第1部(5) キーティング初出勤

ピーター・キーティングはニューヨークの街路を眺める。ニューヨークの人々は身なりがよい。5番街にある建物の前で、彼はちょっと立ち止まる。今日は、フランコン&ハイヤー設計事務所への初出勤の日だ。

キーティングの目に、足早に通り過ぎる人々が実にカッコよく見える。自分の衣服に彼は目をやる。僕はダサいな。ニューヨークでは学ばなければならないことがいっぱいあるな。

彼は事務所の入り口へと歩を向ける。古代ギリシア建築のドーリス式のポルチコと呼ばれる様式の玄関である。屋根付き吹き抜けの柱廊がついている。大理石造りだ。



(ポルチコ様式)

それらの柱の間にニッケルめっきされてピカピカ輝く回転ドアがある。キーティングは、回転ドアを通過し、これもまた大理石でできたロビーを通り、金めっきされ、赤い漆(うるし)も塗られたエレベーターに乗りこむ。そのエレベーターが30階をあとにして、マホガニー製のドアのある場所まで、キーティングを運んだ。

そのドアに、細い真鍮(しんちゅう)のプレートが貼り付けてある。そこには精緻な文字で「フランコン&ハイヤー設計事務所」と描かれている。

フランコン&ハイヤー設計事務所の受付応接室は、コロニアル様式の邸宅などによくある舞踏室のようだ。涼やかな、かつ内輪のくだけた雰囲気のある舞踏室のようだ。フィレンツエ様式のバルコニーのような真っ白い欄干(らんかん)のような受付がある。その欄干の後ろに電話の配電盤があり、そこに受付嬢が座っている。

キーティングは、とてつもなく広い製図室へと通される。そこには何台かの長い平たい製図台が設置されている。天井からぶらさがっている緑色のシェイドのついた電気スタンドが何台もある。それらの電気スタンドのところで終る電気コードが捻じれている。そのような捻じれたコードが何本もある。だから、製図室全体が電気コードの森のようだ。

やたら大きな青写真のファイルがある。製図用紙が、高々と塔のように積み重ねられている。ブリキの箱がある。煉瓦(れんが)の見本がある。糊(のり)の容器や、建設会社から贈られた女のヌード写真満載のカレンダーがある。そういう雑多なものが、キーティングの目にはいる。

製図室の主任の男は、キーティングに目もくれず、彼に向かって、パチッと指を鳴らす。ロッカー室の方に親指を立て、あごをロッカー室のドアに向けてしゃくる。それから踵(かかと)からつま先へと身体を揺らす。つまり、そこに行けという合図だ。

キーティングはロッカー室にあった真珠色の光沢のあるグレーの作業用上着を着る。その作業着をぎこちない自信のなさそうな身体にまとう。フランコンは、部下がその上着を身につけていないと容赦しないそうだ。製図室の隅にある製図台の上には、彼が拡大すべきひとかたまりの平面図が置かれている。

キーティングはすぐに仕事にとりかかる。目を凝らす。咽(のど)が固まるような感じがする。自分の前に広げられたプラン(平面図)の真珠のような光沢のチラチラする光以外は何も見えない。

しかし、自分は、ちゃんと、しっかりとした線を引いている。キーティングは自分に驚く。自分の手が製図用紙の上を前後縦横に3センチほど動いているのを確かに感じる。その平面図は、彼では質問すらすることも許されないような、どうやっても肩を並べることなど金輪際できそうもないような素晴らしい誰かの仕事なのだ。ここに来る前は自分のことを才能ある建築家だとキーティングは思っていた。不思議だ。いったいどうして、そのように思っていたのか。自分は、何も知らない新人でしかないのに。

かなりの時間が経った。キーティングは、向こうの製図台にかがみこんでいる人物の両肩にへばりついているグレーの上着の皺(しわ)に目をとめる。キーティングは、その人物を見つめる。最初は注意深く、それから好奇心を持って、それから喜んで、ついには軽蔑心から。その人物の黄ばんだ頬、こっけいな鼻、後退したあごについたイボに、製図台の端に押し付けられている彼の腹部に、キーティングは気がつく。


