「仕事が終わったら部屋に来てくれ。話がある」と、ヘンリー・キャメロンが言う。
「はい」と、ロークは答える。
キャメロンは力をこめて踵(きびす)を返し、製図室から出ていく。ここ1ヶ月間で、キャメロンがロークにかけた言葉の中で、これは一番長いものだった。
ロークは、毎朝この製図室に来て仕事をした。キャメロンからは何の評価も受けなかった。キャメロンは、製図室に入って来ると、長いあいだロークの後ろに立ち、彼の肩ごしに彼の製図を見るのが常であった。ロークが製図用紙に描く線の道筋をしっかりと手でおさえて遮ろうとするかのように、キャメロンの目はロークにじっと注がれていたのだった。
あとふたりいる製図係は、背後にそんな亡霊みたいなのが立っていると思うだけで、仕事をしくじった。しかし、ロークは、背後に立つキャメロンのことなど気づきもしていないようだった。
手の動きを速めることもなく、ロークは仕事を進める。短くなってしまった鉛筆を捨てようかと少し迷い、もう1本の鉛筆を取りあげる。そんなとき、ふいに「おいおい」と、キャメロンがうなるような声を出すときがある。そういうとき、ロークは、丁寧に注意深く頭を回して、「何でしょうか?」と訊ねる。すると、キャメロンは一言も答えずに去ってしまう。そんなときのキャメロンの目は細められていた。そんな問いには答える必要などないと言っているかのように。キャメロンは、いかにも馬鹿にしきった様子で製図室を出て行く。ロークの方は、描きかけの製図をそのまま描き続けるだけである。
「まずいみたいですね」製図係り若い方のルーミスは、昔からいる製図係のシンプソンに、こっそりと打ち明けるように言う。
「おやじさん、あの若い奴が嫌いみたいですよ。僕としてはおやじさんを非難する気にはなれないな。ありゃ長続きしないな。」
シンプソンは、年もとっているし頼りない。キャメロンが最盛期にビルの3階分のフロア全部を事務所として使っていた頃から、シンプソンはキャメロンの下で働いてきた。しがみついてきた。そして、自分がキャメロンにしがみついてきたということを全くわかっていないのだった。
若いルーミスは、ドラッグストアの隅っこにたむろしているような田舎のヤンキー顔をしている。彼の場合は、あちこちの設計事務所を解雇されてきたので、ここにいる。
ふたりともロークが嫌いだ。ロークというのは、彼が行くところどこででも、顔を見られると一目でいつも嫌われる。彼の顔は貴重品保管室の扉のように固く閉じられている。貴重品保管室に鍵をかけられて入っているものは、価値あるものである。しかし、世間というのは、そういう風には考えないらしい。
製図室の中のロークは冷たい。何か人を緊張させ不安にさせるような存在である。彼の存在のありようには、ある奇妙な質がある。その奇妙な質というものは、人に感知されるぐらい明確なものだ。なのに、その奇妙な質は、ロークがそこに存在していないと感じさせる。もしくは、彼は存在しているのだが、自分たちはそこに存在していないと感じさせるのかもしれない。
仕事が終わると、イースト・リヴァー近くに借りている部屋までの長い距離をロークは歩いて帰る。週に2ドル50セントで借りることができたから、ビルの最上階にあり、かつては倉庫として使われていたので非常に広々としていたから、その部屋をロークは選んだ。
その部屋には、天井というものがなく、むきだしの梁のあいだから、ビルの屋根がのぞいている。しかし、その部屋には、四方の壁のうち、ふたつの壁に沿って長く横に並んだ窓がある。きちんとガラスがはめられている窓もあれば、段ボール紙が窓枠にはめられているだけの窓もある。それらの窓は、片やイースト・リヴァーを高く望み、片やニューヨーク市マンハッタン全体を俯瞰(ふかん)している。
1週間前、キャメロンは製図室に入ってきて、ロークの製図台の上に、カントリー・ハウス[訳注:英米の富裕層が田園地帯に持つ別宅。都市と田舎にそれぞれ自宅を持つのが英米の上流階級の人々の慣習]らしきものを荒っぽく描いた立面図を放り投げた。
