第1部(20) ロークとマイク・ドニガンの出会い 

ロークは、建設工事中の建物の視察に派遣される日が好きだ。彼は、歩道を歩くよりも、もっと自然に建築物の鋼鉄の残骸の中を歩く。建設工事作業員たちは、好奇心にかられて、ロークをじっと見つめる。ロークは、空中にぶらさがっている幅の狭い厚板やむきだしの梁(はり)の上を、最も熟練した建築工事作業員のごとく、いとも楽々と歩くのだから。

それは、3月のある日のことだった。空の色は、春の最初のきざしを思わせるような、かすかな緑色を帯びている。15メートル以上も眼下に広がるセントラル・パークの地面が空の色合いを写した茶色だった。もうすぐ木々も芽を吹き出して緑色になるであろうことを約束するような茶色だった。上空から眺めれば蜘蛛の巣のように見える冬のむきだしの木々の枝のひろがりの下に、湖がガラスの破片のように横たわっている。完成後は巨大なアパートメント・ホテルになる鉄骨の枠組みの中をロークは歩く。それから、作業中の電気技師の前で立ち止まる。

その技師は、梁の回りに電気の導管を巻きつけようと悪戦苦闘している。それは、計算や打算などはいりこむ隙間のない現場での、緊張と忍耐が何時間も必要となる作業だ。ロークは、ポケットに手をつっこんで、その技師のゆっくりとした骨折り仕事の過程を見守っている。

その技師は顔を上げ、ふいにロークの方を向く。彼は大きな頭をしている。醜い顔だ。異形(いぎょう)の魅力があるほどの醜さだ。その顔は、老けてもいないし、たるんでもいない。その顔は、深い裂け目のようなかたちに折り目や皺がついている。頑健そうな顎(あご)が、ブルドックのようにたれさがっている。瞳は輝いている。大きくて丸い瞳だ。灰色がかった青色をした瞳だ。

「うん?」とその男は怒って訊ねる。

「何だよ、赤毛さん?」

「あんた、時間を無駄にしている」とロークは言う。

「そうかい?」

「そうだよ」

「余計なお世話だね!」

「梁の回りに導管なんて巻いていたら、時間がかかってしかたないよ」

「もっといい方法があるのか?」

「あるよ」

「向こうへ行ってろよ、この青二才。大学出のおぼっちゃまにウロチョロされたかないね」

「梁の中に穴開けて、導管をそこに通したら」

「何だって?」

「梁の中に穴を開けるんだ」

「はいよ、そうしようかね」

「そうしないだろう、あんたは」

「そんな風には、されたことがないんだよ」

「僕はそうしてきたよ」

「あんたが?」

「どこでも、そうされてるよ」

「ここでは、そうはされないんだ。俺の場合はね」

「じゃあ、僕がかわりにやるよ」

「立派なもんじゃないか!事務所勤めの人間が男の仕事をどこで習ったというんだ?!」

「あんたの吹管(すいかん)を使わせてくれよ」

「気をつけろよ、小僧。お前の可愛いピンク色のつまさきが焼けちまうぜ!」

ロークは、男の手袋とゴーグルを身につける。溶接用のアセチレン吹管を手にとり、梁のまん中めがけて、細い青い炎を噴出させる。男は、ロークを見つめながら立っている。ロークの腕は安定している。ピンと張ったシューシューと音をたてる革ひものような細い一筋の炎を、しっかりと固定させている。その炎の激しさのために、ほんのわずかに揺れたこともあったが、炎はまっすぐに目標をはずしていない。ロークのからだの気楽な姿勢は、みじんも緊張や努力を感じさせない。ただ彼の腕だけに神経の集中が感じられる。金属の梁をゆっくりと溶かして行く青い緊張したものは、吹管の炎から出るのではなく、それを持っているロークの腕から出ているように見える。

作業が終った。ロークは吹管を置いて立ち上がる。

「すごいぞ!あんた、吹管の使い方を知っているんだな?」と技師が言う。

「そう見えるだろう?」ロークは、手袋とゴーグルをはずし、男に返す。

「これから、こういうふうにやったら。僕がそう言ったと現場監督に言っておいてくれよ」

電気技師は、梁に開けられた綺麗な穴をうやうやしく見つめている。彼は口ごもりながら訊ねる。

「あんた、どこでこんなふうにやること教わって来たんだ?」

「ああ、電気技師だったこともあるんだ、僕は。配管工もやったし、リベットを上で受ける仕事もやったし、いろいろやったから」

「で、そうしながら学校も行ったのか?」

「うん」

「建築家になるつもりで?」

「うん」

「へえー、そうなると、あんたは小奇麗な絵やティー・パーティ以外の何かを知っている最初の建築家になるわけか。建築事務所から現場に送られて来る馬鹿優等生連中を見てみろよ」

