第2部(4) 恋する採石場の労働者と初めて話すドミニク 

ドミニクが思い出しているのは、その男の目ではなく、口ではなく、その男の手だ。

あの男と出会った日の意味は、彼女が目に留めたあるひとつのイメージの中に、こめられているようだった。その男が花崗岩に片手を置く一瞬のイメージの中に。ドミニクは、そのイメージをもう一度頭に浮かべる。その男の指の先端が石に押しつけられる。その男の長い指は、その男の手首から指の付け根の関節まで扇形に広がった腱のまっすぐな線へと続いている。ドミニクは、その男のことを思う。しかし、彼女の心に浮かぶその男は、花崗岩の上のあの手のイメージだ。そのことがドミニクを怯えさせる。なぜ手なのか?ドミニクには、その理由がわからない。

あんな男など、ただの作業員ではないか。受刑者がやるような労働をしている一時雇いの男ではないか。別荘の寝室の鏡台を前にして、ドミニクはそう思う。自分の前に広がる化粧品のガラスのビンを彼女は眺める。それらは氷の彫刻のようだ。そのガラスの容器には、ドミニクの冷たい贅沢な繊細さが映っている。ガラスがドミニクの美貌を賛美している。

ドミニクは、あの男の汚れた体を思う。誇りと汗にまみれて濡れていた男の衣服を思う。あの男の手を思う。ドミニクは、自分とあの男の対照を心の中で強調する。そうすることは彼女を冒涜するから。目を閉じ、椅子に背をもたれさせる。今まで、彼女が拒絶してきた地位も名誉もある多くの男たちのことを思い出す。それから、あの採石場の男を思い出す。自分が壊されることを想像する。自分が賞賛する男からではなく、自分が憎悪する男によって壊される自分を想像する。ドミニクは腕の上に頭を落とす。そういう男に壊される自分を想像することは快感だった。その快感を自分に許すという弱さの中に、ドミニクはいた。

2日間、ドミニクは自分に信じ込ませた。私はここから逃げる。トランクを開け、古い旅行の本を見つけ、それを読み、休暇に出かける場所とホテルを見つけ、ホテルでは特別室を手配させる。乗り込む汽車を選び、船を選び、汽車や船の個室のナンバーを確認する。

ドミニクは、自分にそう信じこませることに悪意ある悦びを感じる。なぜならば、ドミニクにはわかっていたから。そんな旅行など私がするはずない。私は、またあの採石場に行く。

3日後に、ドミニクは採石場に再び出かけて行く。あの男が働いている場所が見おろせる場で、立ち止まる。その男をはっきりと見つめながら、そこに立つ。その男が頭を上げたとき、ドミニクは目を背けない。ドミニクのまなざしは、その男に告げている。私は、私のしている行動の意味をわかっているわ、でもそれを隠すほどの敬意もあなたには感じていない、と。

その男のまなざしはドミニクにただこう告げている。君がここに来ることはわかっていた。その男は、ドリルに身を傾け作業を続行している。ドミニクは待っている。その男に自分を見上げて欲しい。その男は彼女の気持ちを知っていることを、彼女は知っている。しかし、その男は、二度とドミニクの方を見ようとはしない。

ドミニクは、その男の手を見つめながら、その男が石に触れる瞬間を待ちながら、立っている。もうドリルもダイナマイトも忘れている。ドミニクは、その男の手によって砕かれる花崗岩のことを考えていたい。

ドミニクは、現場監督が自分のいる方向に向かって道を歩きながら、自分の名前を呼ぶのを耳にした。現場監督が近寄ってきたとき、ドミニクは振り返り、こう言う。

「働いている人たちを見ていたいのです」

「そうですな、眺めてると、けっこう面白いでしょう?向こうに行けば、石を運んで出発する汽車が見れますよ」

ドミニクは、汽車など見ていない。下方にいるその男が自分を見ているのを見ている。その男のまなざしは、事態を面白がっている。不遜さを垣間(かいま)見せている。その男のまなざしが、ドミニクに告げている。君が今は僕に君を見て欲しくないと思っていることを僕はわかっている、と。ドミニクはぷいと首を背ける。現場監督は、巨大な穴のような作業現場に目を走らせる。下方にいる、その男に目を留める。現場監督は怒鳴る。

「おい!そこにいるお前!ちゃんと仕事しろよ!ボーッとしてんじゃないぞ!」

その男は何も言わずドリルに身をかがめる。ドミニクは、大きな声で笑う。

現場監督が言う。

「ありゃ、ここで雇ったどうしようもない奴なんです・・・ここには、刑務所にいたこともある奴も多いですよ」

「あの人も刑務所にいたのかしら?」とドミニクは言い、「あの男」を指さす。

「いやあ、それはわかりません。見かけでは、わかりません」

ドミニクは、その男が受刑者だったらいいと思う。いまどきの刑務所では、囚人を鞭で打ったりするのかしら。そうだといいのに。そう思うと、ドミニクは、子ども時代に感じたことのあるドンドン底に沈んでいくような喘(あえ)ぎを感じる。長い階段を落ちていく夢の中で感じた喘ぎである。しかし、今は胃の中に何かが落ちていく気がする。

ドミニクは、そっけなく踵(きびす)を返し、採石場から離れる。

何日も過ぎてから、ドミニクはまた採石場に来た。ドミニクは、思いがけなく、あの男に会った。採石場を見おろす場所に通じる小道の脇のそばにある石が平坦に延びたところに、その男がいた。ドミニクは、ハッとして立ち止まる。こんなに近くでは会いたくなかった。自分の目の前すぐにその男がいるのは不思議な気がした。それも全く無防備に、距離という障壁も何もない状態で。