「ここから、ちゃんとした家ができるかどうか設計図を描いておけ!」と、キャメロンはきつい調子で告げて去って行ってしまった。それ以上は何の説明もしなかった。
それからの数日間は、キャメロンはロークが仕事しているときに近づくことはなかった。昨晩、その仕事を終えて、ロークはカントリー・ハウスの図面を何枚か仕上げ、キャメロンの机の上に置いておいた。
で、今朝、キャメロンが入って来て、その鋼鉄製の建築物の完成予想図をロークに放り投げて、あとで来るように命じた。それから、その日は、ずっとキャメロンは再び製図室に顔を出すことはなかった。
みな帰った。
ロークは、自分の製図台に使い古されたオイル・クロスをかけてから、キャメロンの部屋に行く。
ロークが描いたカントリー・ハウスの図面が何枚か、キャメロンの机の上に広げられている。電気スタンドの明かりが、キャメロンの頬の上に、口ひげの上に落ちている。ひげにまじる白いものが明かりを受けてきらめいている。その光は、キャメロンのこぶしや、ロークが描いた製図のすみにもあたっている。そのために製図に描かれている線は明るくくっきりとしていて、製図用紙に浮き彫りにされているかのように見える。
「おまえはクビだ」とキャメロンが言う。
ロークは、キャメロンの長い部屋を横切って半分まで来たところで、片方の足に体重がかかり、両腕は両脇にたれ下がり、片方の肩があがっている状態だった。
「僕がですか?」とロークは、そのまま身動きせず、静かに訊ねる。
「こっちに来い。そこにかけろ」とキャメロンは言う。ロークは、その通りにする。
「おまえは才能がありすぎる。自分でやりたいと思っていることをするには、才能がありすぎる。無駄だ、ローク。まず現在を考えろ」
「どういうことでしょうか」
「おまえの手が決して届きそうもない理想、世間の連中が決しておまえにさせてくれそうもない理想のために、自分の才能や見識を浪費するのは無駄だ。無意味だ。おまえの中にあるとてつもなく素晴らしい素材を取り出して、それを材料に自分を苦しめる拷問台を作るようなものだ。売るんだ、ローク。それを売れ」
さらにキャメロンは語り続ける。
「そりゃ、自分が思い描いたものとは違ったものになってしまうだろう。同じものにはならん。しかし、おまえはもう充分に貯えがある。世間の連中が金を出すだけのものを持っている。それもたんまり払うだけのものは、持っている。もし、おまえが自分の才能を、世間の連中の望むように使えばだ。それを受け入れろ、ローク。妥協するんだ。今、妥協するんだ。なぜならば、後になって妥協するはめになるからだ。そのときになったら、そうはなりたくないものだと願っている事を、みな経験するはめになる。今のおまえにはわからないだろう。俺にはわかる。そんなことにならないよう自分を守れ。ここを辞めろ。どこか別の誰かの所に行け」
「所長はそうなさったんですか」
「生意気な奴だな。おまえの凄さがどれくらいなものか、おまえはわかっていない。おまえを誰かと比較するなんてことは・・・」
キャメロンは言葉を切る。なぜならばロークが微笑んでいるのを見たからだ。
キャメロンはロークを見つめる。それに応答するかのように、キャメロンは唐突に微笑む。その微笑は、ロークがかつて見たもののなかでも、もっとも苦渋に満ちた表情だ。
「駄目だな」キャメロンは穏やかに言う。
「こんなこと言っても効果なしだな。そうだ、おまえが正しい。おまえは自分で思っているくらいに才能がある。しかし、それでも言いたいのだ、俺は。おまえの才能については、どうしたらいいのか、正確なところ俺にはわからん。おまえのような奴に話す習慣をなくしてしまっているからな。なくしたというか、多分、そんな習慣など始めからなかったんだが。多分、だから困っているわけだ、俺は。わかろうとしてもいいんじゃないか、俺のこの気持ちを」
「わかります。でも所長は時間を無駄にしておられると思います」
「不作法な物言いはやめろ。今の俺は、おまえに荒っぽいことも言えない状態だ。今は俺の言うことを聞いてもらいたい。口をさしはさまないで聞いてくれるか?」
「はい。申し訳ありませんでした。そんなつもりはありませんでした」