こんなみっともない奴にできることならば、僕ならばもっとうまくやれる。すでに、キーティング、いつものキーティングに戻っている。キーティングのような人間には、自分と比較して、自分の方がましだと安心できる仲間が必要なのだ。

キーティングは、自分が拡大している平面図に再び目をもどす。さきほどは傑作と思っていたが、今ではいくつかの欠点に気がつく。その図面は個人の住宅だったが、そこにはねじれた廊下が描かれている。その廊下は、さしたる理由もないのに、かなりの広さの空間を分割し小さく刻んでしまっている。そのために、部屋の並び方が四角形のソーセージのようだ。かつその部屋の連続体には陽がささないときている。

やれやれ、この程度か。これでは、最初の学期からスタントン工科大学では落第だぜと、キーティングは思う。

もう、そのあとは、キーティングの気分は軽い。サッサと容易に軽々と彼は仕事を進める。

昼食の時間になる前に、もうキーティングは製図室で友人を作っていた。キーティングは、自分の同僚たちに微笑み、実は何も理解していない事柄についてでも、わかっていますよと示すためにウインクした。

キーティングは、咽が乾いて冷水機に行くたびに、目にする同僚たちを、やわらかな元気づけるような瞳の輝きで愛撫した。その瞳の輝きは、それぞれの同僚を人類の中でももっとも重要な人であり、自分のもっとも愛する友人として、製図室から外に連れ出すような類の輝きだ。製図室からどころか、宇宙から連れ出しかねないほどの目の輝きだ。

ほらほらほらほら、頭のきれる若者のお通りだ。また実にいい奴なんだぜ、あいつは。こんな言葉が、キーティングの通過した後に残されているかのようだ。

隣の製図台で仕事している背の高い金髪の青年が、企業ビルの立面図を作成している。キーティングは、その青年に向かって敬意をにじませた姿勢を見せつけながら、声をかける。

「年の割には、すごいですよね」とキーティングは感心して言う。

「年の割りに?誰が?」と青年が訊ねる。

「え、フランコンのことだけど」とキーティングは答える。

「フランコンなんて、ここ8年ぐらいは、犬小屋でさえ建ててないよ」と静かに言いながら、青年は親指を肩ごしに突き出して、背後のガラス・ドアを指し示す。

「彼がやっている」

「え?」キーティングは振り向きながら訊ねる。

「彼がやっている。ステンゲルが。みんな彼がやっている」と、青年は答える。

ガラス・ドアの向こうに、机の端におおいかぶさっている骨張った両肩が見える。仕事に集中しているので曲げられている三角形の小さな頭が見える。

午後も遅い頃に、閉じられている製図室のドアの向こうを誰かが通った。それは存在感のある誰かのようだった。所長のガイ・フランコンが出勤し、上階の執務室に入ったのだ。

30分経ってから、ガラスのドアが開いた。ステンゲルが出て来た。指の間に大きな厚紙をぶらさげていた。

「そこの君」と、ステンゲルは、キーティングに向かってプランが描かれた厚紙を前方に振る。

「君、このプランをボスのとこに持っていってくれよ、これでいいかって。ボスが言わんとするところをよく聞いてこいよ。賢そうに振舞えよ。そうしなくても、どうってことはないけど」

ステンゲルは背が低い。そのわりに腕が長い。だから両腕が踝(くるぶし)までぶら下がっているように見える。長い袖の中で、大きな手のついた腕が、ロープのように、ゆらゆら揺れている風情だ。

所長のところにか。キーティングの目は、1秒の10分の1ぐらいは凍りつき暗くなり、ステンゲルの眼鏡の黒いレンズにじっと注がれた。それから彼は微笑み、明るく言う。

「はい、わかりました」

キーティングは10本の指の先で恭(うやうや)しく厚紙を運び、ガイ・フランコンの部屋に通じる深紅(しんく)の毛足の長いベルベット敷の階段を上がって行く。厚紙には、灰色の花崗岩の邸宅の絵が水彩絵の具で描かれている。3層の屋根窓があり、5つのバルコニーがついていて、4つの柱間があり、12の円柱と一本の旗ざおと、玄関入り口にはライオンが一対ある邸宅だ。

