第2部(2) ドミニクの別荘での暮らし

ドミニク・フランコンは、採石場から5キロ弱ほど離れた父親の地所に立つコロニアル様式の広大な別荘に、その夏はひとりで過ごしていた。

客は一人も招かなかった。年老いた別荘管理人とその妻だけが、ドミニクが接する人間だった。それもしょっちゅうではなく必要な時だけである。この夫婦は別荘からいくらか離れた所に、厩舎の近くに居住していた。夫妻の夫の方は、馬の世話や地所の管理などを担当する。妻のほうは別荘内の家事をこなし、ドミニクの食事の世話をする。

食事は、優雅なる厳格さで、この老婦人によって給仕される。これは、この老婦人がドミニクの母親が存命中に、この広い食堂で訪問客をもてなしていた頃に学んだものである。

夜になると、ドミニクは正式な晩餐用にしつらえられたテーブルの唯一の席を占める。テーブルには蝋燭(ろうそく)が立てられている。蝋燭は舌のようにチラチラ燃える黄色い炎を灯されている。蝋燭は名誉の守護者の輝く金属の槍のごとく、みじろぎもせず立っている。夜の闇が食堂に忍び込む。さらに広間へと広がる。広間の大きな多くの窓は、ずらりと整列した衛兵のようだ。

晩餐の長いテーブルの真ん中に浅いクリスタルの鉢が置かれている。シャンデリアの下方で光が丸く注がれているあたりに。そのクリスタルの鉢の中で、一輪の睡蓮が黄色い光の輪の中心で白い花弁を広げている。蝋燭の炎がこぼれたかのように。

別荘管理人の老婦人は、慎み深く黙って食事を給仕する。彼女は仕事が終わると、できるだけ早く屋敷から退出する。ドミニクが寝室のある階上まで行くと、繊細なレースでできたナイトガウンが、ベッドの上に折りたたまれて置かれている。

朝になりドミニクが浴室に入ると、浴槽にはすでに湯が張られている。彼女が好きな入浴剤のヒヤシンスの香りがしている。アクアマリンのような藍色をしたタイルは磨きたてられ、彼女の足の下で輝いている。とても大きなタオルが、彼女の体を包むべく、雪の吹き溜まりのように真っ白に広げられている。なのに、ドミニクは、屋敷内で何の足音も人の気配も感じなかった。老婦人のドミニクへの態度は、客間のキャビネットにあるベネチアガラスを扱う時と同じく、恭(うやうや)しく注意深いものだった。

ドミニクは多くの人々に囲まれながら実に多くの夏や冬を過ごしてきた。だから、ほんとうに独りでいるという経験は、彼女にとって魅惑的なものであった。楽しかった。しかし、それは自分自身への裏切りであった。ドミニクは、そういう純然たる楽しみを自分に許してこなかったのに。楽しみは自分の弱点になる。今のドミニクは自分の弱点に耽溺している。油断と隙だらけである。

ドミニクは両腕を伸ばす。酒の最初の一杯の後のような、肘の上あたりに甘い眠たいような重さを感じる。その重さを味わいながら両腕をだらりと下ろす。自分が身につけているサマー・ドレスに気がつく。身動きするとき、布地のかすかな抵抗に出会う膝や太ももを感じる。身動きすると、布地ではなく、膝や太ももを感じる。

別荘は、広大な敷地に建てられている。屋敷のはるか向こうまで森が広がっている。何キロも先に行かないと隣人がいない。

ドミニクは、馬の背に乗って道を進む。もう誰も通らないような見捨てられた道だ。どこに行くとも知れない隠れ道をドミニクは進む。木々の葉が太陽の光に照らされてきらめく。彼女が道を馬で走っていくときに起こる風に小枝がはじけて折れる。

なにか巨大で破壊的なものが、次の道を曲がったところに待ち構えているかもしれないという感情が唐突にわいてくる。ドミニクは息を止める。自分が何を期待しているのか、ドミニクにはわからない。それが、ある光景なのか、人間なのか、ある出来事なのかもわからない。わかるのは、そのものがどういう質のものであるか、だけだ。それは何か神聖なるものを冒涜する感覚だ。何かを犯す悦楽のような。

時々、ドミニクは屋敷から出て何キロも歩く。目的地を定めず、何時間も戻らなかったりする。州と州を結びつける幹線道路を歩く彼女を自動車が抜いて走り去る。

採石場の人々は彼女が誰であるか知っているので、彼女に会釈する。彼女は、彼女の母親が昔そうであったように、このあたり一帯を領土にした女城主である。

ドミニクは、道路から脇に入り森の中を歩いて行く。両腕はのんびりだらりとたれて揺れている。頭をのけぞらせ、木々の頂上を眺める。木々の葉のむこうに、泳いでいるような雲が垣間見える。目前の一本の巨大な木が動き、傾き、いかにもすぐにでも落ちて彼女を潰してしまうように思える。

彼女は立ち止まる。待つ。頭をのけぞらせ、喉をしっかりと引き締める。まるで潰されたいかのように彼女は感じる。それから肩をすくめ、さらに歩く。決して細くはない枝が、彼女が進んでいく道を邪魔する。しかし、ドミニクは短気にそれらを投げ捨てるように払って行く。だから、むきだしの腕は引っかき傷だらけだ。

疲れを感じる前に、随分と遠くまで来た。筋肉の疲労に逆らい、さらにドミニクは歩く。自分を駆り立てる。それから、疲れ切って地面にあおむけに寝転がる。そのままじっと身を横たえている。地面に大の字に両腕と両脚を広げる。深呼吸をする。虚脱した力がすっかり抜けた気分だ。乳房の上を圧するように空気の重みを感じている。

寝室で目覚めたとき、花崗岩の採石場で石を爆破する音が聞こえる朝がある。ドミニクは大きく伸びをする。白い絹のシーツの上で頭上高く両腕を広げる。それから耳をすませる。破壊する音。ドミニクは、その音が好きだ。

(第2部2 超訳おわり)

(訳者コメント)

ドミニクは、どこかで予感している。

何かが変わることを。

何かに自分が出会うことを。

コネティカカットの父の別荘で過ごす平和な夏の日々に、なにか不穏なものが入り込みつつあることを。

出会ってしまってからのドミニクの人生は激しく揺さぶられることになる。

このセクションでは、嵐の前の静けさを楽しむドミニクが描かれている。

アイン・ランドは、本質的にロマンチックな作家である。

この小説は、反アイン・ランド読者からは、「ハーレクイン小説みたいなもんだ」と馬鹿にされてきた。

ハーレクイン小説は読んだことがないので、私自身は比較しようがない。

でもまあ、ロマンチックではあるが激しい何かが始まる予感は、読んでいても楽しいではないか。

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