「おまえが仕事を探すにしても、俺のところは一番後回しにするべきだった。もし、ここにおまえをとどめておくと、俺は犯罪者になる。俺では君の役にたたない。全く役にたたない。俺はおまえを矯正することもできない。常識みたいなものを教えることもできない。かわりに、俺がすることと言えば、おまえの好きなようにさせておくことぐらいだ。おまえが進もうとする道に、おまえを一層駆り立てることぐらいしかできない。俺は今のおまえのままにさせておく。そうなると、もっとまずい状態になる。わかるか?もう1ヶ月もすれば、俺はおまえを手放すことができなくなる。今だってできるかどうか自信がない。だから、俺と口喧嘩するのはやめて、出て行け。俺がおまえを手放せるうちに、それができるうちに出て行け」
「しかし、僕にできるでしょうか?僕たちふたりにとって、もう遅すぎると思いませんか?12年前の僕にとってでも遅すぎた」
「それでもやってみるんだ、ローク。1度だけでも合理的にやってみるんだ。まあこういう言い方はなんだが、おまえを追放する奴もいるだろうが、世間に名の出た連中で、おまえを採用する奴も多いぞ。あいつらは、世間話で俺のことを肴(さかな)にして笑うかもしれんが、必要とあれば俺から盗む連中だ。いい製図を描けるやつが誰か、一目見さえすれば、俺にはわかるということも、あいつらは知っている。ガイ・フランコンのところに推薦状を書いてやる。随分昔のことだが、あいつは俺の所で働いていた。俺はあいつをクビにしたんだが。しかし、そんなことはどうでもいい。あいつの事務所に行け。最初は気に入らんだろうが、いずれ慣れる。何年かたったら、おまえは俺に感謝するだろう」
「どうして、所長はそんなことを僕に話しているのですか?所長が僕に言いたいことは、そんなことではないでしょう。所長自身は、そんなことなさらなかったでしょう」
「だから俺は言っている!それが俺のしたことではないから言っている!・・・ローク、いいか。おまえに関して言いたいことがひとつある。俺は怖い。おまえの仕事の質のことではない。おまえが、世間の関心をひきたいだけの目立ちたがりならば、俺は何も言わない。それならば構わない。世間の有象無象(うぞうむぞう)に反対してみせて、喜ばせて、余興の入場料を集めるってのは、うまい商売だからな。おまえがそれをするならば、俺も心配しない」
キャメロンは苦しげに話し続ける。
「しかし、そうじゃないんだ。おまえは仕事を愛している。かわいそうに、仕事を愛している!それが困るんだ。顔を見れば、すぐわかる。顔に描いてあるからな。おまえは仕事を愛している。で、世間の連中にはそれがわかる。連中はおまえの弱みをつかめるというわけだ。そのへんの通りを歩いている連中のことだ、わかるだろ?あの連中を怖いと思わないか?俺は怖い。連中はおまえを通り過ぎる。帽子をかぶっている。金を持っている。しかし、それがあの連中の実質ではない。あいつらの実質は、仕事を愛する人間への憎しみだ。それこそ、あいつらが憎むただ唯一の種類の人間だからだ。なぜだか俺にはわからん。ローク、おまえは、あいつらひとりひとりの前で、自分を丸々さらけだしてしまっているぞ」
「僕は世間の人が何をしているかなんて気づきませんから」
「あいつらが俺にしたことは、気づいているだろう?」
「所長が、そういう人々を怖がってはいないということだけはわかります。なのに、なぜ僕には怖がるようにおっしゃるのですか?」
「だからだ、だから、俺はそう言うんだよ!」キャメロンは、からだを前屈みにさせて、目前の机の上で両こぶしを閉じあわせる。
「ローク、おまえは俺に言ってもらいたいのか?残酷な奴だな。よし、ならば言おう。おまえは、こんなふうに人生を終えたいのか?今の俺みたいになりたいのか?」
ロークは、椅子から立ち上がり、キャメロンの机の上に置かれた電気スタンドの端に立って、こう言う。
「僕の人生の最後に、今の所長のような状態で、このような事務所で、僕がいるならば、僕はそれを名誉だと考えるでしょう。僕のようなものが得るには、ふさわしくないほどの名誉です」
「座れ!俺は、ハッタリは嫌いだ!」と、キャメロンは怒鳴る。
