第1部(7) キーティングの策謀開始

「トゥーイー」とガイ・フランコンは口に出す。「エルスワース・トゥーイー。実に品格があるねえ、彼は。そう思わないかね?これを読みたまえ、ピーター」

フランコンは、楽し気に身体を机ごしに伸ばし、『新しき辺境』という雑誌の八月号をキーティングに渡す。

その雑誌の表紙の地の色は白い。そこに鎧(よろい)の脇下当てとたて琴とハンマーとドライバーと朝陽を組み合わせた黒い紋章が描かれている。三万部の発行数をもつその雑誌は、自らを知的前衛と評する読者を有していた。この自称に異を唱える者は、かつて誰もいなかった。

キーティングは、エルスワース・M・トゥーイーによる「大理石とモルタル」という題の記事を読む。

「・・・そして、我々はニューヨークというメトロポリスの空の景観を彩るもうひとつの刮目(かつもく)すべき偉業に出会うことになる。フランコン&ハイヤー設計事務所の手になる新しいメルトン・ビルに対して、特権的注目を注ぐことを我々は提案する。古典的純潔さと良識の勝利への雄弁な証人として、そのビルは真白き沈着さをたたえて屹立(きつりつ)している。不滅なる伝統という規律が、このビルには貫徹されている。その規律は、首尾一貫した要素となり、このビルに奉仕している。ここには奇形的な露出症性向は皆無である。物珍しさを変態的なほどに求め争う性向もない。お祭り騒ぎのような抑制のきかない自己中心性もない。このビルの設計者であるガイ・フランコンは、彼の先人たる何世代もの職人たちが不可侵と証明してきた古典や正典に自らを従属させる術を知っていたのだ。同時に、彼は自分自身の創造的なる独創性というものの見せ方もわきまえていた。真の芸術家の謙譲(けんじょう)を持って彼が受け入れた古典的教義にも関わらず、いや、それがあったからこそ、この偉業は可能だったのである」

意味不明な記事の文はまだ続く。

「より重要なのが、我らが帝都におけるこのビルのような建築物の象徴的意味である。このビルの南側のファサードに面したとき目につくのは、3階から18階にいたるまで意図的に造形された優雅なる単調さで反復される蛇腹帯である。これらの長い水平線こそ、中道的な平均化する原則であり、平等の線なのである。それを認識するとき、人は心打たれる。それらの蛇腹帯は、そびえたつ構造を観察者の慎ましやかな水準へ降ろすように見える。それらは、地上の線である。大いなる大衆の線である。それらは、我々にこう告げているようである。何につけても、普通の人間的水準の抑制を超えてあまりに高くあってはいけないと。このような誇るべき大建築物としてでさえ、すべては、人々の同胞愛という蛇腹帯によって抑えられ検閲されるであろうと・・・」

記事の文は、さらに続いていた。キーティングは全部に目を通し、顔を上げる。「すごいですねえ!」と彼は感心して言う。フランコンは嬉しそうに微笑む。

 「なかなかのものだろう、ええ?トゥーイーから書かれたんだからねえ。彼まだ有名とはいえないが、いずれ有名になる。その兆しはある。この男は、その気になれば、とんでもなく辛辣(しんらつ)になれるんだ。アイスピックみたいに人を突き刺すようなことが書ける奴だぞ。君も時々は、他の連中について奴が何を言うか注意してみるといい」

「この人、僕に関してはどう言うでしょうねえ、その時が来たら」と、キーティングは、思い沈むように言う。

「いったい、この象徴的意味だの、人々の同胞愛の蛇腹帯だの、何を言いたいのかねえ、このトゥーイーは?

「批評家の仕事は、芸術家の解釈ですから。芸術家というのは自分自身さえ解釈するわけですから。所長ご自身では意識していらしゃらない、所長の頭の中にあったアイデアの隠された意味について、トゥーイー氏は述べただけですよ」

「ああああ、そう思う?確かにありえるな。なるほど、確かにありえる。君は頭がいいね」

「ありがとうございます、所長」キーティングは席を立とうとする。

「待ちたまえ。戻らなくていい。もう一服吸って、仕事にとりかかろう」

フランコンは、その雑誌の記事を読み返しながら、御満悦(ごまんえつ)だ。キーティングは、そんなに嬉しそうなフランコンは見たことがない。世間の目に届く活字によって他人からこういった讃辞を得ることほど、フランコンを嬉しがらせるものはない。自分の事務所が描いた図面とか成し遂げた仕事は、彼をこれほどには満足させない。

