第1部(36) ウイルモット夫人の設計依頼をロークは断る

ヘラー邸が完成し、ジミー・ゴウエンのガソリン・スタンドが完成したら、ロークは、また何も仕事のない日々にもどった。

毎朝出勤し、自分の事務所に座る。決して開かないドアを見ながら。決して鳴らない電話の上に指を置いたまま。毎日灰皿を洗い、彼は事務所を退出する。彼の吸殻以外は何もない灰皿を洗う。

「最近は何をしている?」ある晩、夕食をともにしながらオースティン・ヘラーが問う。

「何もしていません」

「だけど、何かしないといけないだろう」

「何もすることがありません」

「人をうまく操るってことを勉強しないとな」

「僕には、できません」

「なぜ?」

「方法がわかりません。何か特別な感覚が欠如したまま生まれたのですよ、僕は」

「そういうことは学習するものだ」

「それを学習する器官がないのです、僕には。それが僕に欠けているものなのか、それとも、僕にそうさせない何か過剰なものが僕にあるのか、どちらにせよ、僕にはわかりません。それに、僕は人から操られるような人間は好きではありません」

「しかし、何もしないでいるわけにはいかない。設計料を手に入れないといけないだろう」

「設計料を手に入れるために、僕は自分の仕事を見せるだけです。僕の仕事が語るものに耳をすまさない人間が、僕の言うことに耳を貸すでしょうか。顧客にとっては、僕自身はどうでもいいでしょう。ただ僕の仕事が問題です。僕の仕事こそ、僕と顧客が分け合うものです。だから僕は、仕事以外のことを客に言う気持ちがありません」

「じゃあ、君はどうするつもりだ?」

「僕は待っているのです」

「何を?」

「僕が求める種類の人々を、客を」

「どんな種類の人々なんだ?」

「わかりません。説明できません。説明できればいいのですが。僕の求める人々に共通する何らかの原則があるはずです。しかし、僕にはそれが何なのかわかりません」

「正直さかね?」

「はい・・・いえ、それは部分でしかありません。顔でわかるのです、僕が求める人々は。顔の中にある何かです。あなたのお宅や、あのガソリン・スタンドのそばを何千人もの人々が通り過ぎるでしょう。その何千人もの人々のなかから、ある人物が立ち止まり、見る。それが僕の求める人物です」

「結局は、君だって他人を必要としているのだろう?ハワード?」

「もちろんですよ。何を笑っていらっしゃるのですか?」

「君は、僕が今までに会って非常に面白いと思った人々のひとりだけど、その中でも、君はもっとも非社交的だからな」

「僕は、僕に仕事を与えてくれる人が必要なのです。何か他のやり方で、僕が他人を必要とするとお考えですか?もっと親密な、もっと個人的なやり方で」

「君は、ごく個人的には、他人を必要とはしていないのかい?」

「はい」

「君はほら吹きじゃないしな。嘘つきでもないし」

「なんで、そんな必要がありますか」

「だろうな。ほら吹いて嘘をつくには、君は自信があり過ぎる。傲慢すぎるからな」

「僕は傲慢ですか?」

「気づいてないのか?」

「僕は傲慢ではありません」

ヘラーは、黙って座っている。手首で何度も円を描いている。指にはタバコをはさんでいる。それから声をたててヘラーは笑って、言う。

「典型的だな」

「何がですか?」

「君が僕に訊ねたことは今までに一度もない。僕はあなたからどう見えるでしょうかって。他の人間ならば、当然そうしたろうから」

「すみません。無関心だったからではないのです。あなたは、僕が持ち続けたい数少ない友人のひとりです」

「君が無関心だったわけではないことは、僕にもわかっている。そこがポイントだ。ハワード、君は自己中心の怪物だ。君が、そのことに全く無頓着であるからこそ、君は、さらに怪物だ」

「それはそうですね」

「自分が認めている他人に対してぐらいは、少しは関心を示すべきだよ」

「なぜでしょうか?」

「わかるかな、僕を困惑させていることが、ひとつある。君は僕が知っている人間の中で一番冷たい。僕は君が君なりの静かなやり方で、ほんとうに酷い奴だとわかっている。しかし、なぜか僕は君に会うと、いつも感じる。君は僕が今まで会った人々の中で、もっとも他人を活気づけるし、命を与える人間だと」

