第2部(5) ドミニクは採石場の作業員を誘惑する

ドミニクは期待に満ちて毎朝目覚めるようになった。到達されるべき目標ができたことで、一日一日が意義あるものとなったからである。その目標とは何か。その日は採石場に行かない日にするという目標である。

ドミニクは、自分が愛してきた自由を喪失してしまった。ドミニクは知った。ただひとつの欲望の抑えがたい力に抵抗する絶え間ない闘争も、また抑えがたい力であることを。しかし、それは彼女が好んで受け入れた形であった。あの男に彼女の生活を刺激させることができるとしたら、そういうやり方しかない。苦痛の中にも暗い充足がある。なんとなれば、その苦痛は、あの男から生じていたから。

ドミニクは、遠くに住む隣人たちを訪問するために外出するようになった。ニューヨークでは、彼女をとことん退屈させる裕福で優雅なる一族に属する人々である。その夏は、ドミニクはどの隣人も訪問していなかったので、訪問された側は彼女に会えて驚きもしたが、大いに喜んだ。

隣人が住む豪壮な屋敷のプールの縁に腰掛け、地位も名誉も富もある人々といっしょに、ドミニクは時を過ごす。自分の周囲の入念な優雅さに満ちた空気を見つめる。その上流階級の人々が自分に話しかけるときの立ち居振る舞いにこめられた敬意を見つめる。プールの涼やかな水面に映る自分の姿を見つめる。

ドミニクは思う。私は、ここにいる誰よりも繊細に見える。はるかに禁欲的に見える。もし、ここにいる人たちが、この瞬間、私が考えていることを読み取れたならば、どう反応するかしら?

悪意のこもったわくわくするような気分を感じながら、ドミニクは思う。私は、採石場のあの男のことを考えている。あの男の体に対して感じる欲望は親密なものだわ。他人の体に対しては感じないような、まさに自分自身の体に対してしか感じないような親密さだわ。それほどの激しい親密さで、私はあの男の体のことを考えている。もし、それをこの人たちが知ったら・・・

ドミニクは小さく笑う。彼女の顔の冷たい清潔さのために、彼女の微笑の本当の意味は誰にも見えない。彼女は再度、この種の人々を訪問する。自分に対する敬意がある場所で、そのような淫(みだ)らな思いを抱くために。

ある晩、彼女と同じ訪問客のひとりが、彼女の別荘まで自動車で送ろうと申し出た。彼は著名な若き詩人である。青白い顔をした痩躯(そうく)の青年である。瞳は宇宙全体に傷ついているという繊細な風情である。ドミニクは、その詩人がずっと自分を見つめていたことに気がついていなかった。その思いつめたような注視には気がついていなかった。夕暮れの中を自動車で送られているときに、ドミニクは、その詩人が自分の方に、ためらいがちに身を傾けてくるのに気がつく。その詩人の声が、今まで彼女が何度となく多くの男たちから聞いてきた類の懇願するような、つじつまのあわない様々な言葉をつぶやくのを耳にする。詩人は車を止める。彼の唇が自分の肩に押しつけられるのを感じる。

ドミニクは、その詩人から顔を背ける。一瞬の間は、じっとそのまま座っている。なぜならば、すぐに動いたら、その詩人に抵抗して顔を赤くしそうだったから。だから、彼女は、その詩人が自分に触れるのを耐えなければならない。それから彼女はドアを開け、そこから飛び出す。ドアを思いっきり強く閉める。まるで、ドアを閉める激しい音が、その詩人の存在を消し去るかのように。ドミニクは、やむくもに走る。しばらくしてから、やっと走るのをやめる。震えながらドミニクは歩く。どんどん歩く。自分の別荘の屋根の線が見えるまで、暗い道路をひたすら歩く。

ドミニクは歩みを止める。さきほどのことがあってから初めて思考がまとまってきた。そのとき、驚きながら自分の周りを眺める。先ほどのようなことは、過去にもしばしばあった。そんなときは、彼女は単に面白がったものだった。嫌悪など感じたことはなかった。何も感じなかったものなのに、なぜ今夜は?

