アルヴァ・スカーレットは、ゲイル・ワイナンド系列の新聞の編集主幹である。彼は「観察と瞑想」と題されるコラムを、ニューヨークの『バナー』の一面に毎日掲載している。彼のコラムは読者から信頼されている。彼のコラムは、全米の小さな町の公共哲学の形成者である。そのような誰からも批判されない類の毒にも薬にもならない道徳を、アルヴァ・スカーレットはコラムで書き散らしてきた。
マンハッタンのスラムの生活状況と「悪徳家主」を告発するキャンペーンという案を考えたのは、このアルヴァ・スカーレットだった。このキャンペーンは3週間、『バナー』紙上を賑わせている。日曜版に、そのキャンペーンは掲載されている。この特集は、大いに販売部数を伸ばした。
このキャンペーンに、ひどい例として取り上げられた悪徳家主たちは『バナー』の記事に困惑した。これらの因業(いんごう)家主たちは、ある不動産会社からの家作を売ってくれとの申し出を断ってきた。その不動産会社が胡散臭かったから。しかし、『バナー』のキャンペーンのために、家主たちは降参して家作を、その不動産会社に売却した。この不動産会社は、ゲイル・ワイナンド所有の会社によって所有されていた。とはいえ、この事実は誰にも証明できないことであったが。
スラムのキャンペーンを始めるときに、ゲイル・ワイナンドは、アルヴァ・スカーレットにこう命じた。「ガンガンやれ。取れるものは全部搾り取れ」と。こう言い残して、ワイナンドは世界一周のヨット航海に出かけてしまった。
アルヴァ・スカーレットはガンガンやった。キャンペーンを張る多くの手段のひとつとして、彼はドミニク・フランコンにスラムへの体当たり潜入レポートを書かせた。
ドミニク・フランコンは、マンハッタン南部のイースト・サイドのスラムに住んだ。安アパートの廊下の端を仕切った狭い寝室に2週間住みこんだ。その部屋には空から明かりが差すが、窓はない。その部屋にたどり着くには5階まで階段を上がらなければならない。水道はない。そこに住んでいる間、ドミニクは、階下の大家族の台所で煮炊きした。近所を訪問し、そこで話を聞いた。夜は非常階段の踊り場に座り周囲を観察した。近所の娘たちといっしょに安い映画館に出かけた。
スラムでは、ドミニクは擦り切れたスカートやブラウスを身に着けていた。ふだんのドミニクの容姿の持つ尋常ならざるか細さは、スラムの環境の中では、彼女を栄養失調や貧困のために疲れきっているように見せた。近所の人々は、ドミニクのことを肺結核だと信じていた。
ドミニクはスラムの部屋の床を磨いた。じゃがいもの皮をむいた。冷たい水しか入っていない錫(すず)のたらいで入浴した。こういうことは、それまでドミニクが経験したことがない。しかし、彼女はそれらを巧みにこなした。彼女はひとつひとつの行為をきちんとこなすことができた。それは、彼女の容姿には全く似つかわしくない能力である。ドミニクは、彼女にとっては新奇なスラムの環境を意に介さなかった。誰かのパーティが開かれている豪華な客間に無関心であったように、彼女はスラムにも無関心だった。
スラム潜入調査の2週間が終わった。ドミニクはセントラル・パークを望むホテルの屋上にあるペントハウスの自分の豪華なアパートメントに帰ってきた。やがて、スラムでの生活を書いた記事が『バナー』に載った。それは、容赦のない見事な報告だった。
ドミニクが晩餐会に出かけると、次のような質問を、おずおずとされた。
「ねえ、本当のところ、あなたが書いたのではないでしょう?あんな記事」
「ドミニク、ほんとに住んだわけではなかったのでしょう?」
「いいえ、住みましたわ。あなたが所有していらっしゃるイースト12丁目のあのアパートに住みました。1日おきに詰まって、中庭中を水浸しにする下水道しかないあのアパートのことです。あら、ブルック様、クラリッジ不動産であなたが管理していらっしゃるあのブロックの貸家ですけれども、天井に、それはそれは素敵な鍾乳石(しょうにゅうせき)が育ちつつありましてよ」
後日、ドミニクは、ソーシャル・ワーカーの会合で話をしてくれと依頼された。それは重要な会合であった。その分野ではもっとも傑出した女性たちによって率いられた戦闘的で政治的に急進的な集団の会合だった。アルヴァ・スカーレットは喜んで、ドミニクを祝福した。
「うまくやってくれよ、いい子だから。ソーシャル・ワーカーってのは、いいんだ。わが社の支持者にもってこいでね」と。
ドミニクは会合に出かけた。換気の悪い会場の演台に立ち、顔の群れを眺めた。ソーシャル・ワーカーという自分の仕事の美徳に淫らなほどに耽溺し感じ入っている顔、顔、顔だ。ドミニクは、抑揚をつけず、淡々と平静に語った。