ロークは、机のところに立っている自分に気がついて驚く。自分のからだを見下ろしながら「すみません。自分がいつ立ち上がったのか、気がつきませんでした」と言う。
「そうか、座れ。聞いてくれ。わかっているんだ、俺は。そう言ってくれてありがたい。しかし、おまえはわかっていない。ここに数日もいれば、おまえの心から、その英雄崇拝熱も消えるだろうと思っていたのだが。数日では足りなかったらしい」
キャメロンは、自分をさらけ出して語っている。
「老いぼれキャメロンは、いかに偉大なことかとか、高貴なる戦士だとか、失われた大義への殉教者だとか自分自身に言いながら、ここにおまえがずっといるとする。で、俺と共にバリケードを築いて死ぬのもいいと思い、人生の終わりまで俺と安い屋台で、これまた安い昼飯を食うことも厭(いと)わないとする。俺にはわかる。今のおまえからすれば、その22歳という素晴らしい年齢だから、そういうことも純粋で美しく見える。しかし、それがほんとうはどういうことか、おまえにはわかるまい。失われた大義の30年間か。それは美しく聞こえる。しかし、30年間というのは何日あるか、わかっているのか?その年月のあいだに、何が起きるかわかっているのか?ローク!」
「所長はそんなこと話したくないはずです」
「そうさ!俺はこんなことは話したくない!だけど、話すぞ。君にきかせたいからだ!」
いつのまにか、キャメロンはロークのことを「おまえ」ではなく、君と呼び始めている。
「これから、君に降りかかろうとしていることを、知らせておきたい。いずれ、自分の手を見て、何かを取り上げ、手の骨全部をたたき壊したくなる日が来るぞ。なぜかだって?君がその手でできたであろうこと、機会さえ見つければ、その手ができたであろうことを言い募って、君の手が君をあざけり笑うからだ。君はその機会をつかまえられない。君は君の生きているそのからだを支えられない。君のからだが、君の手をどこかに落としてしまっているからな」
「いつかバスの運転手が、バスに乗る君に乱暴な口をきく。ただ、その運転手はバス代を出せと言っているだけなのに、君の耳にはそうとは聞こえない。君は、バスの運転手が自分を嘲り(あざけり)笑っているのが聞こえる気がする。君など無意味だと、ちゃんと君自身の額に描いてあるぞと言われた気がする。世間は君を憎んでいるなどと、言われた気がする」
「たとえば、君が講演会場のすみっこに立って、誰かが建築について演壇で話すのを聞く日が来る。建築についてだ。君の愛する仕事についてだ。その講演者が話す内容など、くだらないものだ。なのに、君は聴衆がそいつに拍手喝采(かっさい)を浴びせているのを聞くはめになる。君は叫びたくなる。喝采している連中に本当の目があるのか、自分の方が本当のことをわかっているのか、わけがわからなくなる。自分が、血糊(ちのり)のべったりついた頭蓋骨でいっぱいの会場にいるのか、それとも誰かが自分の頭を空っぽにしたのか、わけがわからなくなる。君は何も言えない。君が発する声は、もはやその会場では言葉になっていないからだ。君が何か言いたいと思っても、どうやってもできない。君は、そこから追っ払われ、放り投げられるのがおちだ。そんな状態になるのが君の望むところか?」
ロークは身じろぎもせずに座っている。ロークの目はじっとキャメロンに注がれている。
「充分だろ?」キャメロンは訊ねる。
「そうさ。ある日、君は土下座してでも設計したい建物について新聞で読む。そんな思いがしたことが信じられないぐらいなものだ。しかし、君は必要ならばそうする。で、地球は美しく空気には春の香りがすると思う。自分が同胞を愛していると思う。この世界に悪は存在しない、とな。その建物を地上に立ち上げるための設計図を持って家から乗り出す。その設計図を最初に見た男によって、そこに描かれた建物が建てられることを疑いもしない。しかし、しかしだ、すでにそのとき、君は自分の家から遠くに行くことさえできなくなってしまっているんだ。ガスを止めにやってきたガス会社の人間に、戸口のところで足留めされるからだ。君は飯(めし)も充分に食っていない。設計図を仕上げるために節約しなければならなかったからな。しかし、それでも何かは作って食わねばいかん。だからガス料金は払わなかった・・・」
