第1部(41) 仕事がないローク

その年の冬の何ヶ月かの間、ロークに依頼された仕事はまったくなかった。設計手数料が手に入る見込みはなかった。

ロークは、事務所の机についているのだが、時々は、夕暮れになり部屋が暗くなっても電燈をつけるのを忘れた。まるで、事務所の部屋中に流れていた時間が重く動きをとめたかのようだった。ドアが重く動きをとめ、空気が重く動きをとめ、ロークの筋肉の中に浸透し始めているかのようだった。

ロークは立ち上がり、壁をめがけて一冊の本を投げつける。自分の腕が動くのを感じるために。それから落ちた本を取り上げる。それを、机の上にきちんと戻す。机の上の電気スタンドをつける。スタンドの下にできた円錐形の光から両手を引っ込める前に、彼は動きを止める。自分の両手を見る。ゆっくりと両の手の指を広げる。

それから、キャメロンが自分に言った言葉を思い出す。ロークが自分の事務所のドアの写真をキャメロンに見せたときに、彼が言った言葉だ。

ロークは、さっと両手を動かし、もう両手を広げて凝視したりはしない。コートに腕を伸ばす。事務所の灯りを消す。ドアに錠をして帰宅する。

春が近づいてきた。もう蓄えが尽きかけていた。それでも月初めに、ロークはサッサと事務所の賃貸料を支払っていた。彼は、これから先、1ヶ月もあるのだという気持ちを味わいたかったから。その間は、この事務所をまだ僕は所有できる。

毎朝、ロークは静かに事務所に入る。そして、夕暮れになり暗くなり始めると、自分が、カレンダーに目をやるのが苦痛になっていることに気づく。1ヶ月のうちの1日がまた過ぎてしまったと知ることになるから。そうとわかると、彼は強いて自分にカレンダーを見るようにさせる。僕は、いまひとつのレースをしている最中だ。事務所の賃貸料と何かのレースだ。ロークには、その何かがわからない。賃貸料の競争相手の名がわからない。多分、それは、彼が街ですれちがう人々なのだ。世間というものなのだ。

ロークが事務所に行くとき、ビルのエレベーター操作係たちは、奇妙な、かつ怠惰で詮索好きなまなざしで、彼を見る。ロークが口をきくと、操作係の従業員たちは、無礼でなく答えはする。しかし、無関心な調子で母音を伸ばして答える。それは、たちまちに傲慢無礼になるように思える言い方だった。その連中は、ロークが何をして、なぜそうしているかは、知らない。知っていることは、ロークのところに顧客が全然来ないということだけだった。

建設工事中の建物のそばをロークは通り過ぎる。立ち止まって、その鋼鉄の枠組を見る。まるで梁や桁(けた)がひとりでに形を整えて家になっているように彼には感じられる。しかし、それは、ロークにとってバリケードのように感じられる。建設現場を囲む木の柵から数歩しか離れていない場所にロークは立っている。わずか数歩で渡ることができる小道がロークとその建設現場をへだてている。その数歩の距離は、彼が決して行くことのできない数歩だった。

そう思うのは、ロークにとって苦痛だ。しかし、ロークはわかっている。その痛みは、ロークの体を突き通すことはない。どんなに痛くても、その痛みは、ロークの魂の奥まで達することはない。ロークの魂まで抉ることはない。

ロークが設計したファーゴ・ストアはすでに開店していた。しかし、たったひとつのビルで、衰退しつつある近隣全体を救うことはできない。ファーゴの競争相手は正しかった。マンハッタンのどの地区が賑わい栄えるかを決める流れは変わってしまっていたのだから。街の中心は北の方に移動していたのは本当だった。

買い物客はファーゴを捨てつつあった。ジョン・ファーゴの凋落について、大っぴらに人々は噂した。ファーゴは、とんでもなく非常識なビルに投資するというお粗末な判断をしてしまったと。ファーゴが変な建築家に建てさせたビルは、こんな革新的で斬新なデザインなど世間は受け容れないということを証明するはめになったと。