「謝っているつもりなら、無用だ。あいつらは僕も大嫌いだ。導管作業にもどってくれ。じゃあ、また」

「またな、赤毛さん」

次の機会にロークが工事現場に姿をあらわすと、あの青い瞳の電気技師がはるか高い所からら、ロークに大きく腕を振って、呼びかけてきた。求める必要もないのに、仕事の助言を求めてきた。彼の名前はマイクだそうで、あれからずっとロークに会えなかったから残念だったと言った。

次に、ロークが工事現場に行ったときは、勤務の交代時間だったので、マイクはロークが検査を終えるのを外で待っていた。

「一杯ビールでもどうだ?赤毛さんよ」と、マイクが誘ってきた。

「いいね、ありがとう」と、ロークは答えた。

地下にある安酒場の隅っこにあるテーブルにふたりは落ち着いて、ビールを飲む。マイクは、彼の好きな話を語る。それは、立っていた足場が崩れて5階の高さから墜落した体験談だ。ろっ骨3本を折る重傷だったのに生き長らえて、それを人に話せるまでになった経緯(いきさつ)だ。ロークは、建築作業現場で様々な仕事に従事していた頃の話をした。

マイクの本名はショーン・ザビア・ドニガンだ。仕事道具一式と古ぼけたフォードだけがマイクの持ち物だ。それを持って建設現場から建設現場へと国中を旅することだけが目的で、マイクは生きてきた。

人間というのはマイクにとってはどうでもいい。人間の成し遂げることのみが、マイクにとって大事なことだ。彼は、あらゆる種類の専門家というものを崇拝した。彼は自分の仕事を非常に愛していた。だから、他人についても、その道一筋的な仕事への献身以外の行為に関しては容赦がない。彼は自分の仕事の分野においては達人だった。だから、他人についても、何らかの達人であること以外には共感を持たない。

彼の世界観はしごく単純である。世界には有能な人間と無能な人間がいる。彼は後者には関心がない。マイクは建築物を愛していたが、建築家というものはすべからず軽蔑していた。

「でもよ、まともな建築家もひとりだけいたよ」と、マイクは5杯目のビールを飲みながら、真面目な面持ちで言う。

「ひとりだけな。あんたは若すぎて、その人についちゃ知らないだろうがな。建築というものを知っている建築家がひとりだけいた。あんたぐらいの年のときに、俺はその人のとこで仕事したことがある」

「誰?」

「ヘンリー・キャメロンという名前だったな。もう死んだと思うけどな。もう随分昔のことだから」

ロークは、長いあいだマイクを見つめる。それから言う。

「マイク、彼は死んじゃいない。僕は彼のとこで働いていたから」

「そうだったのか!?」

「約3年間だけど」

ロークとマイクは黙ってお互いを見つめる。この相互確認は、彼らの友情の成立を決定的に保証するものとなった。

(第1部20 超訳おわり)

(訳者 コメント)

やっとロークに友だちができた!

このセクションは訳していて嬉しかった。

少年時代から建設作業現場で作業員としてアルバイトしてきたロークは、現場のことをよくわかっている。

現場の人間以上に現場のことをわかっている。

マイク・ドニガンは、建設現場から建設現場を渡り歩く職人的技師だ。

1920年代には、いわゆるゼネコンというものはアメリカにはなかった。

建設現場は、マイクのようなフリーランスの職人が出来高払いで仕事する場だった。

マイクは、頭でっかちで建設作業現場のことを知らない建築家を馬鹿にして軽蔑していた。

だからこそ、現場からの叩き上げでもある建築家の卵のロークを素直に尊敬する。

マイクがかつて唯一尊敬した建築家は、ヘンリー・キャメロンだった。

キャメロンだけが、現場のことをわかっている建築家だった。

建物の建て方をわかっている建築家だった。

何とロークはそのキャメロンの弟子であった。

建築という仕事を通じて若いロークと中年のマイクは出会い、お互いの中に同志を見つける。

私は、このセクションを何度も読み返した。読むたびに心が温まった。

第1部(20) ロークとマイク・ドニガンの出会い ” への3件のフィードバック

追加

  1. 現場って難しいですね。
    足を運んで色々学ばないと良い製品はできない。
    何か、普通にものづくり的な感想でした。

    共通の信念に基づく友情って良い。

    いいね

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