その図の隅には、手書きで、綺麗に「ジェイムズ・S・ホワットルズ御夫妻邸。フランコン&ハイヤー建築設計事務所」と描かれてある。キーティングは思わず小さく口笛を鳴らす。ジェイムズ・S・ホワットルズとは、有名な髭剃りローションの製造元で億万長者である。

ガイ・フランコンの執務室は、磨き抜かれている。鏡のような液体が執務室の中に注がれているかのようだ。その液体が執務室のあらゆる物体に溶けているようだ。それほどに、ガイ・フランコンの部屋は、どこもかしこもピカピカだ。

キーティングは、そのピカピカの壁に自分が映し出されているのを見る。壁に映っている自分の姿のいっぱいの断片が、蝶の群れのように解き放たれるのを目る。その蝶の群れは部屋を横切る彼の後を飛び、チッパンデイルのキャビネットや、ジャコビアン様式の椅子や、ルイ15世時代の暖炉の上で舞っている。

部屋の隅には本物の帝政ローマ時代の像が置かれている。パルテノン神殿やランス大聖堂やベルサイユ宮殿や、所長のガイ・フランコンの設計したフリンク・ナショナル銀行のセピア色の写真もある。


(フランスのランス大聖堂)


(ベルサイユ宮殿)

重量感のあるマホガニー製の机の傍(かたわ)らにキーティングは近づいて行く。ガイ・フランコンは机の向こうに座っている。ガイ・フランコンの顔は黄ばみ、頬はたるんでいる。彼は、キーティングを一瞥(いちべつ)する。今まで一度も会ったことがない人間を見る目つきである。それから思い出したらしく、大きな微笑を顔に浮かべる。

「やあやあ、キトレッジ君。さてさて、これからだねえ。会えて嬉しいねえ。まあ、かけたまえ、君、かけたまえ。用はなんだね?まあまあ、焦ることはない。焦ることはないんだ。かけたまえ。どうだね、ここの居 心地は?」

「ちょっと、あまりにも嬉しいものですから。僕は、自分では最初の仕事でもビジネスライクにできると思っていたのですが、さすがに、このようなところで始めるとなると圧倒されました。でも、何とかやれると思います」と、キーティングは、卒直な若者らしい頼りない調子を作って答える。

「もちろん、やれるさ、君ならば。これだね、君の用事は?」と、フランコンは、手を邸宅の図が描かれてある厚紙に伸ばす。ところが、その指は彼の額に弱々しくあてられた。

「頭痛がしてねえ。深刻なものではないのだが、ちょっとした持病でね。仕事が重なっているからねえ」と、キーティングがすばやく自分の頭痛に関心を持ったことに、フランコンは微笑む。

「昨晩のシャンペンが問題だったなあ。ここだけの話だが、あの連中のシャンペンはどうしようもないねえ。お節介かもしらないが、キトレッジ君、ワインについて知っておくことは大切だよ。たとえば、君が顧客を食事に招待するとする。そんなとき、何を注文すべきか、ちゃんとわかっていたいだろう。たとえば、うずら料理。だいたいの人間はうずらにバーガンディを注文する。君ならどうする?君はクロス・ブジョー1904年物を要求したまえ。わかるかな?ある確かなタッチをつけ加えるわけだ。正しいが独創的なタッチをね。人は独創的でなくてはいけないからねえ。ところで、誰が君をここに寄越したのかね?」

「ステンゲルさんです」

「ああ、ステンゲルね」

フランコンがその名前を発音したときの調子に、キーティングは心の中で敏感に反応する。これは使える・・・

「ステンゲルさんは、あまりに大物なんで、自分で自分の作品を持って来ることはできません、か。なるほどねえ。君も忘れないようにね。彼はすごい設計家でね、ニューヨークで一番の設計者だよ。最近、ちょっと態度が大きくなりつつあるが。自分だけが仕事していると思っているからねえ、彼は。僕が彼にアイデアを提供し、僕のかわりに仕事させているからこそなのにねえ。彼は一日中製図板をこすって汚しているだけのことなのにねえ。ただそれだけなのに。君にもわかるよ、いずれ。この仕事を長くしていると、ほんとうの仕事は事務所の外で、この壁の向こうでなされるということが。たとえば、昨夜のことを例にあげよう。クラリオン不動産協会の宴会があってね。招待客は200名かな。ディナーが出てシャンペンも出て。そう!あのシャンペンがねえ」と、フランコンは、自嘲気味に、鼻に気難しそうな皺を寄せる。

