだ。

庭を行く足音をドミニクは聞かなかった。足音が聞こえたのは、それがテラスに通じる階段を上ってきたときだった。眉をひそめ、ドミニクは身を起こす。フランス式窓に目をやる。

あの男が入ってくる。作業衣を着ている。汚れたシャツの袖は腕まくりされている。石の埃でズボンは染みだらけだ。男はドミニクを見つめながら立っている。男の顔から何もかもわかっていると告げるような、いつもの冷笑が消えている。引き締まった顔だ。残酷なほど厳しく、情熱的なほどに禁欲的な顔だ。頬は削げ、唇は硬く締まり、気難しげに「へ」の字の形に閉じられている。

ドミニクは飛び上がる。両腕を後方に引き、手の指をいっぱいに広げて立つ。男は動かない。男の首に血管が浮いている。それが波打っているのがドミニクには見える。

それから、男はドミニクに向かって歩いてくる。男の肉体がドミニクの肉体を切り裂くかのように、男はドミニクを抱きしめる。ドミニクは感じる。男の両腕の骨が自分のあばら骨の上にあるのを。自分の両脚が男の両脚に抗って激しく動くのを。男の唇が自分の唇の上にあるのを。

ドミニクにはわからない。最初に自分を襲ったのは、恐怖の衝撃だったのか?だから自分は肘で男の喉を突き、男から逃れようと身をよじったのか?それとも、最初の瞬間、男の肌が自分の肌に触れたことに深い衝撃を感じたのか?だから、思わず男の腕の中で自分がじっとしてしまったのか?

それはドミニクが思っていたこと、予期していたこと、こんなものとは全く知らなかったこと、知っていたはずのないことだった。こんな事態は、生きることの一部などではなく、一秒なりとも耐えられないようなことだったのだから。

ドミニクは男から身を引き離そうとする。男の両腕から逃れようとする努力は手ごたえもなく空しかった。ドミニクの両のこぶしは男の両肩をぶつ。男の顔をぶつ。男は片手を動かし、ドミニクの両手首をつかみ、その手首をドミニクの背中に回す。もう片腕の下で、ドミニクの肩をひねる。ドミニクは頭を後ろにのけぞらせる。男の唇を胸に感じる。ドミニクは、やっと何とか自分の身を男から引き剥がす。

鏡台にドミニクの体がぶつかる。彼女は背後の鏡台の縁をつかんで立つが、疲労で背中が伸びない。目は大きく見開かれ、恐怖のために取り繕う余裕などない。

男が笑っている。男の顔に浮かんだ表情は笑いだ。笑い声をたてたわけではない。多分、男は、わざとドミニクを解放したのだろう。両脚を開き、両腕は脇にたらし、男は立っている。その姿は、さっきドミニクが男の両腕の中にいたときよりも、ふたりのあいだに距離があるがために、なお一層はっきり男の肉体というものを、その生々しさをドミニクに意識させる。

ドミニクは、男の背後にあるドアを見る。そのドアに走ろうと考えるのと同時に、彼女は身を動かした。しかし、その動きを男は見逃さなかった。男は腕を伸ばす。ドミニクの体には触れない。ドミニクは背中から転ぶ。男の両肩がわずかに動き、上がる。男は歩をすすめる。ドミニクの肩が落ちる。身を低くして這い、テーブルに身を寄せる。

男はドミニクをそのままにさせておく。それから、おもむろに近寄ってくる。造作なく男はドミニクの体を引っ張り上げる。ドミニクは、男の手に歯を当てる。深く噛む。ドミニクは舌先に血を感じる。男はドミニクの髪をひっぱり、後ろにのけぞらせる。男は抵抗するドミニクの口を開かせる。

ドミニクは獣のように戦う。しかし、音はたてない。助けを求める声は上げない。男の息の喘(あえ)ぎを通して、自分の手や腕が抵抗する音の反響が聞こえてる。男の喘ぎは、悦びのそれであることをドミニクは知っている。ドミニクは鏡台の上にあるスタンドに手を伸ばす。ドミニクの手から、そのスタンドを男は強く払いのける。闇の中で、スタンドのガラスが粉々に砕ける。

男はドミニクをベッドに放り投げる。ドミニクは、自分の喉に、自分の目に、血が脈打つのを感じる。自分の血の中に、憎悪が、救いのない恐怖が脈打つのを感じる。ドミニクは、その憎悪と男の手を感じる。男の手が自分の体をまさぐるのを感じる。花崗岩を砕く手が自分の体をまさぐるのを感じる。最後の抵抗を試みて、ドミニクは体を激しく動かす。そのとき、突然の痛みが突き上ってきた。その痛みは、彼女の体を貫き喉の奥まで達した。ドミニクは叫び声を上げた。それからドミニクは静かになった。

(第2部8 超訳おわり)

(訳者コメント)

アメリカの高校や大学の図書館にあるThe Fountainheadは、この強姦シーンのところで、パッと開くそうである。

ここだけ読む、もしくはここを何度も読み返す学生が多いのであろう。

このシーンを書いたために、アイン・ランドはアメリカのフェミニストから散々に批判されてきた。

アメリカの英文科あたりでは、この小説は低俗で通俗な男性中心主義のミソジニーmysogny(女性嫌悪)であると馬鹿にされてきた。

採石場の労働者ことハワード・ロークは、女性の意志を確認せずに強姦したということで、男性中心主義の性暴力行使者として糾弾されてきた。

ドミニクとロークは一目惚れどうしの暗黙の恋人どうしなんだから、この強姦はサドマゾ・ゲームみたいなものなのだから、プレイみたいなものであるから、いいのではないか……

と言うと、知性のカケラもない読者として軽蔑されるんであります。

ゼミで課題図書で読んでもらうと、女子学生は、冷静で無駄な争いはしないロークが強姦するなんて〜〜!!とショックを受けていた。

まあ、はっきり言いまして、これは作者のアイン・ランドが、自分の性的妄想をあけすけに臆面もなく書いちゃったのでありましょう。

ドミニクみたいな要塞みたいな女性は、対話とデートを重ねても心を開くはずないので、紳士的な手続きはぶっ飛ばして、まず身体から突破して、心に至るという戦略は有効でありましょう。

ただし、これは馬鹿な脳足りんの男性が考える「女性には強姦願望がある」という偏見を補強するものではありません。

女性に、「強姦願望」などというものは金輪際ありません。

このセクションも、ハワード・ロークのようなゴージャスな主人公だから説得力があるだけです。

 

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