第1部(37) ムンディ氏の設計依頼をロークは断る

3月にロークの事務所にやってきたロバート・L・ムンディは、オースティン・ヘラーから紹介されて来た人物である。

ムンディ氏の声も、髪も、鋼鉄のように灰色だ。目は青く優しく、かつ思い悩んでいるようだった。ムンディ氏はコネティカットに家を建てたい。若い花婿のように、最後の心に秘めた目標に向かってあえいでいる男のように、彼はきわめて神経質そうに、その家について語る。

「ロークさん、それは単なる家ではないのです。それは、その・・・私にとっては、象徴のようなものです。この長い年月、待ち望み、そのために働いてきたような、そういうものなのです。ほんとうに長い年月がかかりました・・・これだけは、言っておかなければなりません。ですから、わかっていただけると思うのですが」

ムンディ氏は臆病なおずおずとした態度で語る。自分より年上の、もっと傑出した人間に話すような調子で語る。

「私は金なら、もういっぱいあります。自分でも把握できないぐらいにね。多分、金ができるのが遅すぎたのかもしれません。人はよく言います。目的地にたどり着くと、途中で起きたことなど忘れてしまうと。しかし、忘れやしませんよ。私は、子どもの頃をいつも思い出すんです。生まれたところは、南部のジョージアに近い小さな所です。私はその頃、どれだけ馬具屋に使いにやらされたか知れません。馬車が通り過ぎて、泥がはねて私のズボンにつくと、あたりの子どもたちが囃(はや)し立てて笑ったものです。いつかは、必ず自分の家を持ち、馬車がその前に来ると止まるようなそんな立派な屋敷を持つんだと、随分昔に決心しました。どれだけ苦労しようと、私はいつもその幻の屋敷のことは考えていたものです。それが支えになりました。やっと今、自分の屋敷を建てる時期が来ました。ロークさん、あなたこそ、私の気持ちを理解する最適の人物だと、オースティンが言ったのです」

「そうです。僕にはわかります」

「私の故郷の町に近く、南に行ったこところなんですが、その郡で随一の屋敷がありました。ランドルフ荘というのが。古いプランテーション・ハウスです。この頃は、ああいう屋敷はもう建てませんがね。子どもの頃、あの屋敷によく配達に行かされたものです。裏口にね。ロークさん、私が欲しいのはそういう家なのです。まさに、そういう屋敷です。しかし、ジョージアに戻るのではありませんよ。戻りたくはありません。ここで建てるのです。このニューヨークに近いところです。土地はすでに入手してあります。そこをランドルフ荘のような風景にするのを手伝っていただきたい。高い樹も低い木も植えますよ。ジョージアにあるようなものです。花とかいろいろ全部ね。そういう南部のジョージアにある植物が、この東部で育つような方法も考えましょう。費用がいくらかかっても構わんのです。もちろん、今の時代ですから、電気だってガレージだって必要です。馬屋ではなくね。しかし、ガレージは馬屋に見えるようにしてもらいたいのです。全部が、あの頃のままにね。ランドルフ荘の写真は持っております。もう古い家具なども購入してあるのです」

ロークが話し始めたとき、ムンディ氏はじっと耳を傾けていた。丁寧な驚きをこめた態度で。ロークの言うことに怒ったり恨めしく思ったりはしていないようだ。ただ、ロークの言葉は、ムンディ氏の心に届いていない。ロークは、話し続ける。

「ムンディさん、あなたが建てたいとお考えになっているのは、単なる記念碑のようなものです。あなた自身のためのものではないですね。あなたの人生に対して、あなた自身の功績に対して捧げるものではないですね。あなたは、他人のために建てるのですか。あなたを足蹴(あしげ)にした他人の優越性を記念するものを建てるのですか。あなたは、その優越性に挑戦なさらないのですか。あなたは、それに永遠の価値を与えてしまっている。あなたは、それをほうり捨てていないのですね、今なお。そんなものを永遠に崇め奉るのですか。あなたに残された日々を、そんな借り物の形の中に、あなた自身を封じ込めて幸福なのでしょうか?一度でも自由になり、新しい家、あなた自身の家を建てることをお考えになりませんか。あなたは、ランドルフ荘が欲しいわけではないはずです。それが象徴するものが欲しいのですよ。しかし、それこそ、あなたが生涯を賭けて、戦ってきたものではないでしょうか」