「なぜ、あなたはいつも私を見つめるの?」ドミニクはきっぱりと訊ねる。

ドミニクは、自分の発した言葉が、今の二人の近すぎる距離を広げるのに一番いい方法だと判断する。彼女は、自分とその男の両方が知っているあらゆることを否定する。自分とその男の間にあった暗黙の行為そのものを、なかったことにすることによって。

ほんの少しの間、その男は、ドミニクを見つめながら黙って立っていたが、こう答えた。

「君が僕をみつめていたのと同じ理由で」

「何を言っているの?わけがわからないわ!」

「もし、君が本当に僕の言っていることがわからないのならば、君はそんなに驚かなかったろうし、そんなに怒らなかっただろうね、フランコンのお嬢さん」

「なんで私の名前を知っているの?」

「君自身が大きな声で宣伝していたじゃないか」

「あなた、そんなに無礼じゃないほうがいいわよ。私は、すぐにでも、あなたをクビにできるのよ」

その男は頭をめぐらし、下方に広がる採石場で働く男たちの中から誰かを探す。その男はドミニクに言う。

「現場監督を呼んでこようか?」

ドミニクは、馬鹿にしたように微笑む。

「もちろん、呼ぶ必要なんかないわ。そんなことでは簡単すぎるもの。でも、あなたは私が誰か知っているのよね。ならば、私がここに来たとき、そんな風に私を見つめるのは、やめたほうがいいんじゃないの」

「そうかなあ」

ドミニクは顔を背ける。声をちゃんと冷静に保つ必要がある。彼女は、掘り出され切り出された花崗岩が峰をいくつか作っているのに目をやる。彼女は男に訊ねる。

「ここで働くのは、とても大変なのでしょう?」

「うん。すごく大変」

「疲れるでしょう?」

「非人間的なぐらいに疲れる」

「どんな気分になるの?」

「一日の作業が終わると、歩くのもやっとって感じ。夜になると、腕を動かすこともできない。寝床に入ると、からだの筋肉を全部数えることができるぐらい。筋肉ごとに痛みが違うから」

ドミニクは急に気がつく。この男は、自分自身のことを私に話しているのではないわ。この男は、私がこの男に訊ねたいことを話している。なぜ私がこんなことが知りたいのか、その理由をこの男は知っている。それをちゃんと僕は知っていると、この男は私に告げている。

なによ、こいつ・・・ドミニクは怒りを感じる。心を満たすような怒りだ。なぜならば、その怒りは冷たく確固としたものだったから。ドミニクは、自分の肌をその男の肌に触れさせたいという欲望も感じる。彼女のむき出しの腕の長さいっぱい、その男の腕に押しつけたいという欲望を感じる。しかし、まだそこまでだ。ドミニクの欲望は、それ以上は行かない。

ドミニクは、静かに質問する。

「あなたは、このような場所で働く人ではないわね。あなたの話し方は作業員らしくない。前は何をしていたの?」

「電気技師。配管工。左官。いろいろたくさん」

「どうして、ここで働いているの?」

「君の家が払ってくれる賃金が欲しいからですよ、フランコンのお嬢さん」

ドミニクは肩をすくめる。向きを変え、その男から歩き去り、採石場へと向かう小道を進む。男が自分を見つめていることはわかっている。

ドミニクは振り返らない。採石場を通り抜ける道をそのまま歩き続ける。できるだけ早くその場を離れる。

別荘に帰るときには、あの男にまた出会うことになるかもしれない小道にはもどらない。別の道を通ってドミニクは帰る。

(第2部4 超訳おわり)

(訳者コメント)

この小説がアメリカで再映画化されるそうである。

再映画化されるならば、是非とも小説の実年齢に近い俳優に演じてもらいたい。

でないと、ロークとドミニクの性的暴走にリアリティが出ない。

1949年版映画のゲーリー・クーパーは当時40歳過ぎ。やっぱ無理があった。

かつてシェークスピアの『ロミオとジュリエット』が原作の恋人たちの実年齢に近い俳優たちを使って映画化された。

16歳の男の子と14歳の女の子で。

『ロミオとジュリエット』は、出会いから2人の死まで、たった3日間の出来事を描いてる。

16歳の男の子と14歳の女の子が一目惚れで性交して、でも親が許さないので、14歳に女の子は死んだふりして親元から逃げて駆け落ちしようと思ってる。それを伝言され損ねた16歳の男の子は女の子が死んだと思ってサッサと自殺しちゃう。それを見た女の子もサッサと自殺しちゃう。

アホみたいな話だ。短気もいいところだ。

日本で劇化されると、アホらしくて見れない。演じる俳優が老けてるので。

あれは、16歳と14歳の性的目覚めに振り回される発情期のガキが演じないと面白くない。

が、16歳と14歳のガキどうしなら、リアリティが出てくる。初恋で初めての性交で興奮しての軽挙妄動にリアリティが出てくる。

恋愛というのは、頭がおかしくないとできない。幼稚でないとできない。

恋愛の意味がわかる時期に恋愛はできない。アホらしいから。

だから晩婚化って由々しき問題だ。発情期にサッサと発情できない文明社会って、生き物としては、つまらんね。

 

 

 

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