「どういう意味でしょうか」

「わからない。ただ、そうとだけ感じる」

数週間が過ぎた。毎日、ロークは事務所に歩いて通う。8時間机についている。だから随分と読書ができる。5時になると、歩いて家に帰る。前よりはいい部屋に転居している。ほとんど金は使わない。これから来るべき長い時間を食べて行くだけの金はある。

2月のある日、事務所の電話が鳴った。きびきびした語気の強い女の声が、建築家のローク氏とお会いしたいと告げた。

その日の午後、活気のある小柄な女性が事務所にやって来た。ミンクのコートを着て、頭を動かすたびにキラキラ光る異国情緒あふれるイヤリングをしている。彼女は、やたら頭を動かす。小鳥のように鋭く素早く頭を動かす。彼女は、ロング・アイランドに住むウエイン・ウイルモット夫人である。

夫人は、カントリー・ハウスを建てたいと言う。カントリー・ハウス建築にあたってロークを選んだのはなぜかと言えば、夫人の説明によると、彼がオースティン・ヘラー邸を設計したからである。夫人は、オースティン・ヘラーの崇拝者である。

彼女はリベラルである。だから、ロークのような若い人々の手助けをするのは嬉しい。夫人は大きな家が欲しい。子どもはふたりいる。子どもたちが自分の個性を表現することはいいことだと、夫人は信じている。子どもたちにはそれぞれ子ども部屋が要る。夫人には図書室が要る。夫人は気晴らしに読書する。音楽室も温室も必要である。夫には書斎が必要だ。夫の方は、口には出さずとも妻を信頼していて、カントリー・ハウスの計画も夫人に任せたそうである。

「なぜかと申しますと、私はそういうことが得意ですの。女に生まれていなかったら、きっと建築家になっていましたわ。使用人用の部屋もいるし、それで全部かしら、そう車3台分のガレージも」

夫人は90分に渡って事細かに語り説明した。で、こう言う。

「それから、もちろん、家の様式ですけれども、英国チューダー朝様式がようございますわ。私、英国チューダー様式が大好きですの」

ロークは夫人の顔を眺める。ゆっくりと、夫人に訊ねる。

「奥様は、オースティン・ヘラー邸をご覧になったことがありますか?」

「いいえ、ございません。拝見したいと思いましたわ。でもどうやったら、できまして、私に?私、ヘラー氏とお会いしたこともございませんわ。単なるファンですもの。あの方、どんな方ですの?教えていただけません?訊きたくてたまりませんわ。ええ、確かにあの方のお住まいを拝見したことはありません。メイン州のどこか北あたりでしょうか?」

ロークは机の引き出しから写真を数枚取り出し、夫人に渡す。

夫人は写真を手にとる。写真の光沢のある表面に、ざっと滑り流れるようなまなざしを向ける。それからその写真を机に置く。

「大変面白いですわね。とても珍奇ですわね。度肝を抜きますわね。でも、もちろん、こういうのが希望ではありませんの。こういう種類の家では、私の性格を表現できませんわ。お友だちが言うには、私はエリザベス朝的性格の持ち主だそうですの」

ロークは夫人に、静かに忍耐強く説明する。なぜ夫人がチューダー様式の家を建てるべきではないかを。夫人は、話の途中で口を挟む

「恐れ入りますが、ロークさん、私に何がしかを教えるおつもりではないでしょうねえ?私は自分が良い趣味をしていることは確信しておりますし、建築についてもよく存じております。クラブで特別講義も受けましたのよ。お友だちが言うには、私はそのあたりの建築家よりも建築をわかっているそうですわ。チューダー様式の家を建てると、もう決めておりますの。このことに関して議論してもしかたありませんわ」