ドミニクは別荘の前庭に広がる芝生をゆっくり横切り、屋内に入る。自室に向かう階段の途中で、また立ちどまる。採石場のあの男のことを思う。今、はっきりと形になった言葉で、彼女は思う。採石場のあの男は、私が欲しいのだわ。私は前からそれがわかっていた。あの男が最初に私に向けたまなざしから、それはわかっていた。でも、そのちゃんとわかっていたことを、私は私自身に決して言わなかった。

ドミニクは声をたてて笑う。自分の周囲を眺める。無言の輝きに満ちた自分の家を。この家は、自分で自分に言うことを決して許さなかった言葉、あの男は私に欲望を感じているという言葉を、実にとんでもない法外なものに思わせる。ドミニクは、自分の身に決して起きないことが何かわかっている。そして、あの男に自分が課すことができる苦しみの種類をわかっている。

何日もの間、満たされた思いで、ドミニクは屋敷中を歩き回る。ここは彼女の防波堤だ。採石場から爆破音が聞こえる。彼女は微笑む。

しかし、ドミニクはあまりに確信を感じていた。屋敷はあまりに安全だった。だから、それに挑戦することで、自分の安全さを傷つけたくなった。

寝室の暖炉の前面には大理石板がある。ドミニクはそれを選ぶ。そうか、これが壊れればいいのだわ、と思う。手にハンマーを持ち、ドミニクは跪(ひざまず)き、大理石を砕こうとする。細い腕を頭上高く振り上げ、凶暴なほどのどうしようもない気持ちで腕を振り下ろし、大理石を強く打つ。うまくいった。大理石に長いかき傷のようなひびがはいった。

ドミニクは採石場に出かける。遠くにあの男が見える。まっすぐその男の所に歩いていく。

「こんにちは」ドミニクは、さりげなく言う。

男はドリルを止める。岩棚にもたれる。「こんにちは」と同じように答える。

「あなたのことを考えていたのよ、ずっと」ドミニクは、柔らかに言ってから、一息おいて、こうつけ加える。彼女の声には、有無を言わせぬ強制的な招聘(しょうへい)のような調子がある。「私の家で処理されなければならない、いささか汚い仕事があるの。あなた、お金を余分に稼ぎたい?」

「もちろんですよ、フランコンのお嬢さん」

「じゃあ、今夜、私の家まで来てくださる?使用人用の出入り口に通じる道が、リッジウッド通りから少し離れたところにあるわ。暖炉の大理石が壊れたの。修理してもらわなくてはならないわ。壊れた大理石を新しいものに替えてもらいたいの」

ドミニクは、怒りと拒否の態度を期待していたのに、その男はこう問う。

「何時にお邪魔すればいいですか」

「7時。ここの賃金はいくらなの?」

「1時間62セント」

「それぐらいが妥当だわね。同じ割合でお支払いするわ。私の家までの道はわかるかしら?」

「いいえ、フランコンのお嬢さん」

「村の誰かに聞いて教えてもらって」

「かしこまりました、フランコンのお嬢さん」

ドミニクは、がっかりして、そこから立ち去る。自分とあの男の間にあった秘密の理解が喪失してしまったと感じる。あの男は、私が提供した仕事を、私が他の誰に頼んでもかまわないような単純な仕事であるかのように扱った。

それから、ドミニクは、体の内部に、あの落ちていくような、沈んでいくような喘ぎを感じる。あの男が、いつも彼女に与えた恥と悦びのあの感情だ。そう、ドミニクにはわかった。ふたりの間にあった理解は、今までよりももっと親密でもっと悪質になったのだと。

それは、あの男が、彼女の不自然な申し出を、いとも自然に受け入れたあの態度の中に見える。あの男は、どれぐらい了解しているかを、ちゃんと示した。彼女全く驚きを見せなかったあの態度によって。

 

(第2部5 超訳おわり)

(訳者コメント)

このセクションは、あまりカットしていない。

ドミニクの「採石場の労働者」への性欲というものを、作家は実に上手く生々しく表現しているので、カットするのは、もったいない。

文明社会であるので、一目惚れどうしの若い男女が、すぐに性欲を満たすために性交するというわけにはいかないので、こういう表現になるが、この小説の発表当時としては、非常に大胆で非常にセンセイショナルな表現であった。

女性作家は概して女性の性欲をストレートに描かない。つい綺麗にオブラートで包んだり純愛調で描いたり。

アイン・ランドは立派だ。ちゃんと、書く。そこあたりが、ハーレクインロマンスだ馬鹿にされる所以かもしれないが、私は作家として正直であり率直であると思う。

小説家が気取っててどうするんだ。正直にあからさまに書かなくては。

ドミニクのようなお嬢さんが、階級的に下に位置する採石場の労働者の肉体に強烈に魅せられるエロチズムもいい。

エロチズムとか情欲とかは、差異があるほど激しく切なく獰猛に掻き立てられるわけで、類似したもの同士の間では生まれない。

ほんとうは王子様と王女様の間では生まれない。やっぱ美女と野獣の間でなければ。

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