ムンディ氏は、ぼんやりと聴いている。ロークは、またも再び、存在していないものを前にして、途方にくれたような救いのない感情を味わっている。そこに、ムンディ氏という人物はいない。そこにあるのは、かつてランドルフ荘に住んでいた人々の、とうに死んだ人々の残響(ざんきょう)でしかない。残響には懇願してもしかたない。残響は説得できない。

「ロークさん、あなたは正しいのかもしれない。しかし、それは私の欲しいものではありません。あなたの言うことに理がないとは申しません。確かにおっしゃることには、かなり理が通っていると思います。しかし、私はランドルフ荘が好きなのです」

「なぜですか?」

「単に好きだからです。それが私の好むものだから、単にそれだけです」

「ムンディさん、残念ながら、僕は、あなたのお役にたてません。他の建築家をあたったほうがいいと思いますが」」

「なぜですか?なぜ、私のためにそれを建ててくださらん?私はあなたが気に入った。何の違いがありますか、あなたにとって」

ロークは、その問いには答えなかった。

後日、オースティン・ヘラーがロークに言った。

「予想通りだったな。君が断るのではないかと心配していたんだ。ハワード、君を非難しているのではないよ。ただ、彼はほんとに金を持っている。君の大いなる助けになったに違いないがね。君だって、やはり食っていかねばならないからね」

「そういうやり方ではなく、です」と、ロークは答えた。

(第1部37 超訳おわり)

(訳者コメント)

このムンディ氏みたいな人も多いかもしれない。

幼少期や少年期に受けた屈辱や傷を忘れることができず、その頃の自分が恋い憧れたものを手に入れることが、人生の目標になってしまっている人。

幼少期や少年期に受けた屈辱が絶対的なものになってしまっている人。

幼少期や少年期の自分に屈辱を与えたものを、その後の人生で獲得した知識や見識や洞察によって、対象化して相対化できない人。

幼少期や少年期に受けた屈辱を、より大きな視点から把握し直して、再解釈できない人。

貧しかった時の自分が憧れた屋敷とそっくり同じものを建てて、何の意味があるのかと、ロークはムンディ氏に問う。

成功者となったムンディ氏は、成功するまでのプロセスの中で、幼く貧しかった自分が憧れたものなど何でもないものと学んだはずなのに。

今こそ、成功を自力で獲得した人間にふさわしい住居を、自分の人生に対する勲章として、自分自身への贈り物として与えるべきなのに。

それをロークと語るべきなのに。

ムンディ氏は成功者となり老いても、精神は貧困の中でうずくまる子どものままだ。過去の中に閉じこもったままだ。

ムンディ氏自身は、貧困の中でうずくまる子どもを超えて生き抜いてきたのだから、大いに自分の努力と苦闘を讃えていいのに。

そこから新しい未来に向かうべきなのに。

残り時間が少ないのだから、早く早く過去に決別して未来に向かうべきなのに。

このセクションのムンディ氏のエピソードは、読者に教えてくれる。

人生の苦闘から学ぶべきことのひとつは、自分を超えることであり、かつ自分自身を突き離して突き放して、より大きな視野の中に置いて、新しい自分として生まれ変わることであると。

トラウマとか、アダルトチルドレンとか、いい歳したオッサンやオバハンが、いつまでも言ってんじゃねーよ。

第1部(37) ムンディ氏の設計依頼をロークは断る” への2件のフィードバック

追加

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

WordPress.com. テーマ: Baskerville 2 by Anders Noren

ページ先頭へ ↑

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。