第2部(1) ロークの採石場での暮らし

両脚をしっかりと踏みしめること。地面に強く押しつけ、平らな岩が足の裏を上向きに圧するのを感じるまで踏みしめること。

自分の身体が存在していること、今ここに存在していることを感じるばかりでなく、緊張の塊を膝や手首や肩や自分が持っているドリルに感じること。

目の前で岩棚の直線的な線がドリルによって崩れ、ギザギザと切りこまれるような流れとなって震えているのを感じること。

ここの石は、風や潮流による堆積(たいせき)物を融合するような忍耐強い気の遠くなるような時間によって形成されたものではない。ここの石は、人間が見たこともないような地下の奥深いところで、ゆっくりとゆっくりと冷却された溶岩の塊からできている。ここの石は、荒々しく突かれ、無理やり地上に現れた。だから、ここの石は、この石の脈を地下から掘り出した人間の暴力に抵抗し、自らも荒々しい禍々(まがまが)しい形を曝(さら)け出している。

ロークは、この仕事が好きだ。自分の筋肉と花崗岩がレスリングの試合をしているみたいなのだ。

夜になると、ひどく疲れを感じる。この体が消耗しきって虚脱する感覚がロークは好きだ。シンプルでいい。

ロークの宿舎となっている家の屋根裏には浴室がある。もう随分前から、床のペンキは剥げている。むき出しの床板は、すでに灰色っぽい白色だ。長い間、ロークは浴槽につかる。冷たい水が体に染み入り、毛穴から石埃を洗い出す。頭をぐいと後ろにそらし、浴槽の縁に頭を置く。目を閉じる。疲労の大きさは、それ自身で慰めとなる。緊張が筋肉から消えていく快感は、疲労が大きければ大きいほど、ゆっくりと感じられる。

ロークは、屋根の真下にある木造の狭い屋根裏部屋で眠る。ロークのベッドの上には、天井板が斜めにかかっている。雨が降ると、屋根に雨の水滴がぶつかる音が聞こえる。こんなにも間近(まぢか)に雨が屋根を打つ音がはっきり聞こえるのに、自分の体に雨を感じないのはなぜなのか。ロークは、その理由を理解するのに手間取ってしまう。それほどに雨の音が生々しく聞こえる。

体を回転させて仰向けになる。体の下の地面の暖かさを感じながら、ロークはじっとしている。はるか頭上で、木々の葉はまだ緑色に目に見える。しかし、その緑の色は濃い圧縮されたような緑色だ。夕暮れが来てその色を闇に溶かし込む前に、その緑の色が凝縮されたかのようである。

時にはロークは座り込んで長い間そうしていることもある。それから微笑む。犠牲者を見つめる暗殺者のゆっくりとした微笑だ。ロークは過ぎていく日々を思う。自分が手がけることができたはずの、自分がそうするべきであったはずの、たぶんもう再び手がける機会などない建築物のことを考える。その苦しさと痛みと自分が戦っていることを眺めることは、ロークに奇妙な硬質な悦びを感じさせる。それは明らかに自分の戦いであり自分の苦しみなのに、ロークはそのことを忘れることさえできる。自分自身の痛みにさえ軽蔑の微笑を投げかけることができる。

僕は、花崗岩にドリルを突き刺す。岩を裂き粉砕する。自己憐憫の感情を絶えず呼びおこす僕自身の中の何ものかを僕は粉砕しなければならない。

それでいながら、ロークは自分が嘲笑している対象は、自分自身の苦闘だと意識していない。そんな瞬間はめったに来るものではなかったが、しかしそんな時が来ると、ロークは自分が採石場にいるように感じる。

ロークは、冷たい距離のある好奇心で、心に抱えた自分の痛みを凝視する。その痛みは形となって彼の心に浮かぶと言うものではなかったが。ロークは自分に言う。いいさ、また待つ時期が来た。今度の待ち時間はどれほど長くなるのだろう。

磨かれたレモン色の空を背景に、木々の葉は風にそよぐこともなく静かに在る。その空が帯びている輝くような蒼白の色は、空の光が衰えつつあることをはっきりと示している。ロークは、体の下の地面に腰を押しつけてみる。地面は抵抗したが、ロークの押す力に負けて少しへこむ。静かな勝利だ。両脚の筋肉に、かすかな感覚的な悦びをロークは感じる。

夕食後ときどき、ロークは宿舎の裏にある森に散歩に出かける。地面に横たわり腹ばいになる。両肘を目の前に置いて、あごを両手で支える。顔の下あたりに茂っている草の緑色の葉に浮かぶ葉脈の模様をじっと見つめる。草に息を吹きかけてみる。草の葉が震え、また止まるのをじっと見つめる。

ロークは、他の作業員とともに、宿舎の台所で夕食をとる。台所の隅にあるテーブルにひとりで座る。やたら大きなガスレンジでいつも油脂がパチパチ音をたてている。その油脂の毒気が、台所全体に充満する粘々とした靄(もや)を覆っている。ロークは、あまり食べない。水は大いに飲む。清潔なコップに注がれた冷たいキラキラ光る液体はロークを酩酊させる。

夕暮れになると、ロークは採石場から作業員用宿舎がある小さな町まで、3キロ以上の道のりを歩く。途中に通過する森の地面は、彼の足の下で柔らかく暖かい。花崗岩の隆起したもの ばかり見ている採石場で一日過ごした後なので、その感覚は奇妙だ。夕暮れになると毎日、日々新たにこの感覚を味わう。ロークは微笑む。地面の表面を踏む自分の足元を見下ろす。土はロークの足の重みに応えて窪(くぼ)む。そこに、かすかな足跡を作る。

石の直線的な断面が、それぞれの石が切り出されたときの力の強さを証明している。それぞれの石を切り出した一撃の力は、いっさい曲がることなく直線的に行使された。石も、いっさい曲がることのない直線的な抵抗をして、ひび割れこじ開けられた。石の採掘に使用されるドリルは、低く絶え間なくブーンという音をたてて奥へ奥へと突き進んでいく。緊迫したその音は、神経を突き刺し切り裂き頭蓋骨まで貫通する。その振動する道具は、石ばかりでなく、その道具を持つ人間をもゆっくりと粉砕していくかのようだ。

ロークは、太陽に燻(いぶ)され熱した石の上に立っている。顔はブロンズ色に日に焼けている。シャツは肌に張りつき、長い汗に濡れたしみを背中に作っている。採石場は、互いが互いを壊している平らな棚の形で、ロークの周囲にある。それは、曲線とか草とか土のない世界だ。石の面と、石の先端と角だけででき単純化した世界だ。

これらが、ハワード・ロークの生活の全てだった。この2ヶ月間の彼の生活は、このようなものであった。

(第2部1 超訳おわり)

(訳者コメント)

第2部全体のタイトルは、「エルスワース・トゥーイー」である。

だから、不快だけれども、第2部にはトゥーイーがよく登場する。

第2部の主たる出来事は、ロークとドミニクの出逢いと再会と別離であり、この小説の中でも最もロマンチックな部分である。

このセクションは、のっけから、妙にロークがセクシーな感じだ。生々しく描かれている感じだ。

砕かれる花崗岩と砕くロークは、いずれ爆発するロークの性的エネルギーを予告している。

同時に、ロークの建築への情熱の爆発を予告している。

この第2部は、第1部より格段に面白くなる。

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