「ほかの建築家のところにいらした方がいいですよ、ウイルモットさん」

「あなたは、設計料をいらないとおっしゃるのですか」

「はい」

「私の支払う設計料をいらないと」

「いりません」

「でも、なぜですの?」

「そういう種類の仕事は、僕はやりません」

「でも、私が思うに、建築家は・・・」

「はい。建築家は、あなたが依頼するどんなものでも、あなたのために建てるでしょう。この街の他の建築家ならば、みなそうするでしょう」

「私は、あなたにその機会を与えましたわ」

「あのウイルモットさん、お願いがあるのですが。チューダー様式の家しか欲しくないのに、なぜ僕のところにいらしたのでしょうか?」

「それは、あなたが私の申し出を感謝し喜ぶだろうと思ったからですわ。それと、それから、お友だちに言えますもの。オースティン・ヘラーの建築家に依頼したって」

ロークは何とか説明し、夫人を説得しようとした。とはいえ、話しながらも、無駄な行為だと彼にはわかっていた。ロークの説明は、まるで真空を打っているかのように空しく響く。ウエイン・ウイルモット夫人という人間は、実は存在しない。夫人という人間は、友人の意見と、見たことがある写真絵葉書と、読んだことがある地方の名士たちを描いた小説とか、そういうものがいっぱい詰まっている器を覆う殻でしかない。ウエイン・ウイルモット夫人にはロークの言うことなど聞こえもしないし、ロークに答えることもできない。この実質のない実体のない存在。綿の詰め物のように、言葉を持たない非個人的なもの。夫人はとうとう、こう言う。

「ごめんあそばせ。私、理というものを全く解さない方と交渉するのに慣れておりませんの。主人は、あなた様にお願いすることについては反対でした、最初のうちは。残念ながら、主人のほうが正しかったですわね。ごきげんよう、ロークさん」

ウイルモット夫人は堂々と威厳をたたえて出て行った。しかしドアは乱暴に閉めて行った。

(第1部36 超訳おわり)

(訳者コメント)

「友人の意見と、見たことがある写真絵葉書と、読んだことがある地方の名士たちを描いた小説とか、そういうものがいっぱい詰まっている器を覆う殻でしかない」人間なのに、いっぱしの見識が自分にはあると思っている似非インテリというのは、多いのかもしれない。

いや、インテリってだいたいが似非インテリかもしれない。

ロークという建築家は、単に顧客の要望どおりに設計するのではない。自分のライフスタイルを確固として持った顧客に、その顧客のライフスタイルが十全に実現できるような家を設計したい。機能的に合理的に。だからこそ機能美に満ちているような家を設計したい。

顧客の理念とか思想を理解できないと、ロークは設計ができない。

だから、せっかくのウイルモット夫人のカントリーハウス(欧米の富裕層が郊外地に立てる別宅、別荘)の注文を、ロークは断ってしまう。ウイルモット夫人には、理念も思想も独自のライフスタイルもないので。

ロークみたいな建築家は、日本にいたら全く仕事がなくて飢え死にするかもしれない。

日本は、物質的にはそんなに豊かな歴史を持っていないので、ほとんどの日本人にとっては、住居は、雨露しのげればいいという感じだ。

富裕層の住居を設計する建築家の作品は、格好だけは瀟洒だが、住みにくそうだ。

かつ掃除がしにくそうだ。修理もしにくい感じだ。照明器具ひとつとっても、無駄に凝ってるが、電球の交換の容易さと美的存在感が両立していない感じだ。

1943年昭和18年に出版されたこの小説を読んでいると、現代の日本は、いまだに非常に貧乏だとおもう。

日本の住環境は、随分と改善されたはずであるが、住環境が人間の精神を変えうるという認識は、まだ充分には共有されていない感じだ。

建築というものが、人間の生き方や生の哲学に決定されるものであり、人間の生き方を支えるような、ひいては人間社会をより良く組織化できるような、そのようなものであるという共通認識を日本人が持てるのは、まだまだ先のようだ。

日本の都市の風景が、美しいものになるには、あと1世紀はかかるかもしれない。

ときどき、私は妄想してみる。

もし自分が建築家に自宅の設計を依頼するとしたら、どんなことを建築家に要求するかなあ、と。

もし、ひとつの街を造っていいと言われたら、どんな街をどんな建築で造るかなあ、と。

これは、とても愉しい愉しい妄想なんである。

このセクションでは、ヘラーがロークについて評する以下の言葉が心に残る。

「君は僕が知っている人間の中で一番冷たい。僕は君が君なりの静かなやり方で、ほんとうに酷い奴だとわかっている。しかし、なぜか僕は君に会うと、いつも感じる。君は僕が今まで会った人々の中で、もっとも他人を活気づけるし、命を与える人間だと」

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