第2部(3) ドミニクは採石場の労働者に一目で恋する

その朝は太陽があまりに暑く照りつけていた。採石場ならばなおさら暑く照りつける。ドミニクは誰にも会いたくなかった。そこに行けば作業員の一団に会うことになる。なのに、にもかかわらず、だからこそ、ドミニクは採石場まで歩いて行った。こんな強烈に暑い日に採石場の作業を見ることは、さぞ不快なものだろう。彼女は、その見通しを楽しんだ。

森から抜け、大きな石の鉢のような採石場を見下ろす場所にたどり着く。そのとき、ドミニクは熱湯消毒の蒸気でいっぱいの殺菌部屋に押し出されたような気持ちがする。熱気は空から来ているのではなく、大地に切り込まれたその裂け目から生じている。同時に、熱気は、掘り出された花崗岩の裂け目からも生じている。掘り出された花崗岩の表面が平らなので、反射鏡のような役割をして、熱気を増幅させている。

そんな熱気が充満している砕石場を見下ろす場所にいるドミニクは涼しい。肩も頭も背中も空の大気にさらされているから涼しく思える。その一方で、石の熱い吐息が、ドミニクの両脚やあごや鼻腔まで立ち上ってくるような気がする。

下方で空気が光った。花崗岩の中を貫く爆破の火花だ。白い点となった溶岩の形となり、石が動き、溶け、走っている。と、ドミニクは感じる。ドリルやハンマーが空気のじっとりと動かない重さを打ち砕いていく。

溶鉱炉のように熱く暑い採石場の岩棚の上で作業する男たちを見るのは猥褻(わいせつ)だった。彼らは作業員には見えなかった。彼らは、口に出しては言えない罪のために、口に出しては言えない償いをしている囚人の一団に見えた。ひとつの鎖に繋がれた囚人たちに見えた。ドミニクは目を逸らすことができなかった。

ドミニクは、侮蔑として、下方で繰り広げられる光景に向かって立ち、砕石場を睥睨している。そのとき彼女が身に着けているドレスは水の色である。薄い緑がかった青色である。それはきわめてシンプルでかつ高価なものである。そのプリーツは、ガラスの縁のように正確だ。採石場を見下ろす場所に彼女は両脚を広げ、しっかりと立っている。華奢(きゃしゃ)なハイヒールをはいている。ドレスも、靴も、なめらかなヘルメットのような彼女の髪も、空を背景にして立つ彼女の体つきの誇張されたような細い繊細さも、すべてが、彼女という人間が生きている庭園や客間の入念に贅(ぜい)をこらされた清涼さというものを、ひけらかしている。見せびらかしている。

ふと、ドミニク目が、ある作業員のオレンジ色の髪の上に止まる。その男は頭を上げ、ドミニクをじっと見つめていたから。

ドミニクは、じっと身動きもしないで立っている。ドミニクが最初に感じたのは、視覚的なものではなく触覚的なものだった。それは自覚だった。目に見えるものを認識したという自覚ではなく、顔をピシャリとぶたれたという自覚である。彼女は、片手をぎごちなく体から話した。手の指が、まるでそこに壁があるかのように、その壁に押し付けるかのように、宙に広げられた。なにゆえか、その男が許すまで自分は動くことができないのだと、ドミニクは感じた。

ドミニクは、その男の口を見る。その男の口の形にこめられた沈黙の軽蔑を見る。その男のやせて窪んだ頬を見る。その男の目の冷たい純粋な輝きを見る。その目には、同情心のかけらもない。

ドミニクにはわかった。その男の顔は、彼女がそれまでに見た中でもっとも美しい顔だということが。その男の顔は、強さという抽象性が目に見える形になったものだ。ドミニクは発作のような怒りを感じる。抗議して抵抗したい気持ちがこみ上げてくる。と同時に、痙攣(けいれん)のような喜びも感じる。その男はドミニクを見上げて立っている。それは、眺めているという視線ではない。それは、見つめている対象をすでに所有したものとしている視線だ。その男の無礼(ぶれい)さに見合った答えを与える表情をしなければならないと、ドミニクは思う。しかし、そのかわりに、その男の太陽に焼けた腕の上に積もっている石の埃を、彼女は見つめている。その男の胸にピッタリとつき、彼のあばら骨を浮き上がらせている汗に濡れたシャツを見ている。その男の長い脚の線を見ている。