「スラムのアパートの1階裏手に住む家族は、家賃の滞納について何も気にかけてはいませんでした。子供たちは着ていく服が足りないということで学校には行っておりませんでした。父親は近所の密造酒を出す酒場でツケがたまっております。健康状態は良く、いい仕事にもついておりますが・・・2階の夫婦は69ドル95セントのラジオを現金で購入しました。4階の表通り側の部屋に住む家族の父親は、生涯でまともに働いたことが一日もありません。働くつもりもありません。9人の子持ちですが、子供たちは地区の牧師によって養育されてきました。もうすぐ10番目の子供が生まれます」
ドミニクが、潜入スラム目撃談を話し終えたとき、怒りの拍手がパラパラ起きた。ソーシャル・ワーカーたちは、彼女たちの大好物である「可哀相な貧しき人々の悲惨な生活の様相」を聴くことができなかった。そのかわりに、ドミニクは、無責任で自堕落な生活を恥じることのない人々の実態について報告した。そのような類の人々を救済することこそ自分の使命と燃えているソーシャル・ワーカーたちの前で堂々と。
帰宅したドミニクをアルヴァ・スカーレットが待っていた。ドミニクのペントハウスの強化ガラスでできた壁の向こうには、マンハッタンのキラキラした夜景が広がっている。
アルヴァ・スカーレットは椅子から立ち上がり、ドミニクの手をとる。
「家に帰る途中にちょっと寄ったんだけ。話したいことがあってね。ところで、どうだった?」
「予想どおりでしたわ」
ドミニクは、帽子を引き剥がすように髪から取る。あたりの最初に目に留まった椅子の上に放り投げる。ドミニクの髪は、はっきりとした曲線を描き、額に斜めにかかっている。髪は肩にまっすぐ落ちている。きっちりカットされた滑らかな髪。ドミニクは窓まで進み、マンハッタンの夜景を眺めながら立っている。
「御用は何でしょうか?」
「知らせたいことがあってね。小さな計画があるんだ。ちょっとした再組織化なんだけど。女性福祉部に、いくつかの部を統合しようかと考えていてね。学校とか家計とか育児とか、少年の非行問題とか、その他もろもろね。こういうのはみなひとつにまとめたほうがいいと思うんだ。で、僕のかわい子ちゃん以外に、この仕事ができる女性はいないと思ってね」
「私のことをおっしゃっていますか?」
「他にいないよ。ゲイルがもどってきたらすぐに彼の承諾を得るよ」
「ありがとうございます。でも、そんなことは無用です」
「どういう意味だい、無用とは?」
「そんなことはしたくないという意味です」
「君はそれがどう進んでいくことになるのか、わかっているの?」
「どんな方向に進むのでしょうか?」
「君の職歴(キャリア)が華やかになる」
「私はこの業界で出世したいと言ったことなどありません」
「君はつまらんページの、つまらんコラムを永遠に書いていたくないだろう!」
「永遠には書きません。飽きるまでは書くだけです」
「一線に立ってできるじゃないか、君ならば。君がいったんゲイルの注意を引いたら、ゲイルは君の売り出しのためなら何でもやるよ」
「社主の注意など引く気ありません」
「ドミニク、うちの社には君が必要だ。今夜の講演があったからには、例のソーシャル・ワーカーの女性たちは君の強力な支持者になるね」
「そうは思いません」
「あの会合と君の講演を宣伝する記事をふたつばかり書くように命じたばかりだよ、僕は」
「それはやめるよう言ってください」
「なぜ?」
ドミニクは、机の上の書類を手探りして、タイプで打たれた何枚かの用紙を見つけ出す。それをアルヴァに手渡す。
「ここに、私が今夜講演したものの原稿がありますわ」
アルヴァは、ざっとその原稿に目を走らせる。何も言わずに、すぐに手を額に置く。それから電話機をつかみ、できるだけ今夜の会合に関する記事は短くするよう命じた。相手に名乗りもしないで命じた。アルヴァが受話器を置いたとき、ドミニクは言う。
「私、クビになりますの?」
「君はクビになりたいの?」
「必ずしもそうではありませんわ」
「この件については握りつぶすよ。社主にはゲイルには黙っておく」
「お好きなようになさってください。どのみち、私にはどうでもいいことです」
「ドミニク、いったい君はどうしてこういうことをするのかな、いつも」
「理由はありません」
「晩餐会のことを聞いたよ。君は、これと同じテーマの話をあそこでもしたね。で、今度は、あのソーシャル・ワーカーたちの政治的に急進的な会合に行って、同じことをしゃべったというのかい」
「でも、真実ですわ。真実の両面ですわよ」
「ああ確かにね、しかし、外に出すときは、それを反対にできなかったのかい?晩餐会では今日の会合で言ったことを言い、今日の会合では、晩餐会でスラムのアパートの持ち主たちに言ったことを言うとかさ」