その新築のファーゴの百貨店が、ニューヨークで最も清潔で、最も明るいということは、噂されなかった。そのビルの設計に施された様々な技法は、いまだかつてないほど、ビルの管理や操作が容易なものだった。そのビルが建てられた地区は、それが建てられる前に、すでにしてその繁栄の盛りが過ぎてしまっていた。それだけのことであったのに、ロークの設計したファーゴ・ストアというビルが、その地区の凋落の責めを負うことになってしまった。

3月の末に、ロークはロジャー・エンライトに関する記事を新聞で目にした。

ロジャー・エンライトは、莫大な資産の持ち主である。石油採掘の出資者であり、かつ慎みという感覚は一切ない人間であったので、新聞に書き立てられるのが常であった。彼が繰り出す突然の冒険の数々の、その一貫性のない多種多様さのために、彼は半ば感嘆され、半ば嘲笑されていた。

最近の彼は、新しいタイプの住宅開発計画に挑んでいる。それぞれのアパートメントが、高価な一戸建て住宅のような設備の全てを持ち、かつ独立性を保っているアパートハウスの建設である。それは、エンライト・ハウスと将来知られることになる。そうなるのは、もう少し先の話だ。

エンライトは、自分は既成のどの建物にも似ていないものしか欲しくないと宣言していた。で、彼はニューヨーク中の最高の建築家に依頼しては、その設計案を見ては断ってきた。

ロジャー・エンライトに関する新聞記事を読んだとき、ロークはこの記事こそ自分への個人的招待状だと感じた。まさに、明らかに自分のために容易された機会であると、ロークは思った。

エンライトの秘書に、エンライトとの面談を申し出た。その秘書は若い男だった。退屈そうにロークに建築経験について多くの質問をした。ダラダラと、それらの質問はなされた。質問に対する答えが何であろうと、どうでもいいと言わんばかりの態度であった。秘書は、ロークの建てたものの写真を一瞥(いちべつ)し、エンライト氏はこういうのには興味がないでしょうと言い放った。

4月になった。その最初の週に、ロークは事務所の賃貸料の最後の1か月分を支払った。絶体絶命だった。

その時だった。マンハッタン銀行の新築ビル用の図面を提出してくれと依頼されたのは。

ハドソン川沿いのあのサンボーン邸が気に入り、そこに独り住んでいるサンボーン氏の長男のリチャードの友人のヴァイデュラー氏が依頼してきたのだった。彼は、マンハッタン銀行の役員会のメンバーである。

ヴァイデュラーはロークに明るく語った。

「きつい戦いでしたよ、ロークさん。でも、僕は勝ったと思います。サンボーン邸の中を、他の重役たちを連れて行って、見せたのですよ。リチャード・サンボーンと僕で、多少は説明しました。しかし、役員会は決定する前に、予想図や図面を検討しなければならない。まだ確実とは言えないのです。率直に申し上げておきますが、まだ確実とは言えません。しかし、ほぼ確実です。今までに、もうふたりの建築家が断られています。役員会は、あなたの設計に非常に関心を持っています。すぐ仕事に取りかかってください。では、よろしく!」

(第1部41 超訳おわり)

(訳者コメント)

ロークに感情移入しながら翻訳作業をしていたので、このセクションは訳していても、胸が痛かった。

金がないのに、サッサと事務所の賃貸料を払い、あと1ヶ月はここにいられると思うローク。

誰も来ないし、電話もかからない事務所で虚しく時間を過ごし、時に自分の手を見つめるローク。

「働けど働けど、我が暮らし楽にならざり。じっと手を見る」の石川啄木より辛い。

仕事がないのだから。

建築の仕事だけを愛しているロークに、建築の仕事がないのだから。

生きていて辛いことはいろいろあるが、仕事がないという状態は非常に辛く寂しい。

生きているだけで丸儲けとはいえ、やっぱり生きて、かつ好きな仕事ができれば、文句はない。

私も55歳までは教師の職を愛していたので、非常にそれだけで幸福だった。

ここのセクションに出てくる、ロジャー・エンライトは後にロークの人生を大きく変える人物である。ここでは、まず伏線だけ。

冬の間中「失業」していたロークに、やっと春が来たようだ。

さて、どうなるか。

画像は、ロークが設計した「ファーゴ・ストア」のビルは、こんなイメージかなと思って選んだ。

このファーゴ・ストアのビルも、後日のロークにとって大きな役割を果たす。これも伏線。

 

 

 

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