「そうさ、そんなことは何でもないと、君は笑う。しかし最終的には、君は自分が描いた製図を持ってどこかの設計事務所に売り込みに行かねばならなくなる。君は、そんな奴のとてつもなくもったいぶった気取りを自分のからだに浴びてしまったことで、自分を忌々しく思う。そいつの見えるところから、自分を隠すことにする。そうすりゃ、そいつからは君が見えないからな。だけど、そいつに物乞いし、懇願する自分の声が聞こえるんだ。そいつの膝をなめてでも機嫌をとろうとする自分の声が聞こえるんだ。そんなことで、君は、だんだん自分を憎むようになる」
「しかし、君が建てたいものを、そいつが君に建てさせてくれるなら、そんなことはどうでもよいのだ、君にとっては。なんならば、君はそいつに見せるために、からだを引き裂いて心の中を見せてもいいとさえ思う。そこに何があるかわかれば、そいつは君にそのビルを設計させてくれると思うからな。だけど、そいつは言う。誠に残念ですが、ガイ・フランコン氏に設計していただくことになりました、とな。君は家に帰る。そこでどうするかわかるか?泣くんだ。女みたいに、酔っぱらいみたいに、動物みたいに泣くんだ。それが君の未来だ。ハワード・ロークよ、さあ、そんな人生を君は欲しいのか?」
「はい」ロークは、答える。
キャメロンは視線を落とす。それから頭を少し下げて、さらにもっと深く下げる。ゆっくり時間をかけながら首を落とし、さらにがっくり落として、そこで動きがとまる。両肩を丸めて、膝の上で両腕を重ね、キャメロンはささやくように言う。
「ハワード。俺はこんなこと誰にも言ったことがない・・・」
「ありがとうございます・・・」ロークは答える。
長い時間が過ぎる。キャメロンはやっと頭を上げる。
「もう帰っていい」と彼は言う。声に抑揚がない。
「最近の君は働き過ぎだ。これからも忙しいが」彼は、机の上に広がっているカウントリー・ハウスの図面を指差す。
「これは全部かなりいいできだ。俺は君が考えたような建築物が見たい。しかし実際に建てるには、これではまだ駄目だ。やりなおさないと。明日、俺の希望事項を伝える」
(第1部の9 おわり)
(訳者コメント)
この小説は、実はゲイに非常に人気がある。
アイン・ランド愛読者や研究者には、ゲイが結構いる。
それは、この小説が自由や異端を祝福するからでもあるが、この小説には男どうしの友情というには熱気がある人間関係が描かれているからでもある。
この小説の男性キャラクターのほとんどは、ロークに恋している。
ロークを憎むキーティングやトゥーイーでさえ、そうだ。
いつも恋されているロークだが、ロークが恋した男はふたりだけ。そのひとりが、師匠のヘンリー・キャメロンだ。
ロークやロークの師匠のキャメロンが登場すると、訳していても嬉しい。
顔がニヤついてしまう。
キャメロンはロークの才能を認めているがゆえに、自分のもとに置いてはいけないと考える。
自分のような人生を送らせてはいけないと思う。だから、推薦状を書くから、別の設計事務所に行けと言う。
そんなことはできない、キャメロンから離れることは、12年前自分が10歳の時に建築家になろうと決めた時から無理なことだったとロークは言い張る。
美しい場面だ。まるで恋愛シーンのような場面だ。
ロークとキャメロンは、建築という女神を奉じる同志であり、建築という女神に恋している者どうしという意味において相思相愛関係にある。
このふたりの会話を訳しているのは、幸福な時間だった。
爽やかな話だ。
キャメロンの忠告を聞けば良いのに、あっさり信念を通すローク。危険だけど爽やかで好きです。
キャメロンは…ロークを本当に好きなんだなとは思いました。
二人で、キャメロンが通った道でもなく、かといってキャメロンが提案した道でもない、第三の道を歩んでほしい。
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