第1部(30) ヘラー邸建設作業現場

ロークは、ヘラー邸の鉄骨の枠組みの残骸が青空に屹立している断崖の頂上への小道を登っていく。

枠組みは立ち上がっていた。コンクリートは流し込まれていた。テラスの大がかりな基礎部分が、そのはるか下方で震えるように流れている銀色の海の水面の上におおいかぶさるようぶらさがっている。配管工や電気技師たちが導管を設置する作業をすでに始めていた。

ロークは、梁や円柱のなめらかな線に範囲を区切られ、いくつかの四角形になった空を眺める。空からロークが引きちぎってきた空間のキューブを眺める。ロークの両手は自然に動き、未来の各部屋を囲む未来の壁の面を描く。足元で石がひとつカタカタ鳴り、丘の斜面をはずむように落ちていく。夏の大気の明るい陽のような清明さで転がっていく。転がっていく石の音があたりにこだまする。

ロークは、断崖の上にある敷地の一番高いところに立っている。両脚を広げて、空を背にして立っている。ロークは目の前にある建材を眺める。鋼鉄でできたリベットが小さい丘のように集められて置かれているさまを眺める。いくつかの石の塊のきらめきを眺める。真新しく黄色い木の厚板が、交互に積み重ねられ、それがらせん状に見えるさまを眺める。

そのとき、しゃがれ声を発する人物がロークの目に留まる。電線のワイヤーを体に巻きつかせている人物だ。彼は、ブルドッグみたいな顔をいっぱいに広げ、にやにや笑っている。彼の陶器のような青い瞳が、まるでとてつもない勝利を手にしたかのように満足げに笑っている。

「マイク!」と、ロークは信じられない思いで叫ぶ。

マイクは、何ヶ月も前に、大きな仕事があるというのでフィラデルフィアに行っていたはずだった。スナイトの事務所にヘラーが依頼に現れるずっと前のことだ。マイクは、だからヘラー邸の件は全く知らないはずだ。それとも、ロークがそう思っていただけだったのか。

「やあ、赤毛」と、マイクは言う。あまりにさりげなく何気なく。それからこう付け加える。「こんにちは、ボス」と。

「マイク、なんで僕がここにいるって、わかった?」

「あんたは、とんでもない建築家だな。こんな具合に仕事をサボっていいのか?俺がここに来てもう3日目だぜ。あんたが現れるのを俺は待ってたんだぞ」

「マイク、どうやって、ここに来た?なんで、こんなところで寝泊りするような、落ちぶれるはめになった?」

ロークは、マイクがせせこましい自宅などというもので人生を煩わせることはしないのを知っていた。

「俺がどうやってここをつきとめたかなんて、あんたなら見当つくだろうが。俺がそれを見逃すと思ったのか?あんたが初めて建てる家だぜ」

ロークは手を広げる。マイクの作業で汚れた指がロークの手を包み乱暴に閉じられる。まるでロークの肌に埋め込まれたマイクの指の汚れが、マイクが言いたいことのすべてを語っているかのように。マイクは、うっかり自分がそれを口に出すかもしれないと恐れたので、わざとガミガミこう言う。

「ボス、さあさあ向こうへ行って。こんなふうに、仕事の邪魔しちゃあいかんよ」

ロークは建設中のヘラー邸の中を歩く。何度も、ロークは簡潔に個人的感情をいっさい交えず、指示を与えるために立ち止まる。まるでとりかかっているのが邸宅ではなくて、数学的な問題であるかのように。ロークがパイプやリベットの存在を感じるとき、ロークという人間はそのとき消滅する。

何度も何かがロークの内部でわきあがってくる。考えとか感情というものではない。何か肉体的暴力の波のようなものだ。そんなとき、彼は立ち止まりたくなる。身を何かにもたれかけさせたくなる。

自分の肉体という輝かしい際立った存在の周囲に、自分の肉体を中心として黒々と立ち上がっている鋼鉄の枠組みを感じたくなる。その屹立している鋼鉄の枠組みにまで高められた自分という人間の実在を感じたくなる。

しかし、ロークは立ち止まらない。静かに進むだけだ。といっても、彼の手が、彼が隠したいと思っていることを裏切ってしまう。彼の両手は、つい伸びてしまい梁や接合部の表面をゆっくりとなでてしまう。邸宅工事の作業員たちはそれをちゃんと見ている。

「あいつときたら、梁とか、ああいうもんに惚れ込んでいるんだな。手を離そうとしないもんな」

それでも、作業員たちはロークを好いていた。

ただ、建築作業請負業者の監督は彼を嫌っていた。この邸宅の建設を請け負う業者を見つけるのに、ロークは難儀した。もっと質のいい業者もあったのだが、その多くが断ってきた。