キーティングは座り心地のいい椅子に、気楽に腰かけている。この設計事務所で自分が何を話せばいいのか、彼はちゃんとわきまえている。彼は何も言わなかったし、しなかったのだが、ガイ・フランコンが、他の誰かを呼ばなければならないような仕事のときでも、この特定の若者だけをむやみに呼びつけたがることに、すでにみなが気づいていた。

キーティングは、ガイ・フランコンについてわかることはすべて、同僚の製図係りたちから聞き出していた。

ガイ・フランコンが、節制しつつ細かく気を使いつつ食する、つまりグルメと呼ばれることを誇りに思っていることも聞いた。

パリのボザールを優秀な成績で卒業したこと、大変な金持ちと結婚したが、その結婚はうまくいかなかったことも聞いた。

靴下とハンカチの色を合わせるが、ネクタイとは絶対に同色にしないことに非常にこだわっていることも聞いた。

フランコンは灰色花崗岩の建物がやたら好きであり、灰色花崗岩採石場を所有していていることも聞いた。それは高収益をあげていることなども、キーティングは聞いた。

紫色に塗られたルイ15世時代調の豪勢な独身者用アパートを所有していること、彼の妻は名家の出身で、すでに亡くなっているのだが、妻の遺産は娘が相続していることも知っている。その娘は十九歳で、大学の寮にいることなども聞いた。

この娘に関する情報は、キーティングの関心をいたく刺激した。だから、ためしに娘の話題に触れてみた。しかし、フランコンは、あからさまに娘の話題を避けた。

キーティングは、この件については、これ以上詮索することはやめた。とりあえずのあいだは、やめておこう。フランコンの表情から察するに、彼は何らかの理由で娘のことは考えるだけでも苦痛であるらしい。その理由は、キーティングにはうかがいしれぬものだった。

キーティングは、フランコンの共同経営者であるルシアス・N・ハイヤーに会ったことがある。

その人物が3週間に2回の割合で出社するのを見かけた。しかし、ハイヤーがこの建築事務所でどんな仕事をしているのかは、皆目わからない。

ハイヤーは血友病ではなかったけれども、そういうタイプの病気があるように見える。彼は、いわばひ弱な貴族である。長く細い首に、顔色は青白く、目が突出気味である。誰に対しても怯(おび)えたような優しい態度をとる。由緒(ゆいしょ)正しい旧家の末裔(まつえい)である。

フランコンが彼を共同経営者にしたのは、社交界で彼が有力なコネを持っているからだと疑われていた。社交界の人々は、可哀想な愛すべきハイヤーに同情して、職業を持つなどということを引き受けた彼の努力に感心した。

だから、彼の建築事務所に自分たちの家を任せることは、結構な思いつきだと思った。建てるのはフランコンだし、彼はハイヤーからそれ以上の仕事は何も求めなかったから、社交界の人々はそれに満足していた。

製図室の同僚たちは、みなピーター・キーティングを好いている。彼は、ずっと前からそこにいたかのように同僚たちに感じさせる。キーティングは、自分が入り込んで行く場所ならばどこでも、その場所の一部になる方法というものを知っているから。彼の温かな微笑みや、陽気な声や、すぐ肩をすくめる仕種(しぐさ)などは、彼という人間の魂のには重厚なところなど何もない。彼は何につけても人を責めたり告発したり、人に要求したりはしない。

さて今は、キーティングはくつろいで座りながら、フランコンが例の雑誌の記事を読んでいるのを見つめている。フランコンは雑誌から目を上げ、キーティングを見る。

フランコンは、フランコンという人間を大きくまるごと承認して見ているふたつの瞳を、そこに見る。キーティングの口の両端の明るい小さな点は軽蔑の表情だ。ふたつの笑いの音符のようだ。耳に聞こえる前に、もう次の笑いが見えるような笑いの音符。フランコンは、癒されているという大きな実感を得る。キーティングから得た癒しとは、キーティングのフランコンへの軽蔑から生じている。

いかにも聡明そうな半分だけ笑っているような微笑みとともに、キーティングはフランコンに承認を与えている。努力で獲得することのない威光というものをフランコンに授与している。獲得しても当然の賞賛には責任がつきものだ。しかし、獲得するだけの根拠もないし努力もしていないのに得られる賞賛は、実に貴重ではないか。