「ディナーの後の世間話で非公式に内輪でかわされる言葉が大事なんだ。客にやかましくいろいろ宣伝してはまずいよ。がさつな売り込みは駄目だ。二言、三言のささやかではあるが明確なスーローガンを吹き込むんだ。頭の隅に残るような類の言葉を」

「はい、たとえば、そこに住む花嫁を選ぶくらいに家の建築家は慎重に選ぶべしとか、そういったことでしょうか」

「いいねえ。なかなかいいよ、キトレッジ。メモさせてもらうよ」

「僕の名前はキーティングです」とキーティングははっきり言う。

「そうだ、そうキーティングだったね。もちろん、そうキーティングだった」と、フランコンは、まいったなという表情を浮かべ、微笑みながら答える。

「いや、あまりにたくさんの人に会うものだからねえ。ところで、さっき何と言ったかね、君は。花嫁とか建築家とかを選べとか、あの言葉は実にいいねえ」

フランコンは、キーティングにさっきの文をくり返させる。それから、机に整然と並べられている文房具の中から鉛筆を取り、メモ帳に書き留める。真新しいたくさんの色鉛筆の先端は針のようにとがっている。ただし、それらの鉛筆は、仕事のために使われていないのが明々白々であった。

フランコンは、それから、ため息をつき、髪のなめらかなウエーヴをなでつけながら、疲れたように言う。

「さて、それを見るとしよう」

キーティングはステンゲルが描いプランを広げる。フランコンは、椅子に背をもたれさせながら、厚紙を取る。腕を伸ばした先にそれを掲げ、眺める。左目を閉じ右目を閉じ、それから3センチほど厚紙を離す。彼がその設計図を上下さかさまにするのではないかと、キーティングは予想した。しかし、フランコンは、じっとそのままの姿勢でいる。

そのとき、キーティングは突然に気がついた。フランコンは、その設計図をさっきからずっと見ていない。フランコンは、キーティングのために、その設計図を吟味しているふりを、わざわざしている。そのことに気がついたとき、キーティングは身体が軽く、空気のように軽く感じられた。このとき、キーティングには将来への道が見えた。くっきりと開かれた道が。

ガイ・フランコンに食い込めるぞ。

「まあね。悪くないね。もっと派手でもいいのだが。しかし、絵自体は綺麗に仕上がっている。キーティング、君はどう思う?」と、フランコンは言う。

キーティングは、その設計図の邸宅の窓の4つが4本の巨大な花崗岩の円柱に面しているから、窓の用を為さないと気がついている。しかし、それについては言わないことに決めた。かわりに、彼はこう言う。

「私見を申し上げてよろしいでしょうか。あの、私には4階と5階の間にあるカルトウーシュ[訳注:バロック建築様式に多い渦型装飾]が、建物を印象づけるには、いくぶん地味すぎるかと思われます。装飾付きのコーニスの方がはるかに適切ではないかと思えるのですが」

「そうなんだよ。それを言おうとしていたんだよ、僕も。装飾付きコーニスね。しかし、それでは明かり採りの窓を小さくしてしまうのではないかね」

「はい。しかし、窓というのは建築物の外観の威厳ほどには重要な要素ではないと思うのですが」と、キーティングは、同級生との議論のときに使っていた声の調子にわずかに遠慮がちな趣きを添えて言う。この方が、相手の気に障(さわ)らない。

「確かに。威厳ね。なによりも顧客には威厳を提供しなければならない。うん。確かに、装飾付きコーニスねえ。僕は、この最初の案は認めてはいるのだが。ステンゲルは実に綺麗に仕上げているしね」