「この種の仕事はうちではできません。」

「いやあ、うちはこんな厄介なことはやらんですよ。こんな小さな仕事にしては、ややこし過ぎますなあ」

「こんな家を欲しがる奴がどこにいる?こんな変人は、あとになって金を出さないものさ。冗談じゃないよ」

「こういうものは手がけたことがないものですから。どうやって、作ればいいのかもわかりかねますので。ちゃんとした建築工事の仕事をしたいものですから、私どもでは」

などと言って、断ってきた。

ある請負業者などは、ざっと立面図に目をやると、それを放り投げ、これは絶対決定的だという様子で宣言したものだ。

「こんなの立ちませんよ」と。

「立ちます」と、ロークは言った。

その業者は、全く無関心そうに、のんびりとこう返してきたものだ。

「へえ。そうですかね。それほどはっきり手前どもにおっしゃるあんたは、いったい、どこのどなた様で?」と。

業者からすると、ロークの設計は奇妙奇天烈な実験のように見えるらしいのだった。

その種の小規模の建築仕事が補償するのが常である金額よりもっと報酬を出すからということで、ロークは小さな工務店を何とか見つけ出してきた。その工務店は仕事が欲しいので、やむなく工事を請け負った。

工事は進んでいった。現場監督は、むっつりと不機嫌にロークの言うことに従った。承知しているわけではないことを、黙っていることによって表現しながら。まるで、頭上に邸宅が崩れ落ちれば嬉しいと言わんばかりの態度だった。こんな建物が建つはずないという予言が実現するのを待ち望んでいるかのような態度だった。

ロークは古いフォードを買った。必要以上に何度も何度も建設現場に足を運んだ。現場から自分を無理に遠ざけ、デスクワークをしていたり、テーブルのところで立っていたりするのは苦痛だった。

現場にいると、自分の事務所や製図台のことを忘れたい瞬間が何度もあった。作業員の持っている道具をつかんで、子供のころに働いていたように自分自身の手でその邸宅を建てたかった。実際の立ち上げ作業の現場仕事をしに行きたくなる瞬間が何度もあった。

ロークは、建設現場の邸宅の骨組みの中を歩き回る。厚板の積み重なった山やワイヤーの巻かれた山などの上を軽々と踏み越えながら。ロークはメモをとる。厳しい声で簡単な指令を出す。マイクのいる方向を見るのは避けている。

しかし、マイクはちゃんとロークを見ている。邸宅の骨組みの中を進むロークを目で追っている。ロークが自分のそばを通るときはいつでも、俺はあんあたのことをわかっているからなと言わんばかりに、マイクはロークにウンイクする。マイクは一度だけロークに言った。

「赤毛よお、自分を抑えろ。あんた、自分のこと丸だしだぜ。広げた本みたいだぜ。そんなに嬉しそうにしているのは猥褻(わいせつ)ってもんだ」

ロークは、骨組み伝いに断崖の上に立つ。あたりのニューヨーク郊外の田園風景を見渡す。

灰色のリボンのような道路がくねくね曲がりながら、海岸に沿って走っている。屋根のついていない自動車がやってきて、のどかなこの地域に入り込んでくる。その車はピクニックに行く人間を満載させている。鮮やかな色のセーターや風にたなびくスカーフが見える。車は騒音を立てている。大げさに強調されたしゃっくりのような笑いが起きている。歩道側の席にすわっている娘は、両脚を車の外側に突き出している。その娘は、鼻までかかる男物の麦藁帽子をかぶり、ウクレレの絃を乱暴にひっぱり、耳障りな音を立てながら、「ヘイ~~!」と大声を立てている。

この若者たちは、自分たちが生きているこの日を楽しんでいる。仕事から解放され、日々の重荷をひとまずは置いてきたことを、空に向かって叫んでいる。この若者たちは目標にたどり着くために働き重荷を運んできた。その目標が、この乱痴気騒ぎなのか。

しかし、ロークは、そんなことはすぐ忘れる。

丘を登ってくるトラックが見える。採掘された花崗岩の山を、ヘラー邸建築作業現場に運ぶトラックだ。そのキラキラ光っている花崗岩をいっぱいに積んだトラックがあえぐように登ってくる。

(第1部30 超訳おわり)

(訳者コメント)

ここも訳していて幸福だったセクションだ。

生まれて初めての自分の設計による建物の建設現場。

ついつい、ロークは材木だの鋼鉄の資材などを愛撫してしまう。

嬉しくてしかたないのだ。

毎日でも建設作業現場に行きたい。

マンハッタンの事務所からコネティカットの建設作業現場に通うために中古のフォードを買ったローク。

1920年代が舞台なので、自家用車はフォードだ。

1928年のフォードは、これだ。

ただし、ロークは1900年生まれの26歳なので、このセクションの時点は1926年だけれども。

およそ、自家用車なんて興味がないロークなのに、フォードを買った。

まあ、いくらなんでもマンハッタンからコネティカット州まで自転車ってわけにはいかないし。

あまりにむき出しに幸せそうなので、ロークはマイク・ドニガンから冷やかされる。

ロークの建築家としての最初の建築物の建設作業なので、マイクが来てくれていた。

心配してくれているのだ。

そんなことはおくびにも出さず、マイクは憎まれ口をたたく。

あんまり嬉しそうに幸せそうにしてるのは猥褻だぞと。

幸せなら、嬉しいなら、猥褻なほどに開けっぴろげに表現したいものだ。

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