「それでは意味がありません」
「君がしたことに意味があったの?」
「いいえ。まったくありません。私が面白かっただけですわ」
「ドミニク、僕は君という人間がわからんよ。君は前にもこういうことをしたね。君は実に見事に書ける。仕事もできる。なのに、華々しく世に出るのにもう一歩というところで、君はいつもこういうことをする。なぜだい?」
「多分、それこそが理由ですわ」
「僕に話してくれないか、友人としてさ。君はほんとうは何を求めているの?」
「その答えははっきりしています。私は何も求めておりません。私がほんとうに自分がしたいことをさせてもらうとなりますと、それは困ったことになります」
「またわけのわからぬことを言うんだね!どういう意味だい?」
「単にそれだけです。私がしたいことをさせてもらうとなると、私は今の職を失くしたくなくなります。今の職を失いたくないと私が思えば、私はあなたに依存しなくてはならなくなります。社主のゲイルに依存することにもなります」
「ゲイルや僕が君によかれと思えば、何でもやれるのに。君にそれがわかるならばねえ」
「もし、私が心から望む仕事なり、企画なり、アイデアなり、人なりを見つけたら、この世界に頼むところが出てくるでしょう。あらゆることが、他のあらゆることを導き出す紐を持つことになります。私たちが、みないっしょに結びついてしまう。縛られてしまう。ひとつの網の中に入ることになってしまう。たったひとつの欲望のために、その網に押し込められます。たとえば、あなたがあるものを欲望する。それはあなたにとって貴重なもの。あなたの手からそれを引き離さそうと誰かが待ち構えているかもしれません。その誰かは、すぐ近くにいるのかもしれなし、遠く離れているのかもしれない。あなたは、いろいろ心配することになる。そうなると、身をすくませ、はいつくばり、請い、その誰かを受け容れることになる。まさに、そうやって、連中はあなたを捕らえ縛るわけです。いずれ、あなたが受け容れなければならなくなる人物を、とっくりごらんになるといいわ」
「人類一般を君は批判しているのだという僕の推量が正しいのならば・・・」
「それこそが奇妙な考えです。人類一般という考え自体が。人類一般というとき、漠然とした、かつ鮮やかな像を思い浮かべるでしょう。おごそかな、大きくて重要な何かを。でも、私たちが知っている人類というのは、私たちの人生で会う人々や世間の人々でしかありません。彼らをごらんなさいな。彼らに関して、何かおごそかで偉大だと感じるような要素があるかしら?手押し車がぶつかったと言い争っている主婦や、舗道に汚い言葉を落書きする涎(よだれ)をたらした子どもや、酔っ払った軽薄な金持ちのドラ娘とか。もしくは、そんな連中と同じ類の人々でしかありません。それでも実際のところ、そんな彼らでも苦しんでいるときは、彼らを尊敬する気持ちにもなれます。そういうときは、彼らにも威厳というものがあります。でも、彼らが楽しんでいる時ときたら。そのときこそ、真実が見える時よ。自らを奴隷にしてやっと得た金を、遊園地だのショー見物だのに費やす人々をごらんなさいな。一方では裕福で、世界が彼らにとって開かれているような人々もいるけれども、彼らだってろくでもない。彼らが遊興のために何を費やすか観察なさるといいわ。貧乏な人々が行くよりはましな酒場での彼らの酔態を観察なさるといいわ。それが、あなたのおっしゃる人類一般。私は、そんな人類なんて触れたくもありません」
「そういう物の見方をするものではないよ。それは物事の全体を見ていない。われわれの最悪の部分にさえ、良きものは何がしかはある。いつでも、未来は改良できる。可能性はあるよ」
「よけい悪くなるだけですわよ」
「君は何が欲しいの?完璧さか?」
「もしくは、無かしら。そうですわね、私は無の方をとりますわ」
「わけがわからんなあ」
「私は、人間が自分自身にほんとうに許すことができる唯一のものを取りますわ。自由です。アルヴァ、自由です」
「君は、それを自由と呼ぶのかい?」
「何にも頼まないこと。何も期待しないこと。何にも依存しないこと」
「君が欲しいものを見つけたら、どうなるんだい?」
「見つけることはないでしょう。それに出会うことも私は選びません。そういうことは、あなたがたの美しい世界に属することです。ほんとは、あなた方とそれを私は共有しなければならないかもしれない。でも、私はそうはしません。私は自分が読み愛したすばらしい本は、どんな本でも再び開くことはないの。その同じ本を読んだ他人の目を考えると、その目がどんなものか考えただけでも、私は傷つくの」