「ピーター、仕事にもどる途中、ジェファー嬢のところに寄ってくれたまえ。この記事をスクラップブックに保管しておくように伝えておいてくれたまえ」

階段を降りながら、キーティングはその雑誌を空中に高く放り投げて、うまくそれをキャッチした。音は出なかったけれど、彼の唇は口笛を吹かんばかりだ。

製図室に戻ると、キーティングは、一番仲良くしている同僚のティム・デイヴィスを見つけた。

彼は、前屈みで製図にとりかかっている。ティム・デイヴィスは、キーティングの製図台のとなりの製図台で仕事している金髪の長身の若者である。

キーティングは、もうかなり前から彼について注目していた。なぜならば、具体的な証拠があるわけではなかったけれども、キーティングには確信があったから。

こういうタイプの若者がこの事務所では好まれる製図係だ。こういうことにかけては、キーティングはいつも目ざとい。キーティングは、ディヴィスが担当する仕事のなにがしかの部分を、できるだけ頻繁(ひんぱん)に自分に任されるように努力した。

まもなく、キーティングとデイヴィスは昼食をともにし、勤務時間が終わってからは、小さな安酒場などに連れ立って出かけるようになった。そうして、キーティングは、エレーヌ・ダフィという女性に関するデイヴィスの話に、いかにも息もつかぬ感興(かんきょう)をおぼえているかのような態度で耳を傾けた。後で思い出そうとしても、デイヴスが何を話していたのか、キーティングは全く覚えていなかったのだが。

ところで、フランコンの執務室からもどって来たキーティングが目をとめたときのディヴィスは実に憂鬱そうな顔をしていた。口はタバコと鉛筆を一度に苛々と噛んでいるという状態だ。キーティングにはそのわけを訊ねる必要はない。からだを曲げて、デイヴィスの肩ごしに、いかにも友好的な顔を見せるだけでいい。

案の定、デイヴィスは、タバコを吐き出し、怒りをぶちまける。今夜は残業をしなければならないと、さっき命じられたばかりだったのだ。今週はこれで3回目の残業だった。

「遅くまで居残りだぜ。どれくらい遅くなるかわかったものじゃない!今夜中に、このくだらない仕事をすませなければならないんだ」彼は、自分の前に製図用紙を何枚も広げ、それをたたく。

「見てくれよ!終わるのに何時間も何時間も何時間もかかるぜ!どうすりゃいいんだよ」

「そりゃさ、ティム、ここで君が一番優秀だからね。君は必要とされているから」

「そんなことどうでもいいんだよ!今夜、エレーヌとデートの約束があるんだ。どうやって断ればいい?もうこれで3度目だよ。彼女、もう信じてくれないよ!この前、そう言われたんだ。これで最後よって。もう僕はやってられないよ!」

「待って」とキーティングは言って、デイヴィスに身を寄せかける。

「待って。他の手がある。先輩のかわりに僕がやっておくから」

「ええ?」

「僕が残る。僕がやっておくから。心配しないで。誰にもわからないから」

「ピート!そうしてくれるかい?」

「もちろん。どうせ今夜は何もすることないし」

「ああ、助かるよ、ピート! 」デイヴィスは、そそのかされてため息をつく。

「だけど、もしばれたら僕はクビだ。この仕事をするには君はまだ新米だしなあ」

「ばれませんよ、大丈夫」

「ピート、失業は困るよ、僕は。もうすぐエレーヌと結婚するんだから。何かやっかいなことが起きたら困る」

「何も起きませんよ」

午後6時過ぎてまもなく、デイヴィスは誰もいなくなった製図室からこっそりと出て行った。自分の製図台にキーティングを残して。

キーティングは、ひとつだけともる緑色の電燈の下で製図台に身をかがめる。これらの部屋は僕のものだと、キーティングは感じる。僕の手の中にあるこの鉛筆のように、いつかこれらの部屋は僕のものになるだろうと。

製図ができあがったのは9時半ぐらいだった。できあがった何枚かの製図をきれいにデイヴィスの製図台の上に重ね、キーティングは仕事場を出る。まるでうまい食事の後であるかのように、重荷の降りた快適な気分で、街路を歩く。

そのとき、キーティングは、自分が独りであることに気がつく。そのことが、突然にキーティングの心をうずかせる。今夜は誰かとこの気持ちを共有したい。でも誰もいない。

今夜はどこにも行く所がない。西28丁目にあるきちんとした小さな下宿屋以外には。清潔な、窓の閉め切ってある自室まで行くのに下宿屋の階段を三階まで上がらなければならない。