「ステンゲルさんは、所長が御助言なされば、喜んで変更なさるでしょう」

フランコンの目は、一瞬のあいだ、キーティングの目をとらえる。それから、彼のまつげが伏せられる。彼は、袖から糸くずをつまみ上げる。

「もちろんだ、それはもちろんだが・・・」と、曖昧(あいまい)に彼は言う。「しかし・・・君は、コーニスがほんとうに重要だと思うかね?」

「思います。ステンゲルさんの設計を、そのまま何でもオーケーなさるより、所長が必要とお感じになった変更をさせることの方が、重要かと思います」

フランコンは何も言わず、キーティングの目をまっすぐ見ただけだった。フランコンの目はキーティングにじっとすえられていたが、彼の両手は弱々しく気の抜けたようだった。だから、キーティングは自分がきわどい機会を捕まえ、ものにしたということが、わかった。キーティングは勝った。しかし、きわどいところだったなと、彼はヒヤリとする。

キーティングの小賢しく差し出がましい、媚びるやり方を不快に思う上司も存在するだろうから。しかし、フランコンはそのような気骨のある上司ではないようだ。

フランコンとキーティングは机をはさんで、じっと対面している。自分たちは、お互いを理解しあったふたりの男なのだ。ふたりにはそれがわかる。

「よし、わが事務所ではコーニスで行こう」フランコンは、静かに、ほんとうに指揮権を持っている人間らしく、きっぱりと言う。

「ステンゲルに私が会いたいと言っていると伝えてくれ」

キーティングは退室しようとする。フランコンが彼を引き止める。彼の声には陽気で温い響きさえある。

「ああ、キーティング、ところで、提案がある。赤紫色のネクタイの方が、君のグレーの上着には似合うよ。その紺のネクタイより、ずっと似合う。そう思わないかい?」

「はい。ありがとうございます。明日はネクタイを変えて来ます」 と、キーティングは、嬉しそうに、しかしあっさりと答える。

キーティングは、フランコンの執務室を出る。静かにドアを閉める。

受付応接室を通って、製図室にもどる途中で、立派な髪に白いものが混じった紳士が、ひとりの婦人をドアまで案内しているのが見える。その紳士は、帽子はかぶっていなかったので、明らかにこの建築設計事務所の人間だ。その夫人は、ミンクのケープを身につけていたから、明らかに顧客である。

その紳士は、非常に丁寧なおじぎをしていたわけではなかった。カーペットを婦人の足下に広げていたわけでもなかった。婦人の頭上で扇を振っていたわけでもなかった。ただドアを婦人のために抑えていただけだった。しかし、ドアを抑えるという動作だけで、それらすべてのことを、その紳士がしているようにキーティングには思えた。

(訳者コメント)

作者のアイン・ランドは、この小説を書くために、ニューヨークの建築設計事務所に、普通の事務員として半年間、無給で働いた。30代の半ばくらいのことだ。

当時の実際の有名建築家に事情を説明して依頼したら、事務所の従業員には秘密に、働かせてくれたし、取材させてくれた。

その取材の成果か、大きな建築設計事務所の雰囲気はよく出ているようだ。

このセクションでは、建築用語が随分と出てくる。この超訳においては、省略した部分も多い。

西洋建築のさまざまな様式を知らないと、ついつい、日本人的に想像してしまう。

しかし、西洋建築は、かなり壮麗なものである。

私は、昔は英米文学研究者だったので、小説に邸宅などの描写があると、それを想像するために随分と西洋建築の写真集などを見た。

欧米の富裕層は、大都会に邸宅を構え、同時に郊外の田舎に、これまた大きな別荘カントリー・ハウスを構える。

別荘とはいえ、ほとんどお城のような規模である。

キーティングが勤務するフランコン&ハイヤー建築設計事務所は、富裕層の邸宅や大企業の本社ビルなどの設計を請け負う一流どころであるので、フランコンやキーティングは豪華なお城のようなものばかりを設計することになる。

この小説は、その意味で「中産階級の読者が憧れる上流階級の生活覗き見」的要素もある。

小説が描けないものが2つある。

上流階級の本当の生活と意識と、下層階級の本当の生活と意識である。

小説は書くのも、読むのも、中産階級の人間である。

だから、小説にとって、人跡未踏の地とは、上流階級と下層階級である。

アイン・ランドの小説は、その人跡未踏の地に果敢に踏み入った。

上流階級の人間を顧客とする建築家を描くことによって。

それが、どこまでリアルに達しているのか、私には判断がつかないが。

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