「ドミニク、あらゆることに、そんなふうに極端に思うのは異常だよ」
「それしか、私には感じようもありませんもの。それか全く何も感じないか、ですわね」
「ねえ、ドミニク・・・僕が君の父親ならばねえ。君の子供のころに、いったいどんな悲劇があったの?」
「あら、何もありませんでしたわ。素晴らしい子供時代でしたもの。自由で、平和で、誰にもあまり邪魔されなくて。そうですわねえ、ええ、とても退屈だとは感じていましたけれども。でも、それにも慣れています」
「君は現代の不幸なる産物だと僕は思うね。それこそ、僕が常日頃言っていることだ。我々は、あまりに冷笑的なのだ。あまりに退廃している。我々が、すべての人間性において、もっと簡素な美徳にもどることができれば、そうすれば・・・」
「私、特別にある像を所有していたことがあります。ギリシア神話のヘーリオスだとかでした。ヨーロッパの美術館で手にいれました。入手するには、随分苦労しましたわ。もちろん売り物ではなかったから。私、今思えばその像に恋してしまったのね。だから買って家に持ち帰ってきました」
「どこにあるの、それ?君が好きなものを見たいよ。気分直しにね」
「壊れました」
「壊れた!!博物館に飾っておくようなものが?どうしてそんなことになったの?」
「私が壊しました」
「どうやって?」
「ダクトの中に放り投げました。ダクトの床はコンクリートですし」
「君は頭がおかしいのではないか?どうして?」
「他の誰もそれを見ることがないようにするために」
「ドミニク!」
ドミニクは、椅子から軽々と立ち上がって、アルヴァ・スカーレトに告げる。
「もうお帰りになって。時間も遅いです。私も疲れておりますし。明日、オフィスでお会いいたしましょう」
(第1部32 超訳おわり)
(訳者コメント)
かつて勤務先の大学のゼミで、この小説を課題図書として出したことが何度かある。
学生の感想として、ハワード・ロークも理解できないが、ドミニク・フランコンも理解できないという意見が多かった。
ええええ?と私は思った。
私からすると、非常にわかりやすい女性像であったので。
自分が心から美しいと思う彫像をダクトにゴミ袋のように放り投げるドミニク。
このような美しい彫像が通俗な人々の目に触れるだけでもおぞましいという理由で。
自分がほんとうにしたいことをする気はないと言うドミニク。
そのような欲望や願いを持つと、何かに期待し何かに依存することになり、自由でいられなくなるからと言うドミニク。
課せられた仕事ならば、淡々と冷静にどんな状況でも受け容れることができる有能なドミニク。
贅沢な晩餐会も貧民窟の暮らしのどちらも興味のないドミニク。
どこにしても、ろくな人間しかいないのだから、ドミニクにとっては同じだ。
貧しい人々の実態を知らずに、貧しい人々の救済こそ正義であり美徳であると信じて疑わない類の人々に冷たいドミニク。
劣悪な環境の住居を改善もせずに自分より貧しい人々に不当に高い賃貸料で貸して恥じない富裕層に対しても辛辣なドミニク。
事実をありのままに見ようとするドミニク。
浮世離れして超然としているように見えるドミニクは、ほんとうは強烈に傷つきやすい。
ほんとうは、大きな恐怖に彼女は囚われている。
この世界を美しいものであり、この世界に生きる人間は清浄であるべきと考えるからこそ、彼女は通俗が許せない。
彼女の超然ぶりは、中途半端だ。
もっともっと超然とすれば、この世界の美醜の彼方に行けるかもしれないのに。
もっともっとはるかに上空に行けば、何かに依存して自由を失うことなど怖くなくなるのに。
この小説は、この超偏屈なドミニクが、ロークと出会い感化されることによって、自分の恐怖や中途半端な姿勢を超えていく物語でもある。
ドミニクには、ロークに近いものを感じますね。
人間に頼らないという意味で。
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近いのですよ……
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topの写真何かと思ったら、投げ捨てた彫像だったのですね
木の枝かと思いました。
通俗な人の目に触れさせたくない?!ほどのもななんですかねぇ
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Qさま
コメントありがとうございます。ドミニクの心性は、思春期の潔癖な少女のものですね。
世間の通俗さに傷ついているようでは、まだまだです。
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