キーティングは、ニューヨークに来てからいろいろな人々に会ってきた。随分と多くの人々に多くの娘たち。そのうちのひとりとは、楽しい夜を過ごしたこともある。もっとも彼女の苗字を今は思い出せないのだが。しかし、今夜はその娘たちの誰にも会いたくない。

キーティングがそのとき考えていたのは、キャサリン・ハルスィーのことだった。

キーティングは、卒業式の晩にキャサリンに電報を打った。なのに、ずっと彼女のことは忘れていた。しかし、今晩は、今は、彼女に会いたい。記憶の中にある彼女の名前の最初の音を思い出したとたん、会いたいという欲望は強く切実なものになった。

グリニッジ・ビレッジ行きのバスに彼は飛び乗る。グリニッジ・ビレッジまでは時間がかかるのだけれども。誰も乗っていないバスの最上階に上がり、一番前の座席にひとり腰をおろす。

(第1部(7) 超訳おわり)

(訳者コメント)

このセクションの冒頭に出てくるエルスワース・トゥーイーという建築評論家の記事が掲載されている雑誌は、1934年に創刊されたPartisan Review がモデルであろう。

Partisan  Reviewは、共産党系団体のJohn Reed Clubのニューヨーク支部の機関紙として、プロレタリア文芸運動高揚を目的として創刊された雑誌だ。

この小説の時代設定は1920年代なので、時間的には早いが、トゥーイーがアメリカにおける社会主義運動のオピニオン・リーダーとして造形されていることは、すぐわかる。

作者のアイン・ランドはソ連からの移民で、ロシア革命で財産を没収されたブルジョワ家庭に生まれた。だから社会主義や共産主義は大嫌いだ。

故郷のロシア(ソ連)で、革命の美辞麗句によって弾圧抑圧迫害粛清された人々を嫌というほど見てきた。1930年代のソ連を賛美するアメリカの左派系知識人には、心底うんざりしていた。「こいつら、どいつもこいつも騙されてる」と軽蔑していた。

トゥーイーは、脳足りんの左かぶれではなく、確信犯的社会主義者である。集団主義者である。

歴史は名もなき人民のものであり、集団的なものであり、少数の天才的人物によって開拓されるものではないという信念から、トゥーイーは、先人建築家の設計からパクってばかりいるフランコンの建築物を賞賛する。

フランコンの設計が凡庸だからこそ、くだらないからこそ、賞賛する。

トゥーイーは、大新聞のコラムや評論活動や講演を通じて、故意に凡庸な作品を賞賛する。

そうすることによって、天才的人物の台頭を邪魔する。

トゥーイーには、トゥーイーの大義がある。

優れた才能や才覚や努力で権力への意志を持ち世界に挑む人間を潰すことこそ正義だとトゥーイーは考えている。

そのような人間によって進化進歩する社会など、トゥーイーは否定する。

圧倒的多数の人々は、どんどん進化進歩する社会の中では負け犬となる。

社会は大勢の人間で成立しているのだから、大勢の人間にとって気楽な社会が良い社会だ。

だから、世の中を変えるような卓越した人間は邪魔である。

だから、自分の言論活動によって、凡庸なものが賞賛されるよう大衆を誘導する。

劣ったものを賞賛することによって、見識ある価値観とか美意識を混乱させる。

劣化した社会こそが人類にとって福音なのだ。

トゥーイーは自分の権力欲や支配欲を満たすためにも、この社会が支配されやすく洗脳されやすい依存心の強い人間で満たされている方が都合がいいと考えている。

トゥーイーは、確信犯的に「奴隷道徳」を社会に拡散させ、畜群を養成することに従事している。

世間の人々は、トゥーイーのことを無視無欲の弱き人々のことを考える人道主義者として尊敬することになる。

いうまでもなく、トゥーイーは、偽善的で綺麗ごとばかり言って人々を操作支配するリベラルの戯画化、カリカチュアである。

まあ、トゥーイーの陰謀に比較すれば、ピーター・キーティングの設計事務所内での出世競争で勝つための策謀など、実に他愛ない。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第1部(7) キーティングの策謀開始” への2件のフィードバック

追加

  1. トゥーイーをただの風見鶏な批評家と思っていたら、びっくりするくらい確信犯 ですね。
    伝統に沿うこと、凡庸であることを賞賛して、革新を潰す事にそんな恐ろしい 意図があるとは…。
    トゥーイーの記事を要約すると「この建物は伝統に沿って出来てる。大衆もそれを望んでる。素晴らしい。」
    よく考えると、機能について書かれてないっすね。

    いいね: 1人

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