第1部(24)職にありついたローク

ジョン・エリック・スナイトは、ロークの描いた図面全部に目を通す。 それらの図面のうち3枚をはじき飛ばすように脇に置いて、その3枚の図面を見つめる。彼は言う。

「非凡だね。急進的だ。しかし非凡だね。君、何か予定ある、今夜?」

「なぜでしょうか?」ロークは、ぼんやりと訊ねる。

「暇?すぐに仕事始めるってわけにはいかない?製図室に行ってよ。道具は誰かから借りてよ。今、うちが改築している百貨店の完成予想図を描いてよ。ざっとしたものでいいから。明日までには必要なんだ。今夜は遅くまで居残りで構わないね?暖房は入ってるからね。ジョーに何か食べるもの届けさせるからさ。ジョーに言ってよ。居残れるよね?」

「はい。徹夜でやります」 と、ロークは信じがたい思いで答える。

「いいじゃない!素晴らしい!それこそまさに僕がいつも望んできたもの。つまりキャメロン・タイプね。他の種類はもう揃っているの。ああ、そうだ、君、フランコンとこでいくらもらってた?」

「65ドルです。」

「うーん、ガイみたいな大盤振る舞いはできないんだよね、僕は。最高で50ドルだから。いい?じゃ、すぐ始めてよ。その百貨店についてビリングズに説明させるからさ。モダンなのが欲しいの。わかる?モダンで、激しくて、いかれていて、人目を引くやつね。自分を抑えないでいいからね。限界を超えるまでやっていいから。君が考えつくどんな離れ業でもいいからね。いかれてれば、いかれてるほど、いいの。さ、こっちに来て!」

ジョン・エリック・スナイトはさっと立ち上がって、とてつもなく広い製図室に通じるドアを荒々しく開け放ち、飛び込むような勢いで入って行く。一台の製図台の際を横滑りするように過ぎてから立ち止まり、憂鬱(ゆううつ)そうな丸顔の太った男に言う。

「ビリングズ、こちらローク。うちのモダニスト。ベントン百貨店の仕事を。彼にさせてよ。道具を貸してやって。鍵は彼に渡して、今夜どこに錠をすればいいか教えといて。今朝から働いたことにしておいて。50ドルね。ドルソン兄弟との約束時間はいつだったっけ?もう遅刻かもな。じゃあ、今夜は帰ってこないから」

乱暴に音をたててドアを閉じ、スナイトはまた横滑りするように製図室から出て行った。ビリングズは驚きの表情など示さない。ビリングズは、ロークがいつもそこにいたかのような目でロークを眺めて、無表情に話す。

20分もしないうちに、ビリングズはロ-クを残して帰宅して行った。製図台には、製図用紙と鉛筆と製図器具と図面一式と、問題の百貨店の写真に、地勢図一式と指示を記した長いリストが置かれている。

自分の前に広げられたまっさらな製図用紙を、ロークは見つめる。彼は細い鉛筆をしっかりと握っている。彼は鉛筆を置く。また取り上げる。鉛筆のなめらかな柄の表面を、親指で静かに上下に動かして撫でてみる。握っている鉛筆が震えているのがロークには見える。急に鉛筆を置く。

ロークは自分に怒りを感じる。今とりかかろとしている仕事が自分にとって、かくも大きな意味を持つことを自分に許してしまった自分の弱さに対する怒りを。

こうも僕は建築の仕事がしたかったんだ。

フランコンの事務所を解雇されてからの何ヶ月にもわたる無為の日々がほんとうはどれほど辛いものであったのかを、ロークは突然思い知る。

ロークの指先が製図用紙に押しつけられる。あたかも、製図用紙が彼の指を捕えたかのように。いっぱいに充電された何かの表面が、その表面をうっかりなでてしまったので感電し傷ついてしまった人間の肉を捕えるように。

ロークは、製図用紙から指を急いで離す。それから仕事を始める。

ジョン・エリック・スナイトは50歳である。彼は著名な建築家である。スナイトは、ガイ・フランコンを非実用的な理想主義者と考えている。スナイトは、どんな古典様式の教義にも縛られていない。彼はもっと熟練していて、もっと自由だ。彼はどんなものでも建てた。現代建築を嫌悪することはなかった。たまにそれを望む顧客が現れて依頼があれば、平らな屋根のむきだしのいくつかの箱などを建てた。そういう類いのものを彼は進歩的と称した。彼は古代ローマ様式の邸宅も建てた。霊的と呼ぶところのゴシック様式の教会も建てた。スナイトにとっては、それらの建築物に差などなかった。

スナイトには、彼独自のシステムがある。ロークを雇ったので、これで、様々なタイプの5人の設計者をスナイトは雇ったことになる。彼は設計依頼があると、5人の設計者間で競争させる。勝利を獲得した設計図を選んで、それを、他の負けた4人の意見もすこし入れて修正する。彼は言う。「6人の頭脳は、ひとりの頭脳よりいい」と。

ロークは、ベントン百貨店の最終的な図面を目にしたときに、スナイトが自分を雇うことを恐れなかった理由がわかった。その図面の中には、ローク自身が設計した空間の面や窓や循環システムが残っていた。しかし、コリント様式の柱頭や、ゴシック調の丸天井やコロニアル様式のシャンデリアに、壁の上に長々と張った途方もない蛇腹帯に、ムーア様式を思わせる箇所がつけ加えられていた。

ロークは、ここでの仕事に自分が何を期待すべきかわかっている。ここでは、自分が設計したものが、その片鱗(へんりん)、その断片以外に、立ち上げられるのを見ることは決してないだろう。それはロ-クが見たくないものではある。

しかし、ここでは、自分が望む設計をすること自体は自由にできる。実際の問題を解決する経験を積むことはできる。それはロークの望むことより以下ではあるが、期待していた以上のことではあるのだ。

他の設計者仲間、つまり競争相手となる他の四人の顔は覚えた。彼らは、製図室では、それぞれ「古典」「ゴシック」「ルネサンス」「いろいろ」などと、あだ名がついている。

ただ、「おい、モダニスト」と呼びかけられたときは、さすがのロークも少々たじろいだ。

(第1部24 超訳おわり)

(訳者コメント)

読者はここでホッとする。

ロークが就職できたあ!

ここで登場するスナイトという建築家にはモデルがある。

アイン・ランドはこの小説を書き始める前に半年間、ほんとうの建築設計事務所にフルタイムで勤務した。

建築家を主人公にした小説を書きたいので、事務所で働かせてくださいと頼んだら、快く受け容れてくれた建築家がいたのだ。

今となっては特に名前が残っている建築家ではないが、1930年代から40年代にかけて、ニューヨークでは大いに活躍した人物である。

いろいろな建築様式をテキトーに取り入れる建築家であった。

この建築家は部下たちにアイン・ランドが取材していることは黙っていてくれた。

建築業界の裏話も教えてくれた。

建築家たちの仮装パーティーにも連れて行ってくれた。

いわば、アイン・ランドにとっては、恩人だ。

その恩人は、このセクションに登場する類の世渡りの上手い定見のない建築家のモデルともなってくれた。

出会う人は、みな、作家にとっては小説のキャラクターの素である。

 

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