ドミニクは、自分がずっと求め思い描いてきた男の立像を思い出す。そのような理想の男は裸にしたらどう見えるだろうかと、彼女は思い描いてきたものだった。その男が、自分が空想の中に描いてきた男が、まさにその男が自分を見ている。

その男は、彼女が何を考えているか知っているかのようだ。ドミニクは、自分に生きる目的が見つかったかのように思う。すなはち、その男に対する突然の憎悪が胸に大きく広がるのを感じる。

まず、ドミニクは動いた。その男から視線を離し、そこから立ち去った。道の向こうに、採石場の現場監督がいるのを見つけ、手を振った。現場監督は、急いで彼女への挨拶にはせ参じた。「おや、フランコンのお嬢さんですか。どうも、ご機嫌いかがですか、お嬢さん!」と、現場監督は大声で言う。

下の作業場にいたあの男の耳に、この言葉が届けばいいのに、とドミニクは思う。生まれて初めて、ドミニクは自分が「フランコンのお嬢さん」であることを嬉しく思う。自分の父親の社会的地位と所有物を嬉しく思う。いつもは、そんなことは軽蔑していたのに。

突然ドミニクは思う。さっきの男なんて単なるありふれた労働者じゃないの。この採石場の所有者に所有されている労働者じゃないの。私は、ここの所有者みたいなものなのよ。

現場監督はドミニクの前でかしこまって立っている。彼女は微笑んで言う。

「いずれ、ここの採石場を私が受け継ぐことになりますでしょう。だから、たまには、こちらを見学させていただきたいと思いまして」

現場監督は、ドミニクの道案内をする。彼自身の担当区域を見せ、作業内容を説明する。現場監督の後につき、ドミニクは採石場の中を通り、その奥まで見て回る。埃っぽい緑の谷間のような作業現場まで降りる。見る者を驚きあきれさせるような機械類も見学した。そうしていても決しておかしくは見えないようなことをしながら、たっぷり採石場で時間を過ごした。ドミニクは、自分がそうするのを自分に許した。それから、彼女はおもむろに、誰にも案内されずに、花崗岩の鉢のような採石場の端を歩き、もと来た道を辿(たど)る。

少し離れたところに、あの男がいる。ドミニクはその男の方へ近づいている。男は作業中だ。赤い髪の一筋が男の顔にかかっている。その顔に落ちた髪が、ドリルの振動とともに揺れている。ドミニクは思う。あのドリルの振動があの男を傷つけるといいのに。あの男の体を傷つけ、あの男の体の中の何もかもズタズタにすればいいのに。

その男の姿をよく見おろすことができる岩の上に、ドミニクは立った。そのとき、その男が頭を上げ、彼女を見た。その男は、ドミニクが近づいてくるのを見てはいなかった。そのはずだった。ドミニクは、それを知っている。なのに、その男は、彼女がそこにいたことは予期していたと言わんばかりに、彼女を見上げる。

その男の顔に微笑のようなものがよぎるのをドミニクは見逃さなかった。言葉で表すよりも、もっと軽蔑的な微笑だった。その男は、まっすぐに彼女を直視する無礼な態度を変えない。その男は、そんなふうにドミニクを見る権利など自分にはないということを知る気もなさそうである。その男は、ドミニクを直視する権利を勝手に手にしているばかりではない。その男は暗黙のうちにこう言っている。あんたが俺にその権利をくれたのだ、と。

ドミニクは、ツンと顔を背け、歩き出す。岩だらけのごつごつした坂を下り、採石場を後にする。

(第2部3 超訳おわり)

(訳者コメント)

この辺りを訳していたのは、2002年で49歳。あの時点では、ワクワクドキドキと訳していた。

今は、気恥ずかしい。

小説というのも、読みどきがあり、訳しどきがあるのだろう。

ドミニクもロークもこれ一目惚れ。

お互いがお互いに一目惚れであることがお互いに瞬時でわかるという恋愛。

ならば一直線に性交しましょう〜というわけにはいかないから、文明社会